導入

導入



普通に、学校に来たはずだった。

指定の制服を着て、学校に入って、ドアを開ける。それだけの仕草だったのに、気がついたら目の前にあったのは教室じゃなくて真っ暗な空間。


『……は、え?』


私、天野愛梨は慌てて周囲を見渡した。クラス全員が揃ってるわけじゃないけど半分以上はこの場にいるだろうか。何人かは私と同じようにキョロキョロと周囲を見渡している。床に触れたり、あたりに声をかけている人もいた。試しに振り返ったけど、ついさっき入ってきたはずの扉さえ見当たらない。

一応、鞄はある。服も着ている。机や椅子は……座っていた人の分だけ?

そうしてなんとか周囲の状況を把握しようとしていたというのに、“それ”が現れたと気づいたのは、後々思い出すにはあまりに腹立たしい声が響いてからだった。


『やあ!みんなご機嫌いかがかな?初めまして!』

『!?』


不安になっていた人、なんとか状況を把握しようとしていた人、そして私。全員が一斉に声がした方を見上げた。

それは、あまりに大きくて不気味な人影だった。フードを被っているので顔はわからないけど、口元はすごく楽しそうに嗤っているのがわかる。だけど、何が楽しいんだ、なんて文句を付けるには、その人影はあまりにも、禍々しかった。


『あ、あなたは誰!?』

『ボクの名前はパルディア!神様って呼んでくれてもいいよ!』


どこからか響いた問いかけに、パルディアはそう答えた。神様?これが?パルディアは私たちの困惑など知らないと言わんばかりに、自分の事情を語り始める。


『どうしてボクが君たちを呼んだのか……それはズバリ!ボクの手足となって世界をすくって欲しいからさ!』

『は!?』

『そんなこと、なんで私たちが!?』

『うーん、理由?特にないよ!強いて言えばそうだなあ』


パルディアの視線が、一瞬私を向いた。フード越しに目が合った気がして思わず一歩だけ下がる。上靴が床を滑って音が鳴り、他のみんなの注目が集まった。


『彼女で三十人揃ったからだね!』


注目が、非難に変わったことを嫌でも察した。私のせいだと、私さえ登校してこなければこんな場所に連れてこられなかったのだという視線が突き刺さる。


『三十人揃わなければ、他に頼もうかと思ってたんだ!それじゃあ、君たちに』

『……ふざけないで!』


気付けば叫んでいた。あまりに酷い責任転嫁だ。大体、私たちのクラスは四十人学級で、私じゃなくても時間が経てば勝手に三十人揃っていた。だというのに、たまたま最後に教室に入ってきたのが私だっただけで、責任を被せようとしたのか、この神様は!


『勝手に連れてきたのはあなたでしょ!?神様とか知らないけど私のせいにしないでよ!』

『───そっかあ。君、ボクに文句があるんだね。じゃあ、君にチートはあげない』

『…………え』


しまった、と思うには遅すぎた。神様はくるりと私に背中を向けて、残ったクラスメイトに向かって話し続ける。そこに私の存在は映らない。

見放されたのだと、分かった。


『これは経験値石。全員行き渡ったかな?』

『ね、ねえちょっと。神様?』

『向こうの世界に渡ったらこれを飲み込んでね。そしたら君たちは経験値を手に入れて、最高ランクの10ランク相当の冒険者になれるよ!』

『無視しないで!』

『君たちの役目は、世界のどこかに潜む邪竜の討伐!このクエストを誰か一人でもクリアしたら、君たちは元の世界に帰還することになる』

『私は、帰れるの!?』

『世界に関する知識とか、言語とかは経験値石を飲み込むことで得られるよ。[ステータスオープン]で自分の状態も把握できるようになる。能力値のカンストも確認できる筈だ。だからなるべく早く飲み込んでね』

『話を聞いてよ!』

『そこのうるさいのは無視していいからね。君たちには関係ない話だ。じゃあ、全員頑張ってね。応援してるよ!』


あちこちから、神様、いや、パルディアに対するうわずった感謝の言葉が聞こえる。同時に、憐憫が混じった侮蔑の視線も感じる。


『ねえ、みんな。愛梨さんは』

『そうだね、あの子と一緒に頑張ってもいいよ!──経験値石は没収するけど』

『やめなよ、あんなのを気にするの!』

『うるさい、俺たちに関わるな!』

『そうだ!神様に逆らったお前にチートをもらう権利なんてない!』

『一人で頑張るんでしょ、勝手にやれば?』


その言葉に、神様が私だけを生贄にしたことが分かった。私は、見せしめに使われたのだ。パルディアの機嫌を損ねたら、逆らったらどうなるのか。他の人間たちが決して反抗しないように。

ただ、最後に教室に入ってきたというだけで。

パルディアは嗤っている。自分が誘導したままに愚かな選択肢を取って、上位存在に逆らおうとした私を嘲っている。

その笑顔に、恐怖よりも怒りが勝った。力一杯睨みつけてせめてもの反抗をする。

背筋が冷えて、歯が恐怖で鳴る。手が震えている。恐ろしい、怖くてたまらない。

でもこれが最期になってもいい。捨て石にされた怒りが収まらない。


『ふざけないで……ふざけるな、パルディア!!!お前のどこが神なんだ、このクソ野郎!!!お前の力なんてこっちから願い下げに決まっているでしょう!?お前の力なんて借りずに邪竜を倒して、自分の力で帰ってやる!!!』

『面白いことを言うね君。バカな子供は嫌いじゃないけど、中途半端に賢い奴はさっさと死ぬに限るよね。ばいばーい』


パルディアのその言葉を合図に世界が一変した。全身が痛んでぐちゃぐちゃに掻き回されるような感覚が気持ち悪い。

視界が閃光に包まれて何も見えなくなる。次の瞬間にはふわりと体が投げ出されて、真っ白な世界の空中に投げ出されていた。

怒涛の展開に思わずギュッと目を閉じると背中に衝撃を受けた。気持ち悪さも痛さも、眩しさも、何も感じない。転移というものが終わったのかもしれない。恐る恐る目を開いた。


『……なに、ここ』


真冬なのか、真っ白な雪が降り積もった山の中にたった一人で取り残されていた。コートも何もない、持ってきていた筈の鞄もない。靴だって上靴で、外用ですらない。背中から落ちたおかげで、制服は大部分が濡れている。町も村も集落も、人影なんてどこにもない。

しんしんと雪が降っている。思わず笑い出したくなった。実際、唇は引き攣っているのを自覚している。あまりに絶望的な状況で、思わず呟いていた。


『凍死、しろっての?』



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