導入
※オメガバ
※陰鬱
※死ネタ(原作準拠)
脹相は、三人兄弟の兄だった。過去形で語られるのは、既に愛すべき弟ふたりはこの世にいないからである。
アルファの性を持ちそれなりの地位を若くして確立した父親は、同じくアルファの女性を無理やり手篭めにして子供を作ったと言う。脹相は、母親の顔をぼんやりとしか覚えていなかった。というのも、母親は脹相が十歳にも満たないうちに死んでしまっていたからだ。望まない出産を繰り返され、アルファとしてのプライドも打ち崩された母親は末弟を産んだ夏に自ら命を絶ってしまった。脹相は、学校から帰ってきた時に首を吊ってぶら下がった母親の遺体を見上げて、ようやく楽になれたんだなぁと安心すると同時に弟たちが帰ってくる前に母親の遺体をどうにかしなければならないと幼いながらに警察を呼び処理を手伝った。弟たちが玄関にやってきたとき脹相は壊相の手から血塗を抱き上げ、警察が集まる状況に困惑する弟の手を引いて公園へと向かった。夜、迎えに来た父親は弟ふたりに母の死を真っ向から告げ、泣きわめく壊相の手を痛いほどに引っ張りながら家へ帰ろうとした。その時、脹相は父親に対して明確な殺意と恨みを持ったが、幼い身体ではどうしようもなかった。
末弟が10歳を迎えた頃、脹相を含め兄弟3人で揃って第2の性の診断を受けた。弟二人はベータの診断を受け、脹相はオメガだと医者から告げられた。その時の父親の残念がった顔を脹相は忘れられずにいる。
帰路、父親は車を運転しながらこう零した。
「アルファ同士の子供が、こんなにも期待はずれだなんて。」
悔しくてたまらなかったが、父親の期待を裏切れたことで脹相の胸の内は少しだけすっきりとした。オメガとして生きることの辛さを知らなかったがゆえでもあったが、それでも弟たちは普通の人生を生きられるのだと思えば脹相にとって自分の性などどうだっていいことだった。
兄弟のために生きよう。いつかはクソ親の元を離れて、幸せに暮らしてやる。
そう思っていた脹相だったが、弟二人は脹相が高校生になった春に死んでしまった。進学した脹相へお祝いのケーキを買いに行った帰り道だった。病院で弟二人の遺体を確認して放心していた脹相の元に、腕にコルセットを巻き桃色の髪をした男子がやってきて膝をつき頭を下げた。
「俺が、自転車に乗ってて、カゴに乗せてた荷物が落ちて、それで、それを取ろうとした弟さんを、お兄さんが追いかけて、二人ともトラックに轢かれました。ごめんなさい。」
背中を震わせた年下の男を怒鳴り散らす気力も、許す気力も生まれなかった。脹相はただ、ぼんやりと床を眺めていた。革靴の音が響いて、それが父親のものであるといやでも理解してしまう。父親は、土下座している少年を見てぷっ、と笑いだした。
「ははは、ドラマじゃないんだから……あれ、君、もしかして虎杖くんじゃない?虎杖悠仁。違うかい?」
弟が二人も死んだというのに笑っている父親への恨みも処理できないままに、目の前の少年が父親の知り合いであることに脹相は驚かされた。父親は、驚いている脹相に気を遣うことも無く笑顔で続けた。
「こんな奇遇があるものだね。脹相、紹介するよ。この子は虎杖悠仁、君の親戚…まぁ、簡略化するなら弟みたいなものかな。出来損ないの弟が二人死んで、アルファの弟ができるなんて、まるで生贄召喚だ!」
虎杖もまた、父親を信じられないと言った顔で見ていた。その時、脹相は初めて父親に殴りかかった。
結局勝つこともできずに、脹相は父親と虎杖の三人暮らしで高校三年生を迎えることになった。何もかもが灰色の世界で、脹相はただただ、ひとつのことを考えて生きていた。
──俺が二十歳になったら、虎杖も十八になる。そしたら、父親を殺して、俺も死のう。