対面

対面

3678字/恐神零士、田代夏樹、茅瀬遥、露鐘眞尋


4月。優しい陽の光が空の青と映え、桜も咲き始める2000年4月6日の午前。ノストラダムスの大予言も外れて宴騒ぎだった年末を思い返しながら、呪霊退治に勤しむ日々。そんな日常に辟易して束の間の青い春を謳歌しながら、また新たな年度がやってきた。


呪術高等専門学校。2校のうちの1つ、東京校のとある教室。3つの机のうち2つが埋まり、そこには2人の生徒がいる。そこにいたのは、茅瀬遥と田代夏樹。

春の爽やかな朝日とは裏腹の忙しい日々で、新年度早々草臥れている生徒が1人。

茅瀬は先月に二級に上がり、これから忙しくなる現状に唸り声を上げて、高みの見物の田代はそれを見てニヤついている。

「かっこええ顔がわややな。」

「黙ってくれないかな…上がったと同時に5件連続駆り出されたこっちの身にもなってよ。」

「そら大変やったな、おつかれおつかれ。」

「夏樹…君ってやつはさぁ…」

疲労感満載です、と顔面に出している茅瀬に揶揄いの言葉が投げられ、再び机に突っ伏す。先日も任務で深夜3時に帰ってきたのだ。無理もない。もう1人が来るまで寝かせようか、と田代が思考したその瞬間にガラガラと扉が開いて、少し遅れて女子生徒が教室に入ってくる。

2人の同期、露鐘眞尋だ。

「悪い、遅れた…って、大丈夫か?」

「気にせんといて、コイツ疲れとるだけやねん。」

「……あぁ、そっか。級が上がってたもんな…寝かせておいた方がいいか?」

「普通に起きてるよ、眞尋。それに今日は久々に新入生が来る。」

下ろしていた髪を揺らしながらムクリと起き上がり、薄ら隈をつけた目尻を擦る。頬杖をついている田代は欠伸をして、露鐘はそれを眺めながら席に着く。久々に3人揃ったなぁとか呑気なことを考えて、茅瀬に申し訳程度の菓子を渡す。

「糖分、摂った方がいいんじゃない?」

「でも、これは眞尋のじゃない?別にいいよ、悪いし…」

「少しでも気が晴れたらってだけ。ほら、午前中だけでも乗り切ろうよ。」

そう言って差し出された人気メーカーの飴を、戸惑いながら茅瀬は受け取る。ありがと、と照れた表情にプラスされた礼付きで。少しは良い色になったか、と1人安心するのはメッシュの男。これなら新入生もちゃんと迎えられるかもしれない。


誰が言い出したか、後輩が来る時は全員で迎えようと言うことは。露鐘かもしれないし、茅瀬だった気がするし、案外田代であったかもしれない。けれど、1人しかいない入学者なら心細く仲間もいない。そんな中身近で助けになれるのは先輩である自分たちだけ。そう理解していたからこそ、誰もその提案を下げることはなかった。

そうして何とか全員集合に漕ぎつけたのが、丁度入学するこの日であった。

「それより、私達が教室待機で良かったのかな…」

「ええやろ別に。交流深めたい言うて連れてきてもらうん決めたんワシ等やし。案内は補助のヤツやし大丈夫やろ。」

「まあ、ふんぞり返って怠慢しているような先輩に見られなきゃいいね。普通は逆なんだろうけれど…。」

「にしても、新入生かー…どんな子だろうな。」

荷物を置いた露鐘はそう呟く。思い出すのは中学時代。部活動で一緒だった後輩は仕事をサボる気質の明るい子や真面目で堅物な質実剛健を体現した子が多かった気がして、ふと不安に襲われながら新たにやってくる生徒を期待した。

その横で茅瀬も言葉を発する。

「確か、術師家系の子だった気がするよ。えっと…」

「でも術式無い天与やろ?戦力になるんかソイツ。」

言葉を遮るつもりはあったのか否か、茅瀬の声が途切れて別の声が上がる。田代だ。

「確か天与って、…生まれながらのやつだっけ?」

「そう。天与呪縛は生まれながら肉体に強制された“縛り”のこと。どんな縛りかは知らないけれど、術式は無いらしいんだ。」

へぇ、と理解してるのか理解していないのか、露鐘から気の抜けた返事が響く。無理もない。彼女は他2人とは違う術師家系の者ではないからだ。3年経った今でも分からないものは分からないし、呪術に関して謎めく部分が多すぎて把握しきれていないのだ。その返事に田代が分かっとんのかい、と言葉を投げかける。

「でも、補助監督としての道もあるし…来てくれただけ嬉しいよ、私は。」

「それはせやけど…自分としては、術式持ちやった方が嬉しかったなぁ。まぁ別に気にせんよなるやろうし、戦力になるかどうかは今後次第やけど。」

「素直に助けになりたいって言えば良いのに、ねぇ?」

「素直じゃないなー、お前は。」

「じゃかしぃ、お前ら黙っとれい。」

2人して揶揄っているとノックの音が響き、ガラガラと扉が開かれる。全員の視線が扉に向き、そこにいたのは1年の時から世話になっている補助監督の方だった。

「おはようございます。前沢さん、どうなさいましたか?」

茅瀬が声を掛けると前沢と呼ばれた補助監督はあぁいや、と声を漏らして咳払いをして1拍置く。その後おはようと3人に向けて声を掛け、質問に答える形で応答した。

「担任の羽場術師が急遽任務に向かわれましたので、代わりに私が新入生を此方に案内した次第です。」

「なるほど、そういうことでしたか…。と言うことは、その新入生は…。」

「ふふ、此方にいらっしゃいますよ。

恐神さん、此方にお入り下さい。」

補助監督の声に誘われて、教室内に1人の男子が入ってくる。足が古びた木材を踏み、ギシリと軋む音が響く。

日に映える小麦の色を込めたような髪色に、右目だけが異様に伸ばされた前髪。伏せられて細く開いている、どこか冷たさを帯びた御空色の眼。耳元に垂らされた藤色の耳飾り。高専の学生とはまた違う、袖元に白い花の装飾があしらわれた制服。その雰囲気も不気味に加えて希薄で、全員の第一印象は暗そうな新入生と、一概にも良いとは言えない評価だった。

教卓の隣に並ぶように立ち、黒板を背に少年は声を発した。


「御初にお目に掛かります。僕の名前は恐神零士。術式は持ちませんが、天与の下永遠に展開される防護結界を持ちます。呪術師として恥じぬ行いを為す様精進して参りますので、宜しくお願い致します…先輩方。」


自己紹介を終えた少年ー恐神は深く一礼をして、3人に向き直る。随分と硬そうな人と思ったのが茅瀬。しっかりしてそうだと思ったのは露鐘。何コイツと端的な田代。

全員が恐神を見つめていると、直立不動で良い姿勢を保っていた恐神は腕を摩った。

「あの…そんなに見ないで頂けると…」

顔を背けてチラ、と3人を見るその様子に、露鐘は笑みを溢して立ち上がり、恐神に近付いた。

「あはは、ごめんごめん…こっちも後輩ができたの初めてで…つい見ちゃって。」

恐神の前に立ち、手を差し出す露鐘。その手をまじまじと見つめながら視線を彼女に合わせる恐神。差し出された右手にゆっくりと右手が重ね合わされ、握られる。

「私は露鐘眞尋。等級は三級。宜しくな、恐神。」

ハキハキとした声で、真っ直ぐとした眼で。露鐘は恐神に自己紹介をした。そんな様子に触発されたのか茅瀬も立ち上がり、露鐘の横に立つ。少しばかり高い目線に恐神も顔を上げ、茅瀬は露鐘同様右手を差し出す。

「宜しく。俺は茅瀬、茅瀬遥だ。先輩として、そして呪術師として、同じく恥じないように努めるよ。」

同じく恐神はまじまじと見つめながら握手をする。2人を見つめるその眼がどこか震えていて怯えているように見えるのは気のせいか。


ーもしかしたら、あまり交流をしたことがない子なのかもしれないな…。ー


そう考えながら、茅瀬は恐神を見る。そんな彼は露鐘に話しかけられ、話をしていた。

「恐神も術師家系なんだってな、呪いのこととかで分からないこととかある?」

「え、えっと…特にはなかったはず、です。」

「そっか…私だけ非術師家系なのか…。それじゃあ恐神もすごいな、幼い頃から呪術について学んでたんだろ?」

「えぇ、まぁ…そう言うことになると思われます。」

1人がその様子を微笑みながら眺め、1人が和気藹々として恐神に話しかける中、ただ1人、田代は席を立たずに恐神を見ていた。人とは少し違う視界を持つ田代は、じいっと恐神を観察し、腹の奥にある本質と色を探り当てる。8歳でそれを授けられたその時からそのようにしてきた故の習慣であり、行動であった。だから、いつものように恐神を見ていた。


十数秒後、田代はただ慄いていた。

『見』ることに長けている自信はあった。けれども、それでも分からないものが彼にはあった。


それは、色があまりにも無さすぎたこと。最低でも人間には4色ほど色を持つ。様々な感情の肝となる喜怒哀楽を原点として、派生された色が十人十色に持っているからだ。けれど、彼には無い。

そして本質と言う本質が何かに隠されている。靄のようで時に陽を隠す雲のように、1番奥に存在するはずの本質が隠れていた。そして悟る。

この人間は危険なのだ、と。

しかし返って無害でもあるのは事実だ。何も無いと言うことは人間から逸脱しているかのようにも見えるが、裏を返せば此処から色を足していけば良い。


そうして田代はゆっくりと立ち上がり、恐神に近付いた。話していた2人はそっと避けて、田代と恐神の2人が対面する形となる。

田代は2人に倣って右手を差し出した。

「田代っちゅーもんや。まぁ、よろしゅう。」

珍しくニカッと笑い、恐神に声を掛ける。彼も同じく右手を重ねて握り返し、こう言葉を告げた。


「宜しくお願い致します。田代先輩、茅瀬先輩、露鐘先輩。

改めて、精一杯頑張ります。」



これから長い付き合いになるなんて、誰が予想したことか。


誰が大事に巻き込まれるなんて、

誰が大怪我をするなんて、

誰が自身を悩み悩んで悩み抜くなんて、


誰が呪詛師となってしまうなんて、


そんなこと、今の彼等には分からない。



此処で出会った彼等の邂逅は、この様にして始まりを告げた。

ただ、それだけの話だ。

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