対策と助言

対策と助言


虚夜宮


 カワキの傷がすっかり癒えた頃、怪我人と向かい合っていた卯ノ花がカワキを振り返った。


「……さて、カワキさん。傷は癒えたようですが、どうされますか」


 ——戦場へ戻れ……ということだろう。

 だが、カワキにはまだやりたいことと、やるべきことが残っているのだ。

 やりたいこと——カワキは胸に芽生えた未知の情動に答えを出したい。仮説を証明したい……と表す方が適切かもしれない。

 その検証の一環として、茶渡に質問する為にカワキは治療の手伝いを申し出た。


『…………そっちの破面はともかく、茶渡くんの治療なら手伝うよ』

「それでは、こちらの破面は私が治しますので、茶渡さんの治療はお願いします」


 カワキはこくりと頷いて、茶渡の治療を進めた。とは言え、もう治りかけでカワキがすることは殆ど無い。

 滅却師特有の治癒術式。あっという間にカワキ自身の傷を治してみせただけはある洗練された手付きには無駄がなかった。

 安心して茶渡の治療を任せていた卯ノ花が、何かに気付いたように顔を上げる。


「! ————…今の霊圧の揺れは……」

『? ……この霊圧は……あの時の席官、確か……山田くん? 負傷したのかな』


 卯ノ花の様子に、カワキは霊圧を探って小首を傾げた。


⦅救護担当が落ちたら誰が負傷者を治す? そんなことも判らない者が席官になれる訳はない……ということは、不測の事態か⦆


 カワキと同じ結論に至ったのだろう。

 すぐ近くで卯ノ花と共に治療に当たっていた勇音が息を呑む。卯ノ花が迅速に救援を指示した。


「勇音、すぐに朽木隊長の許へ」

「はい!」


 引き締まった表情で返事をした勇音が指示に従って姿を消した。砂漠にはカワキと卯ノ花、そして意識のない怪我人だけ。

 無言の時が続き、治療が済んだところで卯ノ花が視線を動かしてカワキを見た。


「茶渡さんが目を醒ますまでは、まだ暫くかかると思いますが……」


 先程まで虫の息だったのだから当然だと思いながら、カワキは考える。


⦅治療は済んだ。なら、後は戦闘準備だ。場所はどこでも同じ……ここで茶渡くんの目醒めを待ちながら準備をしよう⦆


 カワキはその細い手首に揺れる滅却十字に視線を遣って口を開いた。


『……私も、もう暫くここに居るよ。戦いに出る前にやることがあるからね』

「“戦闘前にやること”?」

『準備だよ。戦闘には情報(ダーテン)とそれを基にした事前の対策が欠かせない』


 ——メダリオンのように。

 カワキは手元で銃の形を模した神聖弓を構築しながら言葉を続ける。その眼は記憶の中の敵の姿を見ているようだった。


『幸いさっきの戦いで情報は手に入った。後は対策だ。彼は強かった。無策で挑める相手じゃない』

「! ……第5十刃と戦うつもりでいるのですか?」


 続く言葉に、カワキが誰に挑むつもりか理解した卯ノ花が軽く目を見開いた。

 カワキの話が本当なら、つい先程カワキたちを瀕死の重傷まで追い込んだ相手ではないか。

 カワキは卯ノ花の驚きなど知らぬ顔で第5十刃が居る方角の霊圧を探って答える。


『ああ。ただ……この霊圧は更木さんか。対策が終わるより決着が着く方が早いかもしれないね』

「…………」


 カワキは「獲物を取られた」などと騒ぐつもりはなかった。出遅れた己が悪いのだから、そうなっては仕方がない。

 神聖弓の構造を変化させて調整を始めたカワキに、卯ノ花は静かな声で訊ねた。


「つい先程、貴女を瀕死に追い込んだ相手に……敗北の恐怖は無いのですね」


 つくづく不思議なことばかり訊く人だ。

 カワキは首を傾げた後、自明の理を語り聞かせるように言葉を紡いだ。


『私は生きている——つまり、まだ勝っていないだけ。そして今から勝率を上げる策を練る。先程の経験は私の糧になるんだ』


 カワキに恐怖は無い。だからといって、怨恨から復讐を企てている訳でも無い。

 ——ただ、やるべきことをやる。

 カワキの中にあるのはそれだけだった。


『私は預言者じゃない。視えもしない敗北に怯えたりしないよ。——私は前へ進む』

「————そう、ですか。……カワキさんらしい良い答えです」


 真っ直ぐなカワキの言葉と眼差しに、何かを思い出すように卯ノ花は微笑んだ。

 カワキは「カワキさんらしい」という言葉に疑問符を浮かべたものの、深く追及はしなかった。

 今後の参考にしようと考えたのか、話のついでのように卯ノ花に訊ねる。


『? 納得してもらえたのなら良かった。ところで……卯ノ花さんなら、高い防御力を持つ敵と遭遇したら……どうする?』


 それは第5十刃のことであり——卯ノ花は知らないが——カワキのことでもある。

 穏やかな笑みを湛えた卯ノ花が、どことなく楽しげな様子で答えた。


「あら、アドバイスが必要ですか? そうですね……。私の武器は刀ですから片手で斬れないなら両手で斬る……でしょうか」

『やはり火力を上げるのがベターか……』


 卯ノ花の助言を受け、カワキは己の想定する対策の着眼点に誤りはないと、再確認し、威力を重視して神聖弓を作り替える。

 助言を参考にカワキが色々と考え込んで作業していると、卯ノ花がにこやかに言葉を続けた。


「カワキさんの場合、多様な手段を持っていることが強みでしょう。搦め手で攻めるのも悪くないかもしれません」

『成程、参考にしよう』


 先達の助言に頷いたカワキは淡々と作業を続けた。

 更木剣八の霊圧がどんどん重みを増していくのを感じて、卯ノ花は物憂げな表情で砂漠の向こうを見遣る。

 静かな砂漠に、低い呻き声と身じろぎの音が聞こえた。


「…………ここは……」


***

カワキ…他人の治療も普通に出来る万能のスパイ。いつもやらないのは本人に他人を治療する気が無いだけ。物静かで前向きという気付いた時にはカッ飛んでる属性。


卯ノ花さん…かつての同僚の遠縁にあたるカワキに「それでこそ志島家の人間だ」と大満足。奇しくも剣ちゃんと同じ対処法に辿り着いてカワキに助言をくれた。


勇音…バーサーカー達のキャッキャウフフに巻き込まれる前にいい感じに退避成功。妹を助けてくれたからかカワキへの好感度がかなり高い。

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