寒気と天誅

寒気と天誅


「────…ツバタ! カキツバタぁっ!!」


ぐらぐらと頭が揺れている。誰かに──そうだ、スグリだ、スグリに肩を掴まれ揺さぶられている。

自身に肩があること、元の身体に戻ったことを意識すると、全身がひどい倦怠感に覆われ、もう何もしたくない思いでいっぱいいっぱいになる。

先ほどまであったほてりは何処へいったのやら。頭のてっぺんから冷たく割れるような頭痛がする。同時に一気に血を抜かれたような寒気がし、だらりと放り出した手足に力を入れる気力も抜けていく。


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何かの条件をクリアした?あのマホミル……部屋の主の気が変わった?ともかく体のあるカキツバタに駆け寄り、なんとか起こそうと、やや乱暴に揺さぶる。

ぼうっとした顔で何も言わないカキツバタが首だけで呂律の回っていない姿を彷彿とし、スグリの不安を助長させるが、怖気付いてる場合ではない。勇気を出し声をかけ続ける。


「……ぅぐり やめっ…… ゔ……」


脳が揺れ吐き気を催したのか、僅かな声を発したカキツバタに無我夢中で返事を求めていたスグリはハッと我に帰る。

懸命にカキツバタの体を揺さぶっていたことで息が上がり、やや過呼吸の症状がぶり返す。

動悸のおさまらない中カキツバタを安静な体勢にし、もげないようにそうっと頭を枕代わりの膝に乗せた。ソファに運びたかったが、動かすのはよくないし、体が震えて抱えられそうにない。

ぶるぶると小刻みな振動が抑えられず安定しない。だからといって床に放り出すことも出来ない。

抜け殻のような眼差しと対面する形に耐えられず瞼を閉じると、ストレスで限界になった涙が零れる。誰でもいいからこの不安をなんとかして欲しい。

無言でぼたぼたと泣いていると、頬を撫でられる感触がし、おずおずと目を開ける。少し目に生気が戻ったカキツバタがスグリの顔に片腕を伸ばしていた。


「カキツバタ……!? だい、だいじょうぶ……じゃ、ない、よね…… ううっ……」


漏れてしまった泣き声を聞き心配する瞳が、安心させるような手つきでスグリの頬に触れる。

腕を挙げることが出来る程度には回復したのが嬉しくて、ついすがるように挙げられた腕を抱きしめてしまった。


「おー…… あったけぇなぁ…… ころもたいおん……ってひゃつ……か……?」


なぜか冷蔵庫から出てきたのである。当然寒い。

いつもなら馬鹿にされる子供らしさをここぞとばかりに活用し、自らの不安も消し去りたい気持ちから全身で抱きついた。

不思議な話を語りつつ体温の上昇と共に回っていなかった舌が治っていき、いつもの調子を取り戻したカキツバタ。そろそろ離れようとすると逆に抱きしめ返されじたばたと抵抗する。

ふざけられるぐらい元気になったんならもういいでしょ!と、軽く小突く。病み上がりの体相手に全力は出せない。


「えーと オイラたちは こっからどーすればいいんでやんすかねぃ?」

「わかんね…… でもカキツバタの話していた通りなら もう外に出られてもおかしくないんじゃない?」


前髪がピンと伸び、閃いた!と言わんばかりの表情で立ち上がり、自身が入っていた冷蔵庫をカキツバタが開けると、中にはいつの間にやら真っ赤なショートケーキが二切れ入っていた。

しかしケーキであればするはずの匂いではなく、ツンとした匂いが鼻に刺さる。

すぐさまこれが罰ゲームに近いものであることを察し、顔を見合わせる。……あれ?カキツバタ、なんか、背……低くなってない?


──ひとよ


カキツバタの高さがいつもより低くなってることを指摘するかスグリが迷っていると、スグリの頭に声が響いた。


──わたしは 激辛大明神 あなたたち ひとがそうよぶもの


ケーキになっていたカキツバタが聞いたという話は、カキツバタの頭がおかしくなって聞いた幻聴ではないことを、スグリは認めさせられる。


──はなしは わが めいゆうに ききました……

わたしのぶんしんを あなたたちにたくします

ともにわかちあい いきるのです


もう一度カキツバタと顔を見合わせ、自分だけが聞いた声ではないこと、これからこの赤い物体を食べなければならないことを沈黙の中通じ合った。

スグリが固まっていると、ぼよんぼよんとカキツバタが肉のような床の上で跳ね歩き、机と食器棚からフォークを持ってきた。


「そいじゃ、いただきますしないとねぃ 元 チャンピオン?」


軽口に反撃する間も無く有無を言わさず赤々とした一口を突っ込まれ、最初は普通に甘い……?と感じるも束の間、とんでもない辛さが時間差で襲ってくる。


「わ"ぎゃあ"ぁぁ!?!? わや辛っ……がら"い"ぃ"ぃ……」


これから自分も食べなければいけない物体への反応に青ざめるカキツバタ。え?そんなに?といった顔でもう一切れの方を口にし、スグリと同じ目に遭う。


「ゔ…… こいつはちょっとキツいな…… オイラ 辛いもんは 結構好きな方なんだがな"ぁ"ぁっ……!?」


辛味というより痛みに近くなってきた。汗が出てくる。カキツバタも同じようで、仕返しとばかりにカキツバタの口にフォークで追撃する。

そんなやり取りを幾度か繰り返すうちになんとか指示通りに完食した。これがホールケーキ並の大きさでなくて心底良かったと思う。

ゼイゼイと息を切らし水を欲するも、この部屋には水道もウォーターサーバーも無い。

次の指示を行えば水が得られるのではないかと冷蔵庫を再び開けようとすると、扉は一枚の出入り口になっていた。


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雪に埋もれたカキツバタは見つからず、救援に呼んだはずのスグリまで行方不明。ポーラエリアは一時封鎖状態になっており、立ち入り禁止のテープが貼られ、人気のない雪原が広がっていた。

口内の辛味から一刻も早く逃れようと、雪を口にしそうになったスグリを制止し、ピリピリとする口を押さえながらセンタースクエアに戻ると、騒ぎを聞きつけた集まりが死人を見たような叫び声をあげ、一時騒然となった。

ここで少し背が低くなったことを周りからようやく指摘されたカキツバタ。念の為様々な検査をされたが原因は不明。おそらく食べられた影響だろうが、カキツバタがそれを誰かに告げることはなかった。

翌日あっさりと元通りの身長になり、ポーラエリアの封鎖も解除され、リーグ部にいつもの日常が戻ってくる。

けれどもダークな雰囲気の部室がすっかりトラウマになったスグリが顔を出さなくなってしまい、別の装いにしようと提案したとき、心の中で何かが引っかかり──ひとつの要請をした。

常日頃から座っている椅子の背後から刺さる視線。スグリの話と不明瞭な光景の中聞いた声。整合性を考えるなら、声の主はそこに居る。


「………… マホ!」

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