宿儺が丁寧な口調嫌だなぁってなる話
「ご機嫌麗しゅう、宿儺。奇遇ですね。あまり久しくは有りませんが。」
これから虫を潰そうとしていた折り、背後から聞き慣れた声が聞き慣れぬ言葉を容作って耳に届く。
振り返れば、見慣れた顔が見慣れた笑みを浮かべ、これもまた見慣れた平民振った格好で近付いて来る。しかし──
「貴様、なんだその話し方は。」
「私も近い内に宮仕えしなければならないでしょう?ですから、今のうちに覚えておくように、とね。」
成程、理由は理解出来る。それに、声にも顔にも合っている。──だが、
「やめろ。」
「どうしました?」
「それをやめろと言っている。」
「それ?なんの事で──っ!」
思わず顎を掴んでしまう。
しかし、当の掴まれた本人は痛みで眉間が寄りはするが、至極平坦な表情と口調で、
「痛いですよ。宿儺。楽しみを邪魔したのは謝りますから、放して下さい。」
等と見当違いの抗議をしてくる。
そうだ。こいつは篦棒に鈍い男だった。はっきり言ってやらないと解らないのだ。
「その話し方をやめろ。と言っている。」
「何故です?」
「気色悪い。」
「まあ、折角練習している最中だと言うのに、非道い方ですね。」
「おい。」
顎を掴む力が強くなる。
「──っ!……はいはい、わかったわかった。全くお前は我儘だなぁ。」
「それでいい」
顎を放してやる。
痛む顎を擦りながら、何時もの笑顔で
「まあ、だからお前と居るのは楽しいんだが。」
と言ってくる。
人誑しめ。
「俺は我儘を通せるくらい強いからな。」
「違いない。」
「もしそうじゃなかったら?」
「そんなのはお前じゃない。」
考えた事も無い。とこちらも見ずに応えるその横顔に、闘いへの高揚が滲んでいる。
眼を見れば、既に獲物を捉えた狩人のそれだ。
如何にも公家という雅で流麗な顔立ちをしていながら、中身は全くと言っていい程別物だ。
その懸隔に足を取られて、抜け出せなくなった者も多いのだろう。
己もその一人だと、自覚が無い訳ではない。
だが、他の有象無象とは違う、俺にしか見せない一面があるのを知っている。
今が正にそうだ。
闘いに高揚を、愉悦を覚える様は俺しか知らない。
「どうした?俺が先に狩り尽くしてしまうぞ?」
振り向く顔は狂熱に浮かされ、象牙の肌に朱が差している。
こんな行儀の悪い面は、俺しか知らないのだ。