家族

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毎日が、輝いていた。

大変なことも多くて、傷だらけになることばかりだったけど。

それでも、あの日々は輝いていた。

皆が、笑顔だった。

いつも隣にいる大切な人も、笑顔だった。

いつか。

いつかきっと。

未来を、何度も思い描いた。

……こんな未来は、考えたことはなかった。




「わらわのところへ来い! ルフィ、ウタ!」


人の住まぬ無人島。かつては文明があったが、いつしか人が去り、そしてその後文明が築かれなかった島に。

“海賊女帝”の、どこか祈るような声が響いた。


「わらわが治める女ヶ島は凪の海域の中にある! そなたらを追う者も容易く手出しはできぬ! いや、わらわがさせぬ!」


説得の言葉を続ける女性、ボア・ハンコックの背後には彼女の姉妹二人が憂いを帯びた目で視線の先の二人を見ている。また、ハンコックと肩を並べるようにしてジンベエも眉間に皺を寄せていた。

そんな四人の視線の先にいるのは、二人の男女。

過酷な逃亡生活で汚れた衣服を纏い、二人で支え合うようにして立っている……海軍の、希望であったはずの二人。


「だから!」

「……ありがとう」


そう言葉を紡いだのは、ウタだった。彼女は、静かに首を振る。


「本気で言ってくれてるのはわかってる。でも、駄目。あなたのところに行くことはできない」

「それはわしらが海賊だからか?」


ジンベエが、腕を組みながら言う。


「お前さんが海賊嫌いなのは知っておる。しかし、この状況では」

「違うよ」


違う。

そうじゃない。

ウタは、ジンベエの言葉を否定した。


「二人のことは好きだよ。もちろん、サンダーソニアもマリーゴールドも。女ヶ島の皆のことも。……ハンコックについては、今でも言いたいことがいくらでもあるけど」

「それはお互い様じゃ」


ハンコックが応じる。今、ウタの隣にいる人を巡って顔を合わせる度に何かと衝突していたが、だからこそ彼女の人となりは知っている。

色々と唯我独尊というか無茶苦茶なところはあるが、それでもこの場でこちらを騙そうとするような人ではないことは。


「けど、だから駄目」

「ハンコック。おれたちの敵は、天竜人だ」


ずっと黙っていたルフィが、静かに告げた。ウタの手を握る力が、強くなる。


「だから……巻き込めない」

「…………」


ハンコックが口元を強く、引き結ぶ。この場にいる者のみが知る、“海賊女帝”最大の秘密。そこには、天竜人の存在が深く関わっている。

それに、だ。


「私たちが女ヶ島にいることが知られたら、あの島が戦場になる。私たちは海兵だから。世界政府の、海軍の力をよく知ってるの」


想像できてしまうのは、最悪の事態。

あの島が、地獄となる結末。

そしてそれは、差し伸べられた手を取った瞬間に現実となる。


「じゃが、どうするつもりじゃ? わしらがここにいるという意味を、お前さんたちが理解できんわけもなかろう」


ジンベエの言う意味はわかる。海賊であるが、“七武海”という立場である二人は政府側の人間だ。つまり、政府側の人間がこちらの位置を掴める状態であるということ。

逃げ切ることは、不可能に近い。


「どうして」


サンダーソニアが、呟くように言う。


「二人は、正しいはずなのに」


かつて、天竜人の暴虐に晒された彼女たちだからこそ。

この場に、危険を冒して来てくれた。

けれど、だからこそ。

この人たちを、巻き込めない。


「すまねぇ」


ルフィの、その言葉は。

説得の無意味さを、この場にいる四人に理解させるだけの重さを持っていた。

どうしたら、と。

そんな沈黙が広がる中で。


「大変です!」


周囲の警戒をしていた九蛇の戦士の一人が大声と共に駆け込んできた。

かつて色々な事故の重なった結果、ルフィが最初に仲良くなった女戦士マーガレットだ。彼女は息を切らし、ハンコックに告げる。


「海賊船です! “白ひげ”海賊団です!」

「何じゃと!?」


予想外の名に、ハンコックも驚きの表情を見せる。

四皇が一角、“白ひげ”。

世界を滅ぼすとまで謳われる大海賊が、何故。


「まさかジンベエ、貴様!」


ハンコックがジンベエを睨む。彼が白ひげと親しいことは知られた事実だ。だが彼は目を伏せると、わしは、と言葉を紡ぐ。


「オヤジさんには何も言うておらん。ルフィの家族に、伝えただけじゃ」

「……家族……」


呟いたのは、ウタだ。白ひげ、そして家族という言葉。

その二つが合わさった時に浮かび上がる人物は、一人しかいない。


「間に合ったようで何よりだよい」


鳥の羽ばたくような音と共に、空に一人の男が現れる。

この海を生きる者で、彼の名を知らぬ者はいないだろう。

白ひげ海賊団一番隊隊長、“不死鳥マルコ”。

かの白ひげが全幅の信頼を置く男だ。


「何をしにきた!?」

「おれはただの立会人だよい。用があるのは、こいつの方だ」


ハンコックの言葉に、マルコは肩を竦めて応じる。それと同時に、マルコの足に掴まっていた一人の男が地面へと降り立つ。

背に白ひげのマークを背負った、そばかすが特徴的な男。

よう、と。

その男は、かつての彼らが知る表情とは大きく違う。

重苦しい表情のまま、言葉を紡いだ。


「久し振りだな。ルフィ、ウタ」


白ひげ海賊団二番隊隊長、“火拳のエース”。

二人にとって、義理の兄とも呼べる男がそこにいた。



◇◇◇



“火拳のエース”。

その名は、この大海賊時代においても畏怖と共に語られる名だ。通常、ルーキーと呼ばれる年齢より更に若い年齢で。

七武海への勧誘をも断り。

生き急ぐように海を駆け抜け、彼の白ひげの二番隊隊長にまで上り詰めた。


「遅くなってすまねぇ。もっと早くに来るつもりだったんだが」


その男がルフィとウタの義兄弟であることは、一部の彼らと親しい者は知っている。この場にいる者たちは、その“親しい者”に含まれていた。


「詳しい話は後だ。とりあえず、お前らには絶対に手出しをさせねぇ。だから」

「駄目だ、エース」


きっと、彼自身も焦っているのだろう。口早に告げる彼に対し、ルフィが首を振った。


「会えて嬉しい。けど、駄目だ。エースの助けは借りられねぇよ」


エースが、愕然とした表情を浮かべた。どうしてだ、とエースは言う。


「白ひげが……オヤジが信用できねぇのか? ならおれを信じてくれ。絶対に、おれは」

「エースは、海賊だろ」


その、言葉で。

初めて、エースは己と二人の間の認識に深い、あまりにも深い隔たりがあると理解した。

拳を握る。そんな彼に、ルフィは言った。


「おれたちは、海兵だから。だから、エースの敵なんだ」


嗚呼、とエースは思った。

その言葉は、こんな。

こんな状態で。

こんな状況で。

聞きたい言葉じゃ、なかったのに。


「馬鹿野郎」


絞り出すような、声だった。


「馬鹿野郎! その海軍から追われてるんだろうが! だったらどうするつもりだ!? ジンベエの! “海賊女帝”の手も振り払ったんだろ!? その上おれの手も振り払って! お前らはどうするつもりだ!?」

「戦うよ。ウタを守るって、そう決めたんだ」


かつての、泣き虫だった弟は。

静かに、そう言った。

ふざけんな、とエースは怒鳴るように叫んだ。

それは、彼らに対してか。

それとも、世界に対してか。


「おれが気付かねぇとでも思ったのか!? お前らはもう、二人だけじゃねぇんだぞ!?」


その言葉に、ウタが反射的に両手を彼女のお腹へと添えた。見聞色の覇気がこちらに伝えてきている。そこには、確かに命が宿っている。

ハンコックも苦い表情をし、ジンベエも息を吐く。


「何を置いてでも守るべきもんがあるだろ! おれにとって、今のお前らがそうなんだよ! 何が海兵だ! その海兵が! 世界政府が!! お前らを殺そうとしてるんだぞ!!!」


認めるかよ、とエースは言った。


「おれはお前らの兄貴なんだ! だから来たんだ!」

「ここでエースの手を取ったら!! 何もかもを否定することになるだろうが!!」


たまらず、といった調子で、ルフィが叫ぶ。


「あの日! 海兵になるって決めた日に! おれはずっとウタの隣で海兵であり続けることを決めたんだ!」


だから、とルフィは言う。


「エースの、海賊の手は借りられねぇんだ!!」


それは、この逃亡者二人の最後の誇りであったのだろう。

海兵であることを、その日々を、彼らは誇りに思っていた。

いつか捕まえてやると、エースに彼らが言ったこともある。

今ここでエースの手を取れば、おそらく助かるかもしれない。

だが。

その時、その瞬間に海兵としての二人は死ぬ。

そうしたらもう、後には何も残らない。


「この、馬鹿が……!」


エースは、二人の服を見る。

ボロボロで、薄汚れて、血に塗れて。

ルフィが肩にかけた正義のコートは、血と汚れでその文字が侵されつつある。


「私は、海賊が嫌い」


ウタが、呟くように言う。


「でも、エースは好きだよ」


けれど、と。

彼女は、微笑んだ。


「私は、あの時私を助けてくれたルフィを」


それは、かつての幼き日の、無邪気な笑顔ではなく。

壮絶な、悲壮なまでの覚悟の込められた笑顔。


「私の愛する人を、信じてる」


この、馬鹿どもがと。

エースは、あらん限りに拳を握り締め。

わかったと。

覚悟を込めて、言葉を紡いだ。


「そうだ。おれは海賊だ。お前らとは、あの日、道を違えた」


あの日。

ルフィとウタが、弟と妹が。

大切な家族が、海兵になると告げた日に。


「この背のマークは、おれの誇りだ。おれは、海兵であることを後悔していないお前らと同じように、海賊であるおれに後悔していない」


あの時、思い描いた未来は。

決して、こんな形ではなかったのに。


「だからここからは、海賊としての流儀で行く」


その体から、噴き出すように炎が溢れる。

彼の持つ炎の力。それは、幼き日にはなかった力だ。


「お前らを倒して、連れて行く」


周囲の者たちが息を呑んだ。ルフィは頷くと、ウタから手を離し、歩み出る。


「来いよ」


兄が、吠える。


「海軍本部大佐!! “麦わらのルフィ”!!!」


そして、弟も。


「行くぞ」


拳を握り。

汚れた正義のコートを背負って。


「海賊!! “火拳のエース”!!!」




かつて。エースも、ルフィも、ウタも。

こうなる未来を、思い描いたことがある。

捕まえようとする海兵と。

それを迎え撃つ、海賊で。

そうやって、ぶつかり合うことを。

覚悟はあった。

互いが選んだのは、そういう未来だ。

けれど、それは。

こんなにも、切なく。

絶望的な未来では、なかったはずだった。

だった、のに。


一体、何を。

何を、間違えたのだろう。



To be continued……?


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