宝箱に入れられてトラウマでブッ倒れるトラ男

宝箱に入れられてトラウマでブッ倒れるトラ男



 今日は風が穏やかに吹いてる。ロシナンテはタバコ休憩に甲板に出ていた。紫煙が風にたなびいて海へ流れていく。潮風を浴びながらタバコを吸う。晴れ晴れとした空が気持ちが良かった。

 突然、ブゥン、という鈍い音と共に展開される青いサークルが船を包むと、一人の男が甲板に現れる。

「今日もいい天気だな、コラさん」

 音もなく隣に現れて、親しげに話しかけてくる男は、おれのことを『コラさん』というおれの知らない名前で呼ぶ。

 その男はトラファルガー・ロー。その首には30億の賞金がかけられている大海賊だ。

 海賊が海軍の船に上るな。あとコラさんって誰だよ。おれはロシナンテって名前があるんだよ。

 過去に一度「コラさんとやらはおれとそんなに似てるのか?」と聞いたら「あんたがコラさんなんだよ!!!」と全ギレしながら船や海兵を斬ってはくっつけて、改造自在人間の名をめちゃめちゃにブン回されたことがある。その時から、おれは二度とこの質問はしないと決めている。

「お前は本当に飽きずに来るな。海賊ってヤツは暇でイカれた奴らばかりなのか?」

「おれのことはローって呼んでくれって言ったよな?」

「…………ロー」

「なんだ?コラさん」

「……お前に言わされただけだ」

 つっけんどんに言い返すが、トラファルガーは笑顔を浮かべたままだ。そう、コイツはなんだかずっと笑顔なのだ。やたらとニコニコして嬉しそうなのが怖いし、そもそもその笑顔自体が怖い。こいつが海賊であることを除いてもシンプルに不審。

 ちなみにコイツは毎日来る。おれが基地内にいようが船にいようが本当に毎日来る。おれがいい年した男じゃなかったらブタ箱行きの行動だし海賊は早くブタ箱に行け。何?この頻度で会う他人とか恋人以外にいるか?毎日急に会いに来るヤツとか恋人でもやだよおれ。

 あと名前呼びを強要するな。

 不審な点は無限に挙げられるが、コイツ、ローは「コラさんが忘れてるだけだ」と言う。おれは確かに随分長い間の記憶を失っているが、それにしたってこんな極悪も極悪な海賊とどうやって知り合ったのか、検討もつかない。



「なんだ?騒がしいな」

 ぼーっとしながらタバコを吸っていたので、トラファルガーから言われるまで気がつかなかった。本部からの連絡船が近くまで来ているようだ。長く海に出ている海軍の船に対して、海賊と内通していたり、民間人から略奪などの違法行為をしていないかを抜き打ちでチェックする船だ。

 身内の不正を見回る船、そして隣には30億の賞金首。

 マズイ。

 コイツの存在がバレたらおしまいすぎる。どうにかごまかさないと。きょろきょろと周りを見渡すと、都合よくその辺の木端海賊から取り上げた物資の中に宝箱があった。

「そこでじっとしててくれ、な?」

 トラファルガーに凪をかけて、箱に入れて蓋を閉める。

 凪をかけたところで俺の声はあいつには聞こえているだろうが、どうせ当たり障りない抜き打ちチェックだろうし、コラさんコラさんとうるさい声が向こうに漏れなければそれでいいだろう。頼むからそのまま静かにしていてくれよ〜〜〜。





「なんだ?騒がしいな」

 にわかにざわつき出した船の様子にそう言うと、コラさんは目を白黒させてわたわたしだす。一通りわたわたした後、コラさんに急にもちあげられ、おれが椅子がわりにしていた宝箱に入れられる。

「あー、すまん、ちょっとここにいてくれ」

 コラさんは困ったように笑って、おれの頭を軽く叩く。

(急になんだよコラさん)

 確かにそう言ったはずなのに、何の音も、空気の漏れる音すらしなかった。

 コラさんに凪をかけられたのだと理解した。

「そこでじっとしててくれ、な?」

 そう言って、宝箱が閉じられる。

(っ!待ってくれコラさん!!)

 凪が、蝶番の軋む音が、狭くなっていく視界が、コラさんの笑顔が、暗く狭い閉じた空間が、全てがあの時と重なる。

 あの雪の降りしきる島、あの約束が永久に果たされることは無いのだと解ってしまった日。ひとりぼっちで、ひどく寒くて、つらくて、悲しくて……

 嫌だ嫌だ嫌だ!!

(コラさん!開けてくれ!出してくれよ!!コラさん!!コラさん!!)

 無音の叫びを上げて、宝箱をめちゃくちゃに叩く。

 静かなままの宝箱に、外からコラさんが誰かと話す声が聞こえる。

 その少し固い声音に、コラさんを撃ち抜いた発砲音がフラッシュバックする。

 またおれを置いていなくなるのか。

 ガタガタと全身が震える。寒くて寒くて仕方がない。ひゅっ、ひゅっ、と呼吸が短く激しくなる。指先が痺れたように感覚がなくなって、脳の中心がもやのようにじわじわと冷えていく。

(コラさん…!)

 力が入らない上半身が重力に吊り下げられずるずると床に落ちる。

 いかないで、ひとりにしないでくれ、いっしょにいて。

(コラ、さ……)

 ぶつっと意識が途切れた。





「ふむ……変わり無いようだな。ではよくやるように」

「はい、そりゃもちろん。お気をつけて……」

 いかにも文官といった風体の海兵が、一通り船の中を見回って連絡船に戻っていく。

 幸い、トラファルガーを隠した宝箱、物資は一瞥しただけだった。代わりに船内をやたらと細かくチェックされたが。


「おーい、トラファルガーくーん?そろそろ出てきて大丈夫だぜ〜〜」

 相手は海賊なので、鍵も閉めていない宝箱なんて勝手に開けて出てくるだろうと思っていたが、何をやっているのだろうか。

「まだそこにいるのか?」

 そう言いながら宝箱を開けると、変に折れ曲がったように倒れ込み、ぐったりと目を閉じたトラファルガー・ローがいた。

「え!?!?本当にどうした!?!?!」

 びっくりして頬をぺちぺちと軽く叩くと、手に触れた頬の冷たさに固まる。

 まさか死?!?!?

「医者〜〜〜!!コイツだ〜〜〜〜〜!!!」

 動揺で変なことを叫びながら、大慌てで妙な体勢で箱に収まっているトラファルガーを抱き上げる。甲板に仰向けに寝かせると、胸がちゃんと上下しているのが見てとれた。呼吸は荒いが、不規則な死にかけの人間の呼吸ではない。少なくともちゃんと生きてはいるようだ。

「よ、よかった…」

「准将?!どうしたんですか?!」

「またなんかドジったんですか?!」

 おれがデカい声を出したので、なんだなんだと皆が集まってきた。

 いや今回は違うんだ。皆心配してくれてありがとな。

「いや、おれじゃなくてトラファルガーが……」

「トラファルガーがドジったんですか?!」

「まあそんなところだ」

 なんで気絶しているのか分からんが、ちゃんと医者に診せた方がいいよな。いくら極悪非道の海賊とはいえ、目の前で死なれるのは寝覚が悪い。

「とりあえず、おれが医務室に連れてくから、お前たちは持ち場に戻れ」

 意識の戻らないトラファルガーを抱き抱え、医務室に急いで向かう。

 腕の中の体はひどく冷たく、血の気のない顔をよくよくみると、涙の跡があった。

「一体どうしたってんだ……」



「コ゛ラ゛さ゛ん゛!!」

 医務室のベッドで目を覚ましたトラファルガーは初めて会った時に大暴れした時くらい号泣していた。そして俺から物理的にくっついて離れない。死の外科医の姿か?これが……。

「引っ付くなって……いや力つよ!」

「もうどこにもいかないでぐれ゛!!!」

 引き離そうとすると余計しがみつかれ、すごい勢いで泣き喚く。

 やっぱ助けなければよかったかもしれない。

 周りにいる奴らはこの異常行動を繰り返す男に慣れてしまったのかおれを助けようともしないし。

 あ〜〜早くこいつの勘違いがおさまらねぇかな〜〜〜。


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