宝物を身に着けた者

宝物を身に着けた者





ダ・ヴィンチ女史に「今回のレイシフト先は紀元前のインドだよ」と告げられた藤丸立香一行。当たり前のように猛烈に嫌な予感を抱えていた。

集められた人員も藤丸とマシュ以外はビーマ、アルジュナ、ドゥリーヨダナ、ドゥフシャーサナ、ヴィカルナと錚々たる面子。

もしかするとカルナとアシュヴァッターマンも合流するかもしれないという有様。

全員「インド大戦か……。」と大変身構えて現地へ飛んだのであるが。


「平和、ですよね」

「平和、だなぁ」


やって来た町は、出店や様々な催しで活気付き鮮やかな賑わいを見せており、とても戦争の気配など感じられなかった。

大都市もかくやという様子に、藤丸とマシュは面食らって確認し合うように言葉を交わす。


「表面上はそうでしょうね。ここはヴァーラナーヴァタですから。」


ヴィカルナがそっと呟くと、アルジュナが頷いて話を重ねる。


「……我らの兄、ユディシュティラの王位継承が現実的になりだした頃。私達はドリタラーシュトラ王らの勧めで、丁度シヴァ神のお祭りが開かれる時期だったこの町に行き、観光を楽しみました。」

「ドゥリーヨダナに家燃やされた話したろ?あれが起きたのがここだ。」

「あ、なるほど……。」

「なるほどじゃねえから!俺達の巧妙な作戦を簡潔にし過ぎだバーカ!」

「でも燃やしたことは燃やしたんでしょ?」

「もちろん!」

「もちろんかぁ」


アルジュナの言葉に簡潔な説明を付けたビーマだったが、それがドゥフシャーサナの不興を買ったらしい。

ぎゃんぎゃんと吠えるドゥフシャーサナに藤丸が問うと、自慢げな返答が帰って来て、藤丸は思わず苦笑してしまった。

それを何とも言えない面持ちで見守っていたアルジュナであったが、ふと渋い顔をしている次男を振り返り、口を開く。


「ところで兄ちゃん。本当に『祝福の家』はごく普通の宮殿だったのですか?」

「ああ。松脂やラックや油脂のキツい臭いは少しもしねぇし、ギーはキッチンに常識的な量しか置いてなかったぞ。ただ、異常の核だろう聖杯もなかったが。」

「しかしこの時代の私達は……。」

「あちらに寝泊まりして町の賑わいや狩りを楽しんでいるようです。」

「まあ……。少なくとも、この世界の兄貴やお前たちが純粋に街を楽しんでいられるのは、良いことだな。」

「良いことですね。」

「折角の楽しいお祭りに、嫌な思い出なんてない方が良いですからね。」


この町に嫌な思い出のあるビーマとアルジュナですら、ヴィカルナと毒気の抜かれた顔で話し合う。

すると。ここまで彼らしくなく黙って項垂れていたドゥリーヨダナが、カッと目を見開いた。


「いやいや、いやいやいや!おかしいだろッ!わし様のイケイケな奸計は!?五王子まとめて燃やしつつわし様王様になっちゃおう計画はどこへ行った!?」

「こっちでもどっかへ行ってくれてたら平和だったんだがな……。」

「だからレイシフト先になったんじゃねえの?大体予想がつくわ。スヨーダナかオルタ兄ちゃん案件だろ。」

「まーたわし様増えたのか!勘弁してくれ!」

「アーサー王よりはマシでしょう。胸を張って下さい兄さん。」


やいのやいのと兄弟漫才を交わし合うカウラヴァとパーンダヴァたちを、微笑ましく眺める藤丸とマシュ。

その時だ。

ふと視線を反らした藤丸の目に、模様や染色などがほぼ無い質素な服の裾を揺らし、まだ湯気が立っている料理を片手に颯爽と進む青年が飛び込んで来た。

青年は器用に人混みをかき分けて、町の外れの方へと進んで行く。

チラリと見えたその面立ちは……。


「っ!……待って、そこの人!」

「マスター!?」


⸺このままでは見失う!

思わず自分の頼れるサーヴァントたちから離れて、人混みの中に飛び出してしまった。


「ん?」

「ドゥリーヨダナ?ドゥリーヨダナだよね……!?」


幾ら歴戦のマスターとはいえ、無秩序に動き回る人々を自分の力だけで避けていくのは難しく、追い付くのに少し時間がかかってしまった。

大声で青年の横顔に声を掛けると、ようやくその軽い足取りが止まる。

ぜえぜえと肩で息をする藤丸を、青年は怪訝な目で見つめた。


「……そんな名前は知らん。誰だ、おまえ?」

「でも、髭は無いけどその顔は……!」

「はぁ〜……。」


そしてにべもなく冷たい言葉であしらい、すぐ背を向けて立ち去ろうとするが、なおも藤丸が諦めずに言い寄ると、ドゥリーヨダナの顔をした青年は盛大に溜息をついた。


「ヴァスシェーナ。覚えておけ。ヴァスシェーナだ。」


そうして彼がどことなく自慢気に言い放った音は、ヨダナのナの字しか無い聞き覚えのないもので、藤丸は目を白黒させた。

しかし、ヴァスシェーナという名自体はどこかで見た覚えがあるような気がして、頭をひねる。


「ヴァス……?」

「もういいか?こっちは友を待たせてるんだ。人に冷めた料理を食わす気か?」

「え。あっ、ごめん……なさい……。」

「ヴァスシェーナ。今度は間違えるんじゃないぞ、お坊っちゃん。」


その様子に青年が心底うんざりと言いたげに眉を寄せるので、藤丸は慌てて頭を下げる。

それを見た青年は、もう一度名前を繰り返して妙に邪気のない顔で笑った後、ひらひらと手を振りながら去っていった。

⸺そのどことなく覇気のない背中に、藤丸は、波乱の予感をひしひしと感じていた。



















「待たせたな、カルナ!」

「遅い。」

「この麗しの美貌に惹かれた観光客の世間話に付き合わされかけてな。危うく料理が冷めるところであった!」

「だからオレが行くと言ったのだが……ヴァスシェーナ、頑なな強情は肉塊の頃からの十八番か?」

「はーいはいはい。説教は聞き飽きましたー。そら、とっとと自分の分を取れ!」

「いや。苦労して料理を手に入れたお前が先に取るのが道理だ。」

「面倒くさっ。この言い争いで時間食うくらいなら、チョッキリはんぶんこにするわ!あーあ、せっかく多めに食えるチャンスをやったのに。カルナときたら……。」

「構わん。同じ釜の飯を食う仲だ。いや、むしろオレの分など」

「隙あり!」

「むぐっ」

「わっはっは!いいから英気を養っておけ!日々の積み重ねが打倒五王子への一歩一歩であるぞ〜。」

「ひょうひひは。」

「……。」

「……んぐ。…………。」

「カルナ。この身に迫る終わりが遠ざかり、五王子との勝負を焦らずに済んだのは、お前が献上してくれたこの黄金の盃のお陰だ。おまえにとっては不完全燃焼であろうに……。何度例を言っても足りない。ありがとう。」

「……もう躰は痛まないか?」

「もちろんだ。むしろこいつから流れ込んで来る力のお陰で、前より丈夫にすらなったぞ!むんっ!」

「油断するな。死の影はすぐ人を覆う。」

「しーんぱいすることなんぞ無いさ!カルナ!」


「友たるおまえと戦争を起こし、勝利するまでは。絶対に死んでやらんさ。」






ヴァスシェーナ

ドリタラーシュトラとガーンダーリーの間に生まれた名も無き元長男。

誕生直後に、識者の進言を受け入れた王によって処分され、存在を抹消された。

つまり本来カウラヴァは101人兄弟だが、夫妻と一部の者以外は妹を合わせて100人兄弟で、ドゥフシャーサナを長男と認識している。

現在はカルナから幼名を施され、それを名乗って共に御者をやっている。

肉体が死んだ後も魂はしつこく残り現世に執着していたが、神々が新しく戦争を起こす役割を持った者を造り始めたため、それももうすぐ終いだったところをカルナに拾われて形を得た。

ただ、簡単に言えばカルナに取り憑いた幽霊であり、依り代を得て延命しただけであるため、本来残された時間はそう長くない。保って数年、カリの力を行使すれば瞬く間に崩壊するレベル。

いずれ新しい人口調節機構によりクルクシェートラの戦いは正しく起こるため、本来彼の生まれた時空はいずれ剪定される可能性があるとはいえ、編纂事象だったのだが……。

姿形は青年期のドゥリーヨダナとそう変わらないものの、手入れのされていない長髪をなびかせ、質素な服を身にまとっている。

戦争を起こすとは言いつつ、人口削減への意欲は薄い。

その動機が、『人々に愛されながら幸福に生きる五王子や弟妹への嫉妬』『自分を遺棄し居ないものとした神々や親たちへの憎悪』『カルナへの義理』『強さ、正しさ、格好良さを兼ね備える英雄への羨望』など、感情によるところが大きい為。

ぶっちゃけ色々カルナと一緒に世界を学んだ今となっては、戦争じゃなくて個人的な復讐をしておしまいでいいかなとも思っている。

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