宙を数える
心臓が軋む。
左足の断面から、どくどくと命が流れ出ていく。
視界が霞んで、だんだんと死の温度に近づいていくのを肌で感じる。
瞼を持ち上げる力もなくなって、目を閉じた。
(……虎杖くん、ええ子やったんやけどな)
思い出すのは、宿儺の器のこと。
直接会って話したのは一回だけだったが、それでも真っ直ぐな芯を持った子だというのは伝わった。太く丈夫な、まさしくイタドリのような心が眩しくて、なぜこんな子が死刑にならなくてはいけないのか、理性では分かっていても感情が理解できないと喚いていた。
だからといってどうすることもできないような奴だから、ここで死ぬんだろう。
寒い。寒い。なんだか頭がふわふわするような、そんな冷えだ。
コンクリートで固められ、叩き割られた世界に、存在しないはずのものが投影されていく。
何度折られても華麗に咲き誇る桜。それを支えるように優し気な色を見せる紫苑。
それを見つめるようでどこか遠くを見ている虎猫。傘を差したドレスの少女が地を踏んで、跳ねた泥が日の光を返し輝いた。
天秤のオブジェが、刀の乗ったほうに傾いている。遠くに見える住宅街は紅い雨に濡れて、長靴の子供たちが楽しそうに駆け回る。
翼を生やした青年が、少女を乗せて天を舞う。折り紙の鳥の群れが列を成して頭上を飛び去って行く。
山が大きく爆ぜて、湧き出した水を動物達が舐める。鐘を鳴らした教会で、死者たちが手を打ち鳴らす。
空の一部を埋める黒い雲にはぽっかりと穴が開いて、機械人形に女性が手を差し伸べた。
ギロチンの刃は空を切り、体中を縛られた青年は罅の入った偶像に跪く。
誰かの涙で出来た水たまりに、空飛ぶ円盤が映った。
特撮ヒーローが倒した怪人の桃色をした体液に銃が浸り、それを狐が咥えて持ち去った。
汚いような美しい世界。画面越しに見て、確かに視た世界。
こんな時でも掲示板か、と苦笑いを浮かべ、右足で一歩踏み出した。
夜の帳が下りた世界を、今度ははっきりと捉える。
集る呪霊に改造人間。壁に寄りかかり見下ろされたままで、小指、薬指、しっかりと組み合わせ、呟く。
「領域展開」
灰塵に満ちた空を仰ぎ、紡ぐ。これまでにないほど輪郭を持ったそれを、広げて閉じた。
「”三千体善世界”」