守り抜いた剣闘士
怒号と悲鳴が飛び交う戦場を彷徨う1人の少女。
走っているとは到底言えない覚束ない足取りで、あてもなく逃げ惑っている。
「はぁ……はぁ……!」
……否、あては有る。
この島に共に乗り込んだ筈の幼馴染の海賊、モンキー・D・ルフィ。
今はどこかで休んでいるらしいが、彼にさえ合流できれば……そう思った矢先。
「おい、いたぞ!!」
「!!」
見つかった。ドフラミンゴファミリーの兵士達だ。
「あ……!!」
ガッ
「ぅあ!!」ドシャ
慌てて逃げ出そうとするも、足がもつれて転んでしまった。
ここまでも幾度と無く転倒し、本来ならば誰にも羨まれるであろう綺麗な脚も既に傷だらけだ。
「へっへ、やっと見つけたぜ。手こずらせやがって……」
「しかし若は何だってこんな女を狙ってるんだ?」
「さぁ、何か深ーい事情があるんだろ」
「う、ぁ……!!」
自分が狙われる理由に心当たりは無いが、そんなことを気にしている場合ではないことぐらいは分かる。
逃げなければ──頭では分かっているものの。ものの数時間前まで布と綿で出来たオモチャだった身体だ。
十数年ぶりに人間に戻れたとは言え、すぐに言うことを聞く筈もない。長い間声を奪われていた為、まともに言葉を発することさえできないのだ。
人形から人間に戻った少女『ウタ』は、その場から立ち上がれずにいた。
「ぁ……や……!!」
雑兵達が距離を詰める。連中が振り上げた剣を振り下ろせば、もうその鋒は届くであろう距離まで来ていた。
「危ない!!!」
ガキィン!!
「……え?」
見上げると、随分と軽装備な桃髪の少女が、兵達の剣を受け止めていた。
「えぇいっ!!」グン
「うおっ!?」
鍔迫り合いからその剣を跳ね除ける。華奢に見えるが、腕は確かなようだ。
「大丈夫!?ケガしてない!?」
「あ……う、ん……!!」
「そっか、よかった間に合って!
ねぇ、貴方がウタちゃんでしょ!?」
「え……?」
誰からも忘れられていた。何も覚えていない筈の仲間は、偶然ではあるが同じ名前で呼んでくれていた。
だが人間に戻ってから、その名前で呼ばれるのは初めてであった。
「ルーシーから聞いたの!
ルーシーが連れていた人形も、きっと元に戻ってる筈だって!!
この島のどこかにいる筈だから、探してくれって!!」
「……る……ふぃ……?」
何のことはない。逸れていても気にかけてくれていたのだ。
いつだって自分を大事にしてくれていたその男の影に、思わず涙が溢れる。
「チッ、邪魔が入ったか」
「おい、こいつコ口シアムの……」
「丁度いい、こいつもおれ達で捕まえて賞金貰っちまおうぜ!」
「来るよ!後ろから離れないで!!」
「う、ん!!」
1vs3。ただでさえ不利な状況である。
加えてウタは見てしまった。ウタには見えてしまった。
たった今勇ましく割って入り、自分を守ろうとしてくれている桃髪の剣闘士が、酷く震えていることを。
「オラァ!!」
「っ!」サッ
「でぇい!!」
「…!!」ガキン
レベッカは回避と防御に専念している。少しでも時間を稼ごうという戦法である。
だが自分の後ろにはウタがいる。退がることは許されない状況だ。
「チッ、すばしっこい奴だ!」
「おい、先にあっち狙うか?」
「っ!!だ、ダメ!!」
標的を変えかけた敵の前に立ちはだかるレベッカ。どうして彼女はここまで必死に守ってくれるのだろうか。
その時だった。
『間も無くだ!!!ルーシーは蘇る!!!
その瞬間まで!!持ち堪えるんだぁ〜!!!!』
島中に響く絶叫。実況者ギャッツが、少しでも人々に希望を与えようと振り絞った言葉だ。
「あぁ!?もうかよ!」
「どうする、一旦退くか?」
(ルーシーがもうすぐ……あとちょっとだ……!!)
『10!! 9!!!』
カウントダウンが始まった。
もうすぐルフィが戻ってくる。宣言通り一発KOを見せてくれる。
そんなレベッカの希望は、即座に潰えた。
「フッフッフッ……よう、ここにいたか……!!」
「え……!!? うそ、そんな……!!」
此度の悲劇の全ての元凶、ドフラミンゴ。
その男が、突然目の前に現れたのだから。
「わ、若!!何故ここに……」
「よく見つけたお前達……下がってろ、あとはおれがやる……!」
「は、はいぃ!!」
有無を言わさぬ圧倒的な『悪』。
僅かだが希望を見出せていた筈のレベッカの心は、あっという間に絶望に塗りつぶされた。
……だが。
「……く、来るなら来い!!ドフラミンゴ!!」
「……ほう……」
それでも退かない。退くわけにはいかない。
「なかなかいい度胸だ……コ口シアムで鍛えられたか?フッフッフッ……」
「どうしてこの子を狙うの!?何も関係ないでしょ!!」
「関係ないだと?フッフッフッ……
そいつを殺せば、嫌でも麦わらは飛び出して来る……
誰も彼もおれの手で殺してやる為だ……!!」
「そんなこと……」
ちらと後ろを振り向く。
未だ立ち上がれないウタがそこにいる。
「……そんなこと絶対させない!!」
「フッフッフ……じゃあ逆に聞くが、お前こそそいつを守るのは何故だ?お前にも何の関係も無いじゃねェか」
「……だって……可哀想だよ……!」
「可哀想?」
「そうだよ!!この国の人たちはみんなオモチャに変えられてて……!!
今日やっとみんな元に戻れたんだよ!!会いたい人にちゃんと会えたんだよ!!!
私も!!兵隊さんに……お父様に会えた!!!ずーっと近くにいてくれたのに忘れちゃってたけど……やっと会えたんだよ!!!!
なのに……まだこの子……ウタちゃんは会えてない……!!!ルーシーに、大切な人に会えてない!!!!
だから!!!守ってあげなくちゃ……会わせてあげなくちゃ!!!
せっかく戻れたのにこのまま会えないなんてあんまりだよ!!!
絶対に殺させたりしない!!!ぜったい!!ぜーったい!!!!」
忘れた者と忘れられた者の違いはあれど、気持ちは痛いほど、本当に痛いほど分かる。
震えながら吠えるレベッカの後ろ。ウタは最早、会いたい人の名前を泣きながら呼ぶことしか出来なくなっていた。
「うぅ……ルフぃ……!!!」
「……フッフ、なるほどなぁ。確かに一理ある……
よし、気が変わった」クイ
「え……?」
ドフラミンゴが一際邪悪な笑みを浮かべた。
レベッカの背筋にぞくり、と悪寒が走る。
「さっきはおれの手で全員殺してやると言ったが……
別におれが直接殺さなくても、あいつは出てくる筈だよなァ……!!」ニイィ…
「!?」
途端にレベッカは身体の自由が効かなくなる。
最悪の予感が的中したようだ。
「う、うそ……やだ!!やだやだやだ!!!それは……!!!」
「……ぅえ……?」
再びウタが視線を上げると……
絶望の表情を貼り付けたまま、剣を振り翳したレベッカがそこに立っていた。
「嫌、嫌だよ……!!それだけは……!!」
「フッフッフ……さあ、殺せ……!!」
〜〜〜〜〜
「おい、不味いぞ麦わら屋!!まだなのか!!」
少し離れたところから見ていたローが叫ぶ。
もう寸分の猶予もない。
「……まだだけど……もう行くしかねェ……トラ男、頼む……!!」
「チッ、何とかしてこい……!!」シャッ
〜〜〜〜〜
「お願い、逃げて……!!」
「ぁ……あ……!!」
「フッフッフ……
……!?」
『ゴムゴムのォ〜〜〜!!!!』
「チィ……!!」サッ
「火拳銃!!!!」
ドゴォオオン!!!!
︎すんでのところで躱されたようだ。瓦礫だけが激しく飛び散る。
「る、ルーシーぃ……!!」
「くっそ、かわされたか……
ああ、ありがとなレベッカ、ウタを守ってくれて」
「でも私、ウタちゃんを斬ろうとしちゃって……!!」
「そりゃドフラミンゴのせいだろ?お前は悪くねーよ」
「る……フィ……」ヨロヨロ
「ウタ!!」
「!」
「ウタ……悪かった。お前のこと忘れちまってて」
「ちが、う……!ルふぃの、せいじゃ……!!」
「……言いたいことも、話したいことも、謝んなきゃいけねェこともすっげー沢山あるけど……
……悪ィ 、あとほんのちょっとだけ我慢してくれねェか」
「え……?」
「あの野郎、一発でぶっ飛ばしてくるからよ」
「ル、フィ……!」
「トラ男!!頼む!!!」
「えっ?」
「?」
『シャンブルズ!!』シャッ
「悪いな……」
〜〜〜〜〜
「きゃ!」
「あっ!」
どしゃ
「……行け、麦わら屋」
「いたた……あ、ありがとうローさん」
「……麦わら屋の指図を聞いたわけじゃねェ。おれが勝手にやったことだ」
「あ、うん……
……はっ!ウタちゃん!ケガは大丈夫!?」
「…………」
「……ウタちゃん?」
ルフィの表情を窺い知ることはできなかった。
だが、確かなことがあった。
「ルフィ……!!わた、し……も……!!!」
ルフィは、自分を思い出してくれていた。
オモチャのウタとしてではなく、幼馴染の『ウタ』として、再びその名前を呼んでくれた。
その事実が、何よりも嬉しかった。
「……がんばれ……ルフィ……!!!」