宇宙豹×2

宇宙豹×2



船大工として潜入してから早数年、ハットリを肩に乗せて勝手知ったる街を歩く。


ルッチとカクが職長にまで登りつめて尚未だ尻尾の先すらも見せないアイスバーグに、CP9は歯噛みしていた。しかしどれだけ焦れったかろうと先走ってはならない、期を逃すことは許されない。ウォーターセブンの住人の一人として馴染みながらじっとその時を待っているのである。

信頼を得るために職務は真面目に果たさねばならないし、その職務は職長であるルッチには多く降り掛かってくる。本職ではないというのに全て完璧にこなし続けられているのは世界政府に子どもの頃から育てられた故か生まれついての才能か、或いはその両方か。

……兎にも角にも、今日もまた朝から仕事であった、はずなのだが。


「ごめんなさいルッチさん!キャンセルが入っていたんですが伝達ミスがあったみたいで……」

大工道具を整え準備万端で港まで出向いた先で、これである。なんでもどこかで不足が生じたのだと末端から謝り倒された。面倒だという気持ちが外へ出ないように制御して、特に損害があるわけでもないのだから気にするなとハットリ越しに伝え踵を返した。

業務と業務の間、意図せず出来た自由時間。本来ならば降って沸いた休みだと喜ぶような場面であるはずなのだが、ワーカホリックの傾向があるルッチはこの隙間がどうにも苦手である。

気付けば足は無意識のうちに港からガレーラへと向かっていた。


造船場には大小様々な作りかけの船が並び、職人たち各々が陽気に騒ぎながらも自分の責務を果たしている。その中に混じって、ゴーグルを引っ掛けた金髪が騒いでいるのが目に入った。パウリーだ。

仕事に対しては真面目な男であるはずだがどうも作業をしているようには見えず、もしやサボっているのかと近付いてみる。

パウリーはルッチに気付いた様子もなく、誰かと話し込んでいるらしい。隣にいるのは同僚の誰かだろうかと思ったが、それにしては見覚えがない後ろ姿をしている。背丈はパウリーと同程度、髪は黒く肩まで降りている猫背気味の男。


「……?」


脳内にちり、と火花のようなものが生まれた気がした。

それが何なのか判然としないまま、まあいいかと放置して、どうせやることもないのだと気付かれるまで観察を続行することにする。物陰から軽く気配を殺して近付けば、彼らの話し声も鮮明に聞こえるようになった。


「ヒョウ太お前、本当に体力ねェのな……ほんとに仕事出来んのかー?」

「ぼく体力は人並みなんだわ!ここの船大工が有り余りすぎてるだけなんだし……それに、出来るよ雑用くらい!」


ばちりと頭の中で火花が散る、先程よりも強い衝撃。先程放棄したもの───既視感が、肥大化して込み上げる。


間違いない、覚えのある声だ。どこで聞いた?

アレは、誰だ?


思わず頭を抑えるが、目線は固定したままであるのは諜報員としての矜恃か。

正面切って会えば分かるかもしれない、偶然を装って声を掛けてみるかとまで考えて。


不意に男が頭を横に向ける。髪に隠されていた顔の半分を視認して、


(─────な、ッ!?)

ぶわりと鳥肌が立つ。

聡い思考と鋭い勘が脈打っている。理解した、してしまった。肩を揺らせば相棒が心配そうに此方を覗き込んでくる、だがそれを意識する心の余裕はなかった。



アレは、ロブ・ルッチである。

似ているだとか、血の繋がりとか、そのようなものではない。

目の前にいるのが自分と同一の存在だと、頭ではなく本能で悟ったのだ。


混乱の最中にある脳裏に排除の一語が浮かぶ。

ともかく接触をしなければと掻き立てられるように、ルッチらしからぬ性急さで一歩足を踏み出したところで。



「っと、とと、どひゃァ~~ッ!?」

「ヒョウ太ーーーッ!?」

……ヒョウ太とやらが、盛大に転んだ。

足元にあった板切れを踏んで、見事に背中を強打していた。パウリーは間近にいたからこそ心配込みの悲鳴を上げたが、遠目から見ていた船大工たちは笑い転げていた。

そう、笑うような場面なのだが。



(─────?????)

元よりごちゃごちゃと彷徨っていたルッチの思考は、空の彼方へと飛んで行った。

自分だ、紛うことなき自分であるのだが。



(あいつ今どひゃァって言ったか???あ立ち上がった、ぬはーって、なん、おれだよな?????)



哀れロブ・ルッチ。世界政府の役人として培ってきた優秀な頭脳は、別世界の自分自身のあまりの残念な動作に処理落ちしたのであった。




※※※




見知らぬ世界に来てしまって早数日、帰る手がかりはないかと水の都を見て回りながら情報収集をしているが今のところ成果はない。


唯一不幸中の幸いと言えるのは、知人と似た……というか見た目から性格から何まで並行世界のその人自身なのだろうと確信を持てるほど同じな人物と知り合うことが出来たくらいのものだろう。


今日はガレーラの手伝いに呼ばれることもなく、街を観光してくるといいという言葉と共に軽い財布を投げ渡された。

どうにも子ども扱いされていると少し不服に思うが、実際ルッチは十代前半の子どもである。元の世界での立場上甘やかされることが少なかった為に新鮮なのだ。


水路の通う美しい街、ウォーターセブン。出店には観光地らしく個性的な名産品が売られている。中でも、水水肉なるグランドシティで薄らと聞いたことのある名前の商品が並んでいたのを見たときには元の世界との繋がりを感じさせた。

……大丈夫だ、必ず帰れる。そう自らに言い聞かせ、らしくない心傷、一抹の寂しさを拭った。




「おうルッチ!お前も飯か!?」



びくぅッ!と肩が跳ねる。

この世界に来てからは名乗ったことのない本名を呼ぶ、聞き覚えのある大声。ヒョウ太として被った皮が剥がれ落ちそうになる。

バッとそちらを見れば思い浮かべていた通りの顔、タイルストンがそこにいた。


……けれど視線はヒョウ太にはなく、彼の向かいにいる男へ。


───その可能性を考えていないわけではなかった。しかし、こうして目の当たりにすると脳髄の痺れるような、所在のない不安感に襲われる。


後ろ姿しか見えないが、間違いようがない。

目の前に自分が、ロブ・ルッチがいる。ハットリを肩に乗せ、ここが自分の居場所であると堂々と立っている。

身長も、年齢も恐らく異なっている、けれど自身と同一の存在。恐ろしいのか、恐れているのか?このおれが。自分でも制御しきれない感情の色が分からず、服の端をぎゅうと握り締めた。

この世界のルッチとは話をする必要がある。そうヒョウ太は腹を括り一歩足を踏み出したところで。



「ポッポー、タイルストンか、奇遇だな」



(─────?????)

どう話しかけるか、どう振る舞うか。理路整然としていたはずのヒョウ太の思考は、空の彼方へと飛んで行った。

自分だ、紛うことなき自分であるのだが。



(ハットリ?しゃべ、いや腹話術……???声高、なん、おれだよな?????)



哀れロブ・ルッチ、服部ヒョウ太。生徒会長となれるほどに優秀な頭脳は、別世界の自分自身のあまりのトンチキさに処理落ちしたのであった。


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