宇宙旅行の帰り道

宇宙旅行の帰り道



早朝のまだ乗客が少ない各停で家の最寄り駅へ向かい、慣れ親しんだ道を家の方へ歩く。

黙ったまま付かず離れずにいる背後の気配に、いい加減うんざりして声をかけた。


「どこまでついてくるつもりだ」

「いや、えっと…同じとこ帰るし」


馬鹿げた騒動から現実に戻ってきたあの路地の入り口。隣に立っていたこの男に誰だと尋ねると、散々混乱した様子を見せた後に俺の「弟」だと名乗った。

確かにその顔は鏡を覗き込んだ時に見返してくるものと同じ造りだ。ただ昨夜の出来事の後では、己に似せた皮を被った何かである可能性は否定できない。

証明できるものはあるかと言えば少し悩み、財布から生徒証を差し出してきた。生徒番号などを除けば生年月日までが自分の持つものと同じ中、表面の印字に大きな違いがあった。

——「虎杖悠仁」。暫定、双子の弟。

完全に信じたわけではないが、自分のスマホからかけた着信音が男のそれから鳴ったことを区切りとして同行を許した。登録名がイタドリでもユウジでもなく「愚弟」だったため、アドレス帳から探し出すのに少し時間を要したが。


「俺、どっか外に出とくから。着替えだけさしてな。ごめん」


黙ったまま見ていたのをどう勘違いしたのか、そんなことを言い視線を地面に落とす。口を開けばこれだ、いちいち謝るな。本当にこの男の家でもあるなら追い出す理由はないが、わざわざそう言ってやる義理もないので捨て置いて歩き出す。背後の気配は先ほどよりも距離をとってついてきた。

そうやって帰り着いた家の前、扉に手が届くには少し離れた位置で足を止めた。

何故だろう。この位置からいつも、誰かが鍵を開けるところを眺めていたような気がする。


「あっ、鍵。俺が開けるよ」


そう言った男が脇をすり抜けて扉の前に立った。別に誰が開けようと同じだ、好きにすればいい。

自分のポケットから取り出した鍵にぶら下がるキーホルダーへ目をやる。有名な観光地の名前が入ったダサい品。中学の修学旅行で訪れた地であることは覚えているが、何故つけているのかは判然としなかった。自分で買うはずもないし、他人に渡された物を大人しく使う性格もしていない。

上着をゴソゴソとやっていた男がようやく鍵を探し当てたらしい。これでは自分で開けた方が早かったなと、思わずついた溜息に反応したのかその肩が小さく震える。シリンダーから鳴る解錠音を聞くに同居人というのは嘘ではないようだ。


「…入んねぇの?」


こちらの一挙一動に怯える体、自信なさげに震える声、顔色を盗み見てくる視線。それらに反して態度だけが妙に馴れ馴れしい。その全てが無性に癪に障る。

振り向いた男の手に握られた鍵で、同じキーホルダーが揺れていた。


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