学園オサナナジミifのミホハン

学園オサナナジミifのミホハン



放課後の校門が騒がしい、と思ったら予想通りハンコックがいた。

珍しく妹二人がいない。

たまにはそういうこともあるだろう。

また一年生達の中に紛れる想い人を探しているのだろう。

一人で帰れるのか。どこかで待った方がいいだろうかと思案しながら歩いていた。


「鷹の目」


ふいに珍しく外で声をかけられる。周りの男たちがザワついた。

周りの目線を気にせずに、ハンコックが無言で、握った手を前にして内側に傾ける合図に得心した。

お茶が飲みたいという合図だ。

表立って会話がロクに出来なくなってからは最低限の意思疎通を行うことには慣れていた。


「……」


無言で頷き、立ち止まる。

ハンコックが歩き出すのを待った。

そのままお互い会話をせずに、ある程度の距離を保って二人で歩く。

向かう先は普通に歩いているだけでは見落としそうなほど酷く地味な喫茶店。

周りを気にしながら慎重にドアをくぐる。

ドアにかけられたベルがなり、店の奥で趣味の良いランプが吊り下げられた下で、何故か男の襟首を掴んで殴っていた店主が顔をあげた。


「あら、おかえりなさい。いつもあなた達は大変ね。いつものでいいわね?」


そして無言で男を裏口から通りに放り投げ、二人分の珈琲を入れ始めた。

中学生活の入学時からほぼ1年間を費やして、やっと見つけた喫茶店だ。選ぶ基準は何項目かある。

人気がない。店内が外から見えない、信頼出来る店主が女性。

美しく育った幼なじみは常に身の危険がある。

いつだって玉石混交の男が魅了され、光に誘われた羽虫のようにその身に集ってくるのだ。

当然自分だって一緒にいる所はあまり見られない方が彼女の身のためだ。

下手な噂を立てられては、自分は困らないが彼女が困る。

いくら逆恨みされようとも腕力でねじ伏せられるし、強いやつと戦えるのは悪くない。

しかし一人で歩かせるのには危険すぎる。

届く手の範囲ギリギリの距離感で外を歩くのが常である。

この喫茶店を探すのにも随分苦労したものだ。

人気があると皆一様に彼女に見蕩れて耳をすまされ殺意を向けられ話ができない。

ガラス張りの店内だと、彼女が招き猫状態となり、表立って話も出来ない。

店主が男性だとお互い口にする食事や飲料に何を入れられるのか考えたくもない。

世の中全ての大人がそうでは決してないが、少女に劣情を催す酷い大人は一定数存在する為に、限界までリスクをなくした結果、女性の店主がいる店を探し回った。

女性の店主でも油断出来ないことはあったが

美人は得だと世間では言うが、突き抜けた美しさを持つ女の場合は、本人と周囲には余計なデメリットしか与えない。

1番奥の席に腰掛けてやっと口を開く。


「どうしたんだ。わざわざ放課後にこっちまで来るなんて」

「ルフィに……オサナナジミが存在したのじゃ」


傲岸不遜に肘掛イスに座り、女王様のように長い脚をくんではいるが、その顔は少しだけ曇っている。


「……それが、どうしたんだ……?」


おれとお前も幼なじみだろうと言いかけるが、今の本題はそこではない。

この女の話の腰を折って良かったことなど今まででひとつも無い。


「本人は否定し、そのような関係では無いと知ったが、……よく考えたら存在自体が由々しきことよ!オサナナジミ属性というのは強いのじゃ!幼い頃から人間関係が連綿と続いている異性じゃ!冷静に……冷静に考えても正直……恋愛にならない方がおかしいと思うのじゃ!そなた、どう思うミホーク!」


吐き出すように一気に言ってのけたハンコックは、テーブルを叩いた。

壊さないでねーと店主が遠くから呑気な声をかけた。

呆れてため息が漏れる。

なんだその価値観は。馬鹿らしい。

そんな事がまかり通るなら自分と彼女の関係はとっくに交際しているだろうと思ったが、言わない。

火中の栗を拾うような真似はしたくない。

思い込みの激しい幼なじみに、ゆっくりと時間をかけてその価値観を正さなければならない。

鞄の中に入っている教科書代わりの恋愛漫画をどうにかしなくてはならないなと思った。


「……ハンコック、おれとお前が会った時を覚えてるか」

「12年前の4月6日の幼稚園の入園式じゃろ?晴れていたけど少し寒かったわね。それがどうした?」


そうだ、入園時に少し保護者が目を離した隙に早速変な男がハンコックの腕を引いた所で、男のスネを蹴っ飛ばした。

天使のような顔で抱きつき、頬に口付けしてきたことは覚えているのだろうか。

あの頃はまだ可愛かった。

気づけ。この時点で幼馴染だろう。


「小学校のクラスも……大体は一緒だったな」

「そうね?」


小学校生活の6年間は大変だった。

共学だった為に男女問わずにこの女が好かれたり疎まれたり妬まれたりとトラブルが耐えなかった。

彼女の容姿は幼い頃から人を無関心には絶対にさせてくれないことを思い知った。

同じクラスでなかった年は、まぁ周囲の扱いが酷かった為に、学年担当が次年度からこっそりと同じクラスにするようにしてくれたことをハンコックは知らない。

男嫌いになったのはこの頃くらいか。

靴を隠されたと泣いたお前をおぶって帰ったのを忘れたのだろうか。

いや、間違いなく覚えてるが気づかないのだろう。この女。幼馴染が目の前にいることに。


「……今もお前のこと毎朝起こしに行ってるのは?」

「そなたしかおらぬが?明日もいつも通り7時半よ?最近そなたが起こしに来るのが遅くて遅刻しがちじゃ。……そろそろいい加減に内申に響くか?いや、わらわが美しい限り許されるに決まっておる」


受験をして女子中学校に無事にあがっても、朝が弱いのだ。

妹たちは姉の言うことは聞くが、強制力はない。

その為に自分が朝に家に迎えに行き、わざわざ女子校まで送るのが日課となっている。

遠回しに典型的な幼馴染の行動をしていると言っても当たり前のような顔をしている。


「休日、おれの家に無断で上がり込んで勝手に寛いでるお前は……?」

「美しいから許されるが」


朝起きたら部屋にいるのは流石に距離感がおかしいとは思わないのだろうか。

部屋の中を我が物顔で寛ぎ、クッションに腹ばいになって、膝を曲げて漫画などを読んでいる時もある。

今年は受験だというのに、と言うと、用意してきたプリントを取り出して向こうの学校の提出物を何故か一緒にやっている。

咎めると決まって、自分は美しいから許されると宣うのはお決まりだった。


「いやお前は可愛い方だろ」

「……そなたにはかれこれ100万回ほど言って……もはや言い飽きたが、美しいとお言いなさいな」


小学校の頃は可愛いと言われる方が好きだっただろう。

と思うが、中学校に上がってからは明らかに顔立ちが美しい方向に成長したなと思う。

しかしいつまで経っても自分にとっては彼女が美しいという感覚が麻痺したようだった。

美しいのはもう当たり前のことである。

もうこの女とは幼馴染を通り越しているのではないかとふと思った。


「あまり言いたくは無いが、お前の寝顔知っているからな」

「……事実だとしても改めて口に出されるといやらしくてよ。お黙りなさい」


いつもの口調ではなく、本気のトーンになるが、まだ怒っていないということはわかる。

ここぞとばかりに説教でもするか。と口を開く。


「毎朝、男子の前で無防備に寝顔晒すのは百歩、いや二百歩譲って許すが、おれの目の前でだ……おれが気を使って……部屋を出る前に下着姿を晒して着替えるような奴には、いやらしいなどとは絶対に言われたくないものだ。年頃になったのだから少しは恥じらいと慎みを持て」


ハンコックは鼻で笑って呆れたように言った。


「ふん、今更そなたの前で恥じらった所で……という所は正直あるのう。大体幼い頃は家に泊まる度に一緒に風呂入っておったし。今更下着姿など見られてどうということはないわ。別に見られて恥ずかしい身体をしている訳でもなし。年頃になった今とて別に、そなたが頭下げて一緒に風呂に入ってくれと言うならば、全然入ってやってもいいくらいのものよ」


周りに誰もいなくて良かった。

そんな発言を彼女に想いを寄せる男に聞かれてもいたら、殺気、もしくは絶叫で話に集中出来なくなるところだ。


「今更というのは、そうだがおれ以外の前でそういう行動はとってなかろう」

「馬鹿か。誰がそなた以外の男の前で堂々と着替え、下着晒して無防備でいるものか。そんな変態女ではない。わらわを愚弄する気か」


この女といるとため息しか出ない。いい加減にして欲しい。


「お前、おれのことどう思ってるんだ」

「全然言うこと聞いてくれない男よ。わらわにあれこれ命令し、口答えしてくる男は世界で唯一そなただけじゃな!まったく!」


腕を組んで顔を背けているのを見て、こちらも呆れる。


「ほう、おれが嫌いか」

「?変なことを言う……。好きとか嫌いとかの問題ではなく、そなたはわらわの傍にいて当然じゃろ?何年一緒だと思ってるんじゃ?」


ハンコックはきょとんとした顔で、さも当然とした顔をした。


「おれが傍にいなかったらどうなってるんだお前は」

「嫌よ?想像したことも無いし考えるだけ無駄じゃの。想像すらしとうないわ」


思い切り嫌そうな顔をしている。

相変わらず表情がくるくると変わって面白い。


「……いい加減、単刀直入に聞くが、ハンコック……。お前とおれとの関係って、一体なんだと思ってるんだ……」

「今さら何を言うかと思えば……。今までの会話でわからぬか?……それは勿論、幼馴染に決まっておる。……はッ!?」

「……どうだ」


見る間にハンコックの顔が赤くなり、白くなり、再度赤くなる。


「わらわ……か、帰る……っ」


いそいそと冷めきった珈琲を一気に飲み、代金をテーブルに置いて席を立つ。

一人で帰れるだろうかと少し不安に思った。

自分も店主に珈琲代を払いながら席を立つ。


「また明日だな。最近遅くまで漫画なんて読んでないで、早寝早起きを心がけろ。ニキビでも出来たらどうする」

「……よ、余計なお世話じゃ貴様!明日、そなたのトーストにジャムもバターもつくと思うなよ!」


家まで送ろうか申し出ると、必要ないと突っぱねられた。

それが最後に見た、幼なじみのつれない態度だった。


翌朝迎えに部屋まであがると、ハンコックは既にきちんと顔を洗って髪を整え制服に着替えていた。

今日はブラシを渡されないことで、ゆっくり朝飯が食べられるなと思った。


「珍しいな。一体どういう風の吹き回しだ」


ハンコックの頬が赤く染まる。


「……そなた、よく考えたらオサナナジミの男じゃったの……」


そわそわとスカートの裾を握りながら、目線はどこかにさ迷っている。本日最初のため息。


「お前は……」

「幼なじみとは、恋愛をするものだという知識は間違っていたのかの……いや、それだと……しかし……」

「いいから早く朝食を食べて学校行くぞ」


いつも通り手をひこうとすると、パッとその手を離される。

今までに無い反応に首を傾げた。


「なんだ」

「……な、なんでも……なくてよ……」


そのままにしておくといつまで経っても動かないままだろう。

とっとと手を掴んで悲鳴を無視してダイニングに行って椅子をひいて座らせる。

もはや当たり前のように出される朝食に手を合わせる。

彼女の妹たちが来て、いつも通りに朝の挨拶をして席についた瞬間、いつもと違う姉の様子を見て驚嘆する。


「……ねぇ、姉様はどうしたの……様子が変よ。あの、例の片想いしてる男となんかあったの?」


サンダーソニアがそっと耳打ちをしてくる。


「……いや。やっとおれが幼馴染の男だと気づいたらしい」

「い……今さら!?今さらすぎない!?」

「それで……なんか変な感じになってるの……?姉様」


マリーゴールドがハンコックを見ながらそう言った。


「あぁ……わらわは一体どうしたと言うのじゃ……おかしい……そなたが俗に言うオサナナジミの異性だと意識するとどうしても……平静ではいられぬ……」


こちらを見たかと思って目をやると、一瞬で目をそらされた。

ハンコックは朝食に手をつける気配が一向にない。

貧血で倒れるくらいなら早く食べればいいのに。


「馬鹿らしい。別におれたちは付き合っていないだろうが」

「そうよ。それなのに……寝顔も……下着姿を……今まで晒してしまった……男に……恥ずかしげもなく毎朝……。よくない。よくないわ。付き合ってもいないのに……ふ、不純すぎる……」

「いいから早く飯を食え」

「はしたなさすぎて……あぁ、こんなっ……!恥知らずでふしだらな女など……一生……お嫁にいけぬ……」


とうとうハンコックは赤くなった顔を覆い、震え始めた。


「……お前がいま一番に行く先は嫁ぎ先ではなく学校だ。嫁の貰い手が無いならおれが貰ってやるから早くパンを食え」

「Q゚!!」


もはや人が発音出来るのか疑わしい叫び声あげて、ハンコックは勢いよくテーブルに倒れた。

長年の付き合いだがここまで頓狂な声は初めて聞いた。

窓の外で雀が飛ぶ。


「「姉様!?」」


今日は遅刻確定だろう。



n年後夫婦


「おまえは……昔は顔色一つ変えずにおれの目の前で着替えたり脱いだりしていたのに……なぜ今更、なぜこの期に及んで……そんなに恥じらっているんだ……?」

「……いい加減……昔の事など、忘れてくださいまし……」


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