子は自分の分身でなく1人の人間 後

子は自分の分身でなく1人の人間 後


「腹の子に問題がある」


藍染が聞いたのは夏の始まり。予感めいたものはなに一つなかった。

検診の為、平子は午後から休みを取り1人で病院に向かった。

霊圧が強大なせいか胎児の発育が遅い、成長が遅れている。このままだと流産の危険がある。

平子自身も体調が不安定な為、その場で入院が決まったらしい。

影武者の男からその報告を受けた藍染は実験の途中だというのに、と腹ただしく思うよりも平子と腹の子を心配する自分に驚いた。

鏡花水月の手を病院までは広げていない。影武者ではなく藍染が荷物を纏めなければ。籍は入れていないが、藍染は腹の子の父親だ。


医師の診断を聞いた後、平子は珍しく何も言わずベッドに横たわり天井を見つめたままだった。

腹の中の藍染惣右介ではなく平子真子を心配する自分に藍染は驚く。

暫くしてやっと口を開いたと思うと

「内緒やけど教えたるわ。ここの飯あんまウマないで」

平子の言葉に力が抜けそうになった。初めて吐いた弱音がこれなのか。

「それどころではないでしょう。大丈夫なんですか?」

「医者が分からん言うんやから大人しくするしかないやろ」

「隊の事は僕が纏めます。隊長は子供のことだけを考えてくださいね」

「おぅ」

平子は目を閉じ、藍染は繋いだ手に力を込めた。

「お前、何も悪さしてへんな?」

「何を仰っているんですか」

平子の後ろを歩く藍染に違和感を覚え、泳がせているのか?

まさか、知らない男と生活する心労で体調を崩したのか?

「惣右介、『親』やれんで『自分』優先すんならこのまま副隊長だけやっとけ」

平子が目を開き藍染を見る。平子の目は藍染を信用も信頼もしていない。

「俺はな、お前を信じてええんか分からんのや」

「隊長……」

「お前が俺を裏切っとんちゃうかってな」

平子の言葉に藍染は珍しく言葉を詰まらせた。

平子がここまで踏み込んだ事はない。

「女孕ましてガキこさえたんはお前や藍染惣右介。お前の家族は俺とコイツや。ホンマに父親やるんなら順番間違えんな。無理思うんなら荷物だけ置いて帰れ」

「すみませんでした。僕も慣れない事ばかりであなたを、子どもを見ていませんでした。これからはあなたと子のことを一番に思い行動します。許してください」

「2度目はないぞ」

起き上がった平子が手を広げる。何がしたいのか。

「家族が増えた惣右介くんにご褒美や。抱き締めてええで。優しぃくな?ハラちゃんがびっくりしてまうから」

「……はい」

平子の要望通り腕の中へ閉じ込める。心地いい体温が愛しい。

「オトーサンやでぇ、ハラちゃん」

平子の声は穏やかだった。

その声を聞き、藍染は確信する。平子は入れ替わりに気づいている。自分の影武者をこのまま使い続けるのは全ての意味で危険だ。しかし、今更計画を中止するのも不自然過ぎる。どうするか。

「どないしてん、難しい顔して」

「いえ、なんでもありませんよ」

「嘘つけや。何か企んどるやろ」

「あなたの前では隠し事が出来ないですね」

「当たり前やろ。もう何十年一緒に働いとると思とんねん」

「そうですね」

「で、今度はどんなアホな事考えとん」

「あなたとお腹の子の事です。腹の子でハラ、ですか?普通に赤ちゃんの方がいいのでは?名前一緒に考えましょうね、隊長」

「……おう」

「それだけですか?」

「なんや、もっと聞いて欲しいんかいな」

「はい」

平子の手が藍染の髪を撫でた。子供をあやしているような優しい撫で方。

「お前、お喋りの結構寂しがりやからな」

「誰のせいですか」

「自分のせいやろアホ。この際全部吐いてまえ」

側から見ると、新しい命を授かり絆を深めあう2人に見えるだろう。

藍染は平子の言葉を忘れたく無いと思った。後戻りなど出来ないというのに。

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「ブスシンジ、書類持ってきたったで感謝せェや! 暫く見ん内にまァた腹デカなっとるやん!藍染は相変わらず幸せそォに見えんな」

「ハァ?ブス違うしお腹の子に汚い言葉聞かせたくないから話しかけんといてくれますゥ?アホひよ里。な、おかしいよな。何でお前がマタニティブルーになっとんねん惣右介」

「…………」

「無視かい」

「平子隊長あんま大声出さん方がエエん違います?また外歩けんくなりますよ」

「何で怒られるん俺やねん」

「入院した時ボクまで仕事増えて大変やったんですもん。2人の姿みたら親なんてならんとこって思いますわ」

「なんや、ギンも人の親になるかもしれんて考えた事あるんか?マセとんの〜」

「うちあんまお前ン事知らんけどそうなん?早熟のマセガキやん」

「イヤイヤ、ないない。ないデスわ。なぁんも残したくない」

「なあぱっつんババア?腹触ってもええか?」

「仕方ないな〜特別な?ええで」

「おっもう蹴るねんな!凄い動いとるやん!男かァ?」

「性別どっちか分かればエエんですけどそういうん作れないんです?工作得意ちゃいますの猿ガキさん」

「しばくどクソガキ。うちの専門外じゃ」

「ふーん。すかたんやなァ」

「お前!うちは副隊長やっ!シンジと藍染の教育どうなっとんねん!!!」

「人の腹仲良ォ撫でとる時くらい仲良ォせえやお前ら。惣右介この書類やるわ」

「はい。隊長」

ひよ里とギンの子供特有の甲高い声、そんな2人を叱る平子の声が響いている。

今日の5番隊執務室は大変やかましい。

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「腹の子女やで」

平子の言葉を呑み込むのに時間が掛かった。

今日は検診の日ではないし、性別は生まれるまで分からない筈だ。

藍染の反応を見た平子は満足気に笑う。

「どうしてわかるんですか」

「流れかけた時に喜助も近くに居ったやろ。見舞いに来てくれた時、腹ン中掻っ捌かんとキチンと育ってるか見れんかって雑談しとったらな?アイツ作りよってん。赤ちゃんの写真まで渡してきよった。凄いよな」

浦原喜助にとって、胎児の性別を判別させる装置を作ることなど然程難しい事ではないのだろう。

「費用は。まさか隊費使っていませんよね?」

「自腹ですぅぅ。まァまけにまけて貰ったけどな」


男の子が産まれるのだと思っていた。

産まれた時から孤独で、救いを求め、同じように世界の真実に気づき藍染惣右介の隣を歩く息子が産まれるものだとばかり。

しかし、それは藍染の勝手な妄想だった。

腹の中にいるのは女なのだ。


藍染は平子の手を握りしめる。

「ありがとう」

その一言しか出てこなかった。

自分が何を言おうと、平子から親愛の情、恋愛の情が藍染に向く事が無いとわかっていながら。

藍染の気持ちを察したのだろう、平子は何も言わず子どもをあやすように背中をぽんぽんと叩く。

「よしよォ〜シ。惣右介ちゃん? 明日もお仕事頑張ろうな」

平子の言葉に藍染は腕の力を強めた。

「惣右介」

平子からくちづけられたのは初めてだったので驚くと、平子は溶けた瞳で藍染を見上げていた。平子の腕が藍染の首に回る。

2人の間に流れていた穏やかな雰囲気は消え、熱っぽいものへと変わった。

「ん、ゃ」

「舌出して、ね、おねがいします」

「あぁ、あ、ん、ん…」

荒い息遣いが響く。自分の子を産もうとしている女に初めて体を求められた。興奮しない筈がない。唾液が絡む触れ合いは性感を煽る。

「あ、ぁ、ん、んぅ、惣右介」

平子の喘ぎ声を聞き、優しく舌を吸ってやる。

「んっ、んっ、んっ」

平子が藍染の胸を押し返す。

「ふ、ん、はぁ、も、やめっ」

「あなたから初めて口付けされたんです。もっとしたい」

「アカンって」

「お願いです」

「アホ、こんなトコで盛んなや」

「僕も止めたいんです。でも、無理だ」

「………………布団、引いたらな……」


「あ、あぁ、優しく、赤ちゃん驚いてまうから、そうすけ」

「隊長、綺麗だ」

色濃くなった平子の身体を余す事なく堪能する。怖い、優しくと喘ぐ平子の表情は快感に歪んでいた。

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平子と藍染の部屋には子供への貢物が少しずつ増えてきた。

「シンジ、ボテ腹で歩き回って大丈夫か」

「口わっるい奴やな。腹帯巻いとるからデカく見えんねん。まだ膨れるで」

平子の後ろを歩いていると、ラブとローズに遭遇する。

「丁度良かった。シンジにこれを渡そうと思っていたんだよ」

「お前は射場サンに言うてここ居るん?絶対怒っとるやろあの人」

「ドンウォーリー。はい、使って」

「お?あー、ありがとうな。後で開けてみるわ」

「しっかりした副隊長がいるから仕事も大丈…彼、顔が青いけど大丈夫?」

「妊婦がピンピンして男のがしんどそうなの、シンジと惣右介君って感じだな」

「一緒に暮らす人間が居るから気軽に遊びに行けんくて溜まってるんかもなァ。エエトコ連れていってやってくれん?」

「オーライ…でも最近忙しいからまた今度誘うよ」

「惣右介君と俺たちの分、気前良く出してくれよな平子大明神…惣右介君、何かあったら相談くらいは乗るから」

冗談を言いあい、2人は去っていった。

藍染は平子に従順な態度を取る。まるで、妻に仕える夫のように。

「お前もそういう店行ったらええやん」

「僕は平子隊長がいいんです」

「なんやお前、拗ねとんか」

「はい」

「素直でよろしいなァ」

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臨月を迎え取り返しのつかない程膨れた平子の腹部は、今にも破裂しそうだ。

「ただいま帰りました」

「おかえり惣右介。俺の代わりに残業お疲れサマ。飯にするか?風呂にするか?」

「一緒に入りましょう」

「何でやねん、もう先入ったわ。1人で入ってこい。飯は後やな?」

浴室に入ると湯気が立っていた。

浴槽に浸かり、胎児について考える。

予定日を過ぎている為いつ産まれてもおかしくない。女ならば、どんな名前を付けようか。何かの間違いで男なら、どうしようか。

どちらにしろ、藍染にとって大切な存在になる事は間違いないのだが。

藍染が浴室から出た後も、平子は椅子に掛けて腹を撫でていた。

「……寝てください」

藍染はその手を優しく握ってやる。

「あ」

「どうしました」

「今日すごい動くねん。もっと撫でてやって」

「賢い子ですね。母親に語り掛けている」

「そやな。俺の腹ン中ですくすく育っとる。もう出てきてもエエんやで」

藍染は平子の手を取り、指先へくちづけた。

「早く産まれて欲しいような、もう少しこのままで居たいような不思議な気分ですよ」

「何やそれ。産まれたら今よりもっと大変やからか?甘えたなヤツやなァ」

「……まぁ、それもありますが」

「ほれみィ」

「正直に言いましょう。女の子の事はよくわかりませんが、あなたの血が強い方がとても嬉しいとは思います」

「ふーん」

平子の表情は変わらないものの、藍染は照れ隠しをしているのだと分かった。

「ほな、惣右介似の女の子やったらどないする?髪の色は惣右介に似て目元だけ俺や」

「それは困りましたね」

「困るんかい」

「そうなった場合、僕と同じような人間が出来上がりますよ」

「アホか。霊圧は混ざってもンなモンまで受け継がへん。お前が1人で苦労した事を子どもも苦労するなら教えて伸ばしていってやればええ話や。

お前教えるん得意やろ。コイツが男でも女でもお前の分身やのうて全く別の人間やねんから」

「そうでしょうか。霊圧は制御する事を教える事が出来ても、精神面はどうしても親に似る事もあると思うんです…あなたに似て欲しい」

「心配性やの、あっ!ぅっ!」

「どうしました!?」

突然平子の腹部が激しく動き始めた。脂汗が滲んでいる。

「……わからんけど、病院連れてってくれるか?」

「わかりました。すぐ行きましょう」

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深夜にも関わらず、医師は受け入れてくれた。

「破水してます。陣痛の間隔は?」

「30分くらいやと思います……」

「まだ余裕がありそうですね。これからどんどん痛みが増してきますので、ご準備をお願いします」

「はい……」

看護婦と分娩室に向かう。

「隊長、頑張ってください」

「お前、廊下で待ってろや。メシまだやし何か腹にいれとき」

「嫌です。一緒に居たい」

「アホ、恥ずかしいわ」

「隊長」

「……あーもう、わかったわかった。お前も来い」


平子の出産は長時間に及び、藍染の体力も限界に達しようとしていたが、気力で乗り切る。

平子が産んだのは、やはり女の子だった。

「おめでとうございます。元気な女の子ですよ」

「ハァ、ハァ……」

疲れ果て、息を整える平子の手を握りしめる。

「ありがとう」

「…なに泣いとるねん」

「すごく嬉しいんですよ」

「泣くなや…一緒に育てよォな」

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「名前?結局決め手に欠けてたな。何でもいいわ。お前が決めろ」

「本当にそれで良いんですか?」

「お前が一生懸命考えた名前を俺は否定せん。お前が好きなようにつけたらええ」

「……愛しています、あなたも、この子も」

「良かった…ありがとうな」

平子は、疲労からかすぐに眠ってしまった。藍染は自分の頬を叩き、仕事に向かう。


愛する平子を、娘を、数多の人間を犠牲にし天に立つ。いつか訪れる未来。

その時、平子と娘はどんな顔をして藍染を見るのか。今はまだ想像がつかない。


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・平子♀は知らない男と共同生活させられた事に気づき倒れたので信用信頼できず籍入れないで現状維持(デキ婚してない)

・藍染が本気で悩んで愛別離苦由来の名前お出しするならエエ名前やな、と言う

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