子どものおとも sideU
「さあ、遠慮せずにあがってくれ」
私たちは航海の途中立ち寄った村のお家でひと休みする事になった。
どうしてこういう状況に至ったかは……説明を割愛しても問題ない気がする。
「キィ……」
ルフィたちがお茶している傍ら、私は部屋の中をじっくり見回す。
大事そうに壁に掛けられた海賊旗や剣。宝箱に詰め込まれたボロボロの洋服やマント。写真立ての横に置かれた宝石や首飾り。
ルフィが助けたあのおじさん、一見争いごとを好まなさそうな優しい物腰だけど、その奥に海に生きる人特有の猛々しさというか、力強さをなんとなく感じた。海賊、あるいは……海賊“だった”のだろう。
器用に右手だけでお茶を注ぐおじさんの左腕は無く、シャツの袖口は結ばれている。
「(シャンクスと一緒……)」
おじさんの大きな背中を見つめていると、10年前別れた父親のことを思い出す。この大海賊時代、片腕の男の人なんて少なくないのに、なんでこの人をシャンクスと重ねてしまうのだろう。
自分の胸の中に沸く気持ちが何か分からず悶々としているとどこからか視線を感じた。
「………キィ?」
視線の主を探すと、私の左隣にあったピンク色のドアが半分ほど開いていて、その中から小さな女の子が私のことを見つめていた。
この子はついさっき見た。
棚の上にあった写真の中で笑う3人。おじさんと、髪の長い女の人と女の子。人形の低い目線と窓からの光の反射のせいでちゃんとは見えなかったけど、背格好からして多分この子だろう。っていう事はこの子はおじさんの子ども……?
相変わらず注がれる熱烈な視線に応えるように、とりあえず手を振ってみる。
これが良くなかった。
「ふわあ……っ!」
女の子の目が星のようにきらきらと輝き、その小さな腕をこちらに向けて伸ばしてきた。
「ギィッ!?(わっ、ちょ……!?)」
マズい、そう思って仰け反った時にはもう遅かった。私の体は抱え上げられ、女の子の居る扉の奥へ連れ込まれる。
「ギギッ、ギィギィ!(ル、ルフィ! ナミ!)」
ルフィとナミに助けを求めるも、2人とも話に夢中で私の声は届きそうに無い。
抵抗むなしく、扉はパタリと静かな音を立てて閉じられた。
「かわいい~! それに動いてる! すご~い!」
「キィキィ……(あはは……)」
四つん這いになって顔を近付けてくる女の子に私は苦笑いを返す。
失敗した。ひとりでに動くお人形なんて、このぐらいの年齢の子には大層魅力的なものに映っているだろうに。
「お人形さん、私といっしょにおままごとしてあそぼ! 私ね、色々オモチャ持ってるんだよ!」
こちらに背を向け道具箱を探り始めた女の子に気付かれないようにしつつ扉の方を見る。子ども部屋であることを考慮してだろう玄関より幾分かドアノブの位置が低いけど、それでも私が手を伸ばしたぐらいでは届かなさそうだ。
何か台になりそうなもの……いや、それ以前にこの子の目がある以上勝手に出られないか。
「お人形さんが赤ちゃん役ね」
「キィッ?!(わっ?!)」
またも持ち上げられ、向き合う形で女の子の膝の上に座らされる。これじゃあ抜け出すなんて到底無理そうだ。
ここまで来たら仕方ない。乱暴に扱われることに比べれば子どもの遊びに付き合うくらいなんてことはない。ルフィたちに気付いてもらえるまでこの子の相手をするとしよう。
そう割り切って、私は女の子の手元に目をやった。そして--
「 ギ ッ ( え゙ っ )」
彼女が握り締める品々に私の身体は凍りついた。
だって、それは、左手に持つもこもこのそれは、右手に持つヒラヒラとしたそれは、赤ちゃんの着ける……
「さっ、おきがえしましょうね」
「ギギギィィ!!(ご、ごめんやっぱ無理ィ!!)」
「どうしたの!?」
無理無理無理無理! そんなの着けられない!!
私は頭を左右にブンブン振って全力で拒否の意を示しながら後退りする。
そりゃあ1人で退屈そうにしているのは可哀想だし、「可愛い」と褒めてくれた子の頼みは聞いてあげたいけど、“ソレ”は許容できる範囲を越えている。
「お人形さんどうしたの……? 私とあそぶの……イヤなの……?」
「ギ、ギィギィ……!(い、いや、そうじゃないけど、ソレをつけるのはちょっと……)」
「ううう……」
「ギギギィ……!(あああ泣かないで……!)」
急に拒絶されたことに驚いてしまったのだろうか。瞳を潤ませる女の子を慌てて宥めるけど、今にも涙がこぼれ落ちそうだ。
数十秒の葛藤の末、女の子の手を両手で包み、一緒に遊ぼうと笑いかける。私の意図に気付いた女の子の顔にみるみる明るさが戻り、私を力強く抱き締めた。
こんにちは赤ちゃん、さようなら尊厳。
「えへへ……かわいいよ、お人形さん!」
「ギィギィ……(ううゥ……)」
抵抗は失敗に終わり私は今、真っ白なもこもこのおむつを履かされ、頭にはフリル付きの赤ちゃん用の帽子を被らされている。
か、覚悟はしてたけどやっぱり恥ずかしい……。
「さっ、おしめも替えたしごはんのじゅんびしましょう! ちょっと待っててね~」
確かにこの小さな身体にはよく似合っているだろうけど、中身はもう19のオトナなのだ。こんな格好あまりにも恥辱的すぎる。もしも今人形の身体じゃなかったら、顔がトマトのように真っ赤に染まっていることだろう。
「(2人とも早く助けに来て)」
「(………いや、ルフィは嫌だ。ルフィは絶対来るな、絶対見るな)」
「おまたせっ、できたよ!」
力無く項垂れている私とは対照的に、女の子は楽しそうにお椀によそった玩具のご飯を私の口元へ運ぶ。
「はあいアドレーヌちゃん、ご飯ですよ~」
「ギィ……(あーん……)」
「もぐもぐもぐ……おいし~い?」
「ギィィィ……(おいしいよー……)」
一度やると言った以上もう逃げられないので、羞恥心に襲われながらおままごとを続行する。女の子の動きに合わせてご飯を咀嚼するような動きをしていると、視界の端に呆然としたまま動けない様子のナミが見えた。
「ギィィィ~~……!!(ナミ~……たすけてェ……!!)」
待ち望んでいた助け船に、私は急いで立ち上がりナミの足元へすり寄る。
「あれ、パパを助けてくれたお姉ちゃん! どおしたの?」
「いやあ……ううん……」
ナミは予想外の光景に困ったように私と女の子を見比べたあと、そっと両手で私のことを女の子の方へ押し戻し、
「ごめんねジャマして~、失礼しました~……」
会釈をしてそっと扉を閉めた。
「ギィィィィッ!!?(なんでええええっ!!?)」
「えっ、仲間はいいのかい……?」
「ええ、まだすぐここを出る訳でもないし……あのコも楽しそうだったから……」
「ウタの見た目、オンナのコ喜びそうだもんな~! ははは!」
唯一頼れるナミにふられてしまった以上しばらくは助けの手が期待出来ない。
扉の向こうからルフィの暢気な笑い声が聞こえてきて、たまらず私は目一杯の音量でオルゴールを鳴らした。
「ギギィィ~~ッ!(笑いごとじゃな~~い!)」