嫌いだ好け

嫌いだ好け

難儀な四級


今日は嫌いな方に出会った。最悪だった。

私は基本、嫌いな方など居ない。

居ないんだ。あの一名以外は基本大好きとまでは行かなくとも、好きになれと言われれば「しょうがないな〜」で、好きになれた。

だけどあいつは、あの、嘘つきで香水臭い泥棒野郎はどうなっても好きにはなれない。どうなっても一生嫌いだった。

近づいてこられて、香水の臭いが間近になる。臭いが酷くて、吐き気がどんどん競り上がってきて、口を手で抑えたくなる。

きたないきもちわるいきしょくのわるい。来るな。来るなよ、その顔で

吐きたい逃げたい突き飛ばしてもう二度と会いたくない。こちらに寄ってくるなその胡散臭い、気色の悪い顔で、臭いで近づくな。

「あ、久しぶり。〇〇ちゃん」

気色悪い気色悪い気色悪い 吐きそうだ なんでお前は死んでないんだ。

そう思いながらも、取り繕う。吐きそうな口に手を運び、口を隠して目だけで微笑む。

「......?お久しぶりです?何方、ですかね?」

私達は親しく無い相柄だろう。名前で馴れ馴れしく呼ぶなとの意も込めて、社交スマイルを顔に貼り付け返事をする。

するとそいつはこちらにずいと近づき、肩に手をぺたりと置いてくる。

な、に?なに......なんなんだ。やめてくれやめて下さい。いやだ。触らないでくれ。

直感的に、ざっと距離を置いてしまう。

「すみません、あの、何方でしょうか?」

「も、もしかして......ナンパ、というものでしょうか?」

「あ、違いますよね......えへへ、すみません......ところで、お店にでも入りませんか?」

違和感を覚えられたら困る。話をして、畳み掛けて、違和感の芽は潰して摘み取って。

その人の手を取る。綺麗な手袋を付けた、汚い手を汚い人に向けて、社交スマイルに見えないような笑顔を作る。

「私、良いお店知っているんですよ」

とても混んでいて、店員も多くて、除菌の場がとても整っているお店!という言葉は吐き気と共にごくりと飲み込んだ。

そいつをエスコートをする。エスコートして店まで行く。なんで私がお前なんかを。最悪だ、本当に。そう思っても会ってしまったのだから仕方がない。

窓際の席に目をつけて、手を離す。早く家に帰って服も手袋も洗濯したいなと、そんな思いを抱えて話をしながら窓際の席につく。

「おしゃれなお店だね」

「えぇ、良い雰囲気でしょう?」

「席はここで大丈夫ですか?」

「もう一度伺うんですが......何方ですか?」

にこり、と勘がよく私をよく見ている人なら少し冷たさを感じられるかもしれないような笑顔で詰める。貴方のことは知っているけど、知らない程の方が都合が良いので、質問をする。こんなとこまで引き伸ばして不覚だな。と思いながら、店員さんへ声をかけ、注文の為の会話を済ませる。

「はーい、ありがとうございます。」

「えっと、で、貴方は葬儀屋ってことで良いんですね。」

「でも、私近くに死人が出たこと無い気がします......」

この嘘吐きはまだこんな嘘を付いているのかと呆れながらも、嫌われない為のコミュニケーションを続ける。

「あ、ちょっと飲み物取りに行ってきますね。」

これで逃げてしまおうか。それは流石に印象が悪過ぎるだろうか。ぐるぐる考えて、席に戻って笑顔での会話を続ける。

こんな奴に割く時間や愛想なんて本来だったら一割も、いや。そもそも無いのだけど愛想良く接するのは、嫌われたく無いから。

いや、好きとかそういう訳じゃないよ本当に全然全く。

嫌いな奴に嫌われるとかいう、実質的には両想いだろうと思ってしまうような状況には、一瞬たりともなりたくないからしょうがなく好かれにいっているだけ。

わかってるよ。この思考はおかしいって。

でも、そう思っても。難儀なものだよね、私も。


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