姉妹のコンビネーション

姉妹のコンビネーション


 銃弾の嵐がヒナの体を叩く。

 一般生徒なら気絶しかねないそれを涼しい顔で受け切りながら、傷一つない姿のままで手にした銃を構え、引き金を引いた。

 重火器から放たれたそれは、想像だにしない威力をもって敵のパワードスーツ部隊を強襲、一瞬のうちに行動不能にしていく。

 しかし、その中で味方を盾に、接近してくる機体が一つ。

「ええい、相変わらずの化け物ぶりだ! だが、この機体には勝てまい!」

「味方を使い潰しながら言うことじゃないわね」

「廃材の有効活用と言ってもらいたい!」

 ゲヘナの学区内で行われていた密輸騒動。

 その黒幕として持ち上がったのは、資金や物資を持ち出してカイザーグループから離反したある男性型ロボットだった。

 アジトとなっていた廃工場に踏み込んだ風紀委員を待っていたのは、大量の戦闘用ロボットや、パワードスーツを着込んだチンピラたち。

 即座に撃ち合いへと発展し、しかしヒナまでもが出動していたことで、いずれ鎮圧されるものと風紀委員の誰もが考えていた。

 この、デザインの違うパワードスーツを纏った黒幕が現れるまでは。

 ヒナ一人を抑えてしまえば、数で勝る敵が勝つ。そう認識しているのか、男は執拗に無人パワードスーツ部隊を率いてヒナを襲い続ける。

 そしてとうとう、ヒナの直近までその体を近づけることに成功したのだ。

「わははははは! これで貴様も、終わりだァァ!」

「ぅぐ…ッ!」

 バーニアを吹かし、埃を撒き散らしながら突っ込んできた男が、振りかぶった鉄腕を目で追えぬ速度をもってヒナの小柄な体に叩きつける。

 銃を引き、とっさに両腕で体をかばい、後ろに跳んで衝撃を殺してなお、その威力はヒナに着地を失敗させるほどのものがあった。

 これで終わった。私の勝ちだ。

 口に出さぬまま、悠々と近づく姿でそう語る男。

 その時、久しぶりの痛みに耐えるヒナの表情が変わった。

「……随分、ゆっくり歩くのね」

「ククク……! あのゲヘナの風紀委員長を叩き潰したとなれば、私の取引相手へのアピールも十分……! この光景を、アイカメラでしっかりと記録したくてなぁ!」

「そう。……獲物の前で舌なめずり、素晴らしい三下ぶりね」

 その言葉に、男の気配が怒気をはらんだものに変わる。

 この場の支配者が誰なのかわかっていないのか、と息巻いて、拳を大きく振りかぶり、

「ならば減らず口も叩けぬほど、叩き潰して──ッ!」


 ──がくん、と男の動きが止まった。


「……な、んだ!? なにがっ」

 着弾音。拳を振りかぶった姿勢のまま、膝が崩れ落ちて視線が下がる。

「十分な観察時間」

 着弾音。アクチュエータが煙を吹き、振りかぶった腕がだらりと垂れ下がる。

「射線の通る開けた場所」

 着弾音。抵抗するように動かしたもう片方の腕がはじけ飛ぶ。
「対象物との最適な距離」

 着弾音。マスクが吹き飛ばされ、素顔のロボット面がさらけ出される。

「ま、まさか……! 狙撃だと!? 馬鹿な、風紀委員は全員部下が抑えてっ!?」

「ええ、風紀委員じゃない。私が最も信頼する、最高の狙撃手よ」

 ヒナが痛みなどなかったように立ち上がり、耳から小型レシーバーを外してロボットの聴覚センサーへ近づけた。

『こんにちは、間抜けな黒幕さん。姉さんを相手に『戦闘』が成り立ったと思って嬉しくなっちゃったかしら? アナタが暴れ始めてからずっと、ここに誘導されていたとも知らずに』

「……噂、ではなかったのか? 貴様が、あの空﨑ヒナの妹だと!?」

 聞こえてきた声に、男はパワードスーツと直結しているせいで動かない体を身もだえさせ、歯噛みするように震える。

 その声には、聞き覚えがあった。

 以前、アビドスの事件のデータを閲覧した際に見た顔が思い出される。


 キヴォトスのアンダーグラウンドを悠々と泳ぐ、金次第で何でも受ける戦闘集団。


 裏をかこうとした依頼主は決して許さない、たった四人の暴力装置。


 社員三名を率いる、最凶最悪のアウトロー。


 その少女が、こともあろうに風紀委員長の妹であるという、荒唐無稽な噂話。

 よしんば本当だとしても、敵対する立場なのだから手を組むことなどありえないと可能性を度外視していた。

 そのありえない可能性が、レシーバーの向こうで笑う。

『だいたい、姉さんがアナタ程度の戦力をわざわざ引き寄せて移動したのはなんでだと思うのかしら?』

「お前の鎮圧は、別に難しくなかった。ただ、あの大量の部下を統率して襲ってこられると、ちょっと厄介だと思っただけ」

『だから姉さんはアナタをここまで誘導した。ジャミングによって電波が届かず、救援も指示送りづらいこの広場まで

「お前は想定通りに動いてくれた。あっさり私を追って、部下への指示を放り出した。おかげで今頃は、私の部下がお前の部下を軒並み縛り上げてる頃よ」

 レシーバーからの声と、それを別のレシーバーを同期させて聞くヒナの声。

 二つの言葉が、男が初めから『敵』として認識されていなかったことを知らしめてくる。男は、過剰なまでの自信がどんどんと流れ出ていくような気分になった。

「許さん……! よくも、よくも私をコケにしてくれたな、陸八魔アル……! この復讐はかならじゅッ」

「あ」

『……えっと、もう撃ってよかったのよね? なんか言ってたけど……』

 男が捕らえられる前に恨み言を吐き出そうとした瞬間、アルの狙撃によってパワードスーツのバッテリーが吹き飛ばされた。

 男は誤作動によるサージ電流で意識が飛んでいる。ヒナが見る限り、しばらく目を覚ますことはなさそうだった。

「まあ、いいんじゃないかしら。……お疲れ様、アル」

『大変だったのは姉さんの方でしょ。怪我は?』

「あのくらいじゃ掠り傷もできない。撤収後にご飯に行くから、いつもの場所で待っていて」

『わかったわ。お疲れ様、姉さん。また後でね』

 ぶつり、と通信先の電源が落とされる。

 静かになった広場に、ヘイローがピカピカのヒナが、ぶっ壊されたパワードスーツと意識のとんだ男性型ロボットを前に立ち尽くす。

「……アコを呼んで運び出させよう」

 めんどくさーい、と内心でぼやきながら、ヒナは残りの仕事を片付けに向かう。

 その後ろ姿は、先ほど鉄腕の一撃を受けたことなど毛ほども感じさせない、最強の風紀委員長の状態だった。



 空﨑ヒナ、一人なら『最強』。

 空﨑姉妹、二人なら『無敵』。

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