"妻"になる日

"妻"になる日



夜の帳が下り、静寂に包まれたある一部屋。

その部屋の中で一人のウマ娘が静寂と同化する様にベットの上に座り込んでいた。

(落ち着け…落ち着くんだ私…!あのたわけにどうして此処まで緊張しているのだ!)

彼女の名はエアグルーヴ。女帝と謳われレースを駆け抜けた彼女…その彼女は今、自身を支えてくれた杖たるトレーナーと結ばれた。

何故そんな彼女が硬直しているのか…何故なら挙式を済ませ、片付けも終わらせた二人が今夜本当の意味で夫婦になる大切な儀式を前にしているのだ。

静寂の中に響くシャワーの音、それがかえって彼女の心臓の高鳴りをより意識させる。

(あの音が止まる時…私達は本当の———)

何度も何度もその言葉が繰り返され身体が熱くなる。その熱さとは反対に全身の力は抜けていき、もう自分だけでは立ち上がる事も出来ない程であった。

「臆するな…私達は夫婦になるんだぞ…ここで臆して妻に…母親になれるものかっ…!」

そう決意をしたその時———

シャワーの音が止み、ドアが開く音がした。



「ごめんねグルーヴ。待たせちゃった?」

「あっ…」

シャワーを終えて彼女と同じ様にバスローブに包んでいる彼。そのローブの下は生まれたばかりの姿である事を意識すればするほど先程の決意はみるみる溶けていく。

「上手くできないかもしれないけどよろしくね」

「あ…あぁ…こちらこそ宜しく頼む…」

そう言った後、彼はグルーヴへ近寄る。

(こわい…)

彼の手が髪を掻き分け頬を撫でる。

(こわい…!)

彼の顔が愛の証を刻む為、更に近づく。

「こわい…っ!」

思わずグルーヴは顔を背けてしまった。

「あっ…ごめん…なさい…」

普段の彼女は何処へやら、気付けば弱々しい声になっていた。



「無理はしない方が良いよ。また今度に…」

「違う!…違うんだ…」

彼の言葉を遮る様に俯きながらもグルーヴは続ける。

「貴様が嫌だとか怖いとかでは無いんだ…いつも厳しくしている私が…こんなに優しくしてもらえるなんて…そんな資格があるのだろうかと考えると震えが止まらない…!」

「本当は私の事が嫌なのに私の為に無理をしているのではと思ってしまう…!」

「これは本当は夢で目を覚ましたら私は独り取り残されていると考えると…怖いんだ…貴様が離れて行くのがこわい…っ…!」

そんな彼女を彼は優しく抱きしめながらキスをする。

「んうっ…!?」

優しくて暖かいキス。それが彼女を緊張をゆっくりと紐解いて行く。

「落ち着いた?」

「ああ…取り乱してすまない…」

「君の厳しさは真面目さと優しさからくるものだって自分がよく知ってる。それに担当になったあの時から君のことを嫌になった事は一度もないよ」

「え………?」

「それにもし夢だったなら…絶対に現実にしてみせる!どんな時でも傍にいる!」

「女帝だからとか実力者だからとかそんなものじゃない…」

「ああっ…あああ…」

グルーヴの身体は震えている。しかしそれは先程までの緊張からのものではなく嬉しい感情を抑えきれない故の震えであった。

一筋、また一筋と彼女の顔を涙が伝う。



「君のその強さと優しさ…そして君の全てにあの時惚れたんだ…エアグルーヴ」

「たわけっ…たわけぇ…そんな事言われたら…もう貴様無しではいられないだろ…たわけぇ…」

彼のその優しさに抱き締めながら涙を流し続けるグルーヴ、その顔にはもう緊張も不安も感じられなかった。

「だから改めて…俺の妻に…家族になってくれないか?」

「はい…はいっ!私を…あなたのお嫁さんに…家族にして下さい!」

そうして深い深い口付けを交わす二人。やがて二人はベットに倒れ込む。

「本当にいいのか?多分加減とか出来ないぞ?」

「ああ…構わない…今から本当の夫婦になるのだから…あなたの愛を…惜しみなくぶつけてくれ…私も全力で応えるから…」

「だから…来て…あなた…」

微笑みながら彼の首の後ろに腕を回すグルーヴ。

その瞬間二つの影は一つに重なった。


そこから先は語る必要はないだろう。

幸せを噛み締め、互いに全てを捧げ合う二人の様子を語ること程無粋なものは無いのだから…


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