「好き」の境界線
※馬狼ルート2周目の玲潔前提凪→潔
※本編後ダイスでは凪はずっと自覚しないだったけど、自覚即失恋する凪がかわいそかわいいから自覚したif話
駆け寄ろうとして、足が止まった。
理由は俺のユニフォームが違うからじゃない。
「"青い監獄"の11傑の勝利です!!」
U-20日本代表戦。糸師冴に選ばれた俺は青い監獄ではなくU-20日本代表側で出場していた。
俺にとっては負けだけど、俺が本来所属していたチームの勝利だし、今まで一緒にサッカーしてきたやつらが魅せたすごいプレーに俺も興奮していた。
アディショナルタイム終了間際の劇的ゴール。
チームなんか関係ない。湧き上がった激情のまま駆け出そうとして、できなかった。
試合が決し、観客から沸き起こる咆哮に似た歓声。その中心でラストゴールを奪った潔と、潔にいち早く駆け寄った玲王がキスをしていた。
ーー入れない。
立ち尽くす。二人に続々と駆け寄っていく青い監獄のメンバーを眺めながら、なぜかそんなふうに思った。
***
「おはよ、凪」
不意に掛けられた声にスマートフォンから顔を上げると、目の前に玲王と潔が立っていた。
「ほら、ちゃんと来てただろ」と言って、潔が玲王を振り返る。二人は示し合わせたように微笑みあい、玲王が潔の肩を抱き寄せて額にキスを贈り、「偉いぞ、凪」と褒めてくれる。
空港での待ち合わせ。俺と玲王はイングランド、潔はイタリアで行き先は別だけど、時間帯の近い便をとって途中まで一緒に行こうということになっていた。
恋人同士の二人が一緒に来ることも予め聞いていた。
(でも、なんか……なんだろ。)
二人の雰囲気がいつもと違うような感じがする。
なんていうか、甘い、みたいな。
玲王と潔が恋人らしい振る舞いを隠さないのはいつものことだけど、ここまで明け透けなのはあまりない。
「スーツケースはもう預けたな? ここだと落ちつかねぇし、さっさと手荷物検査受けちまおう」
内心首を傾げていたけど、玲王に促されて立ち上がる。
「……なぁ玲王、身体検査ってこれも外さなきゃだめ?」
玲王と潔の後ろに並び、保安検査の直前までゲームをしていると、そんな声が聞こえた。
「これぐらいなら平気」
チラと視線を上げると、笑い混じりに答えた玲王が潔の手にくちづけているところだった。
潔の手ーー左手に、銀色にきらめくものがある。
(あ。あれって……。)
感じていた違和感の答えがそこにあった。
「潔。それ」
自分の番の保安検査が終わるなり、指輪を指差してそう問いかけた。
「ああ、婚約したんだ」
答えたのは玲王で、誰となんて訊かなくてもわかる。よく見れば、玲王の指にも同じものが嵌っていたから。
「お前、意外と鋭いよな。言う前に気づくとか、もぉー……なんか恥ずい」
「まだメディアには言ってねぇからオフレコな。ーーっと、悪ぃ、電話」
ついでに飲み物買ってくると言って、玲王は踵を返した。
「先にゲートの近く行っといて」
「おー。……凪何番? 中間くらいでいいかな」
潔と二人でゲートの近くに移動する間、潔は昨日プロポーズされてとか、凪に伝えたのが一番最初とか話していたけど、座席に腰を落ち着けると話すのをやめた。話されても全然耳に入ってこなかったからちょうどよかった。
(……マジか。)
正直、それどころじゃない。
俺は二人が婚約したことにショックを受けた自分にショックを受けていた。
(俺って潔のこと、そういう意味で好きだったんだ……。)
いつからーー記憶を探っても思い当たるきっかけはない。恋に落ちるなんて、劇的な変化で、とても印象的なはずなのに。
だけど、たぶんそれが答えだ。
一目惚れ。
「潔」
反射的に名前を呼んでいた。でも、潔が「ん?」と振り返ったときには、俺はもう自分が何を告げようとしていたのかわからなくなっていた。
脳裏には玲王の顔が浮かんでいた。
「…………」
「……凪? なんだよ」
押し黙る俺に潔は首を傾げて続きを促したけど、二の句が継げない。だって、急にわからなくなったんだ。
俺は何を伝えようとしたんだろう。なんで伝えようとしたんだろう。
伝えたところで玲王は褒めてくれないし、潔が応えてくれるわけもないのに。
だって、玲王と潔はーー
(あ、だからか。)
気づいてしまえば単純明快で、俺は座り直してさりげなく潔から視線を外した。そして「なんでもない」と先程の言葉を撤回すれば、潔はとりあえず答えが返ってきたことに納得したらしくそれ以上の追求はしなかった。
はぐらかしたかったのは俺なのにその反応に気落ちして、俺は本当に潔のことが好きなんだと思った。
初めて会ったときに恋に落ちて、それからじわじわと好意を深めて、あまりにもゆるやかだから気づけなくて。取り返しがつかなくなって初めて気づいた。
(俺、何やってんだろ……。)
虚しい。なんだか酷く疲れたような感覚がする。
誰でもいいから寄りかかりたかったけど、隣にいる潔が妙に遠くに感じて、なんだか触っちゃいけないもののような気もして。
俺はただ、自分の爪先を眺めていることしかできなかった。