👮×🇭🇰女優小噺
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わ
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く
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ょ
ん
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それは競バの祭典、有馬記念の日のこと。晴れ晴れとした冬空の下、ダービーバとその相棒の復活劇に、ドラマを見慣れたはずの観衆も、競バ関係者たちも、出走バたちでさえも、沸き、昂ぶり、酔いしれた特別な一日。そんな日の夜のこと。
「…鍵を」
「はいはい、休憩ね」
現れた客に、受付の男───ステイゴールドはほんの少し眉根を上げたように見えた。が、さすがにそれ以上無粋な真似などあるはずもない。鍵を手渡すと、怠そうに腰掛けて手元の雑誌を広げた。「興味はありませんよ」というサインだ。その突き放すような態度に背を押されてか、訪れた男女は自分たちの世界に戻っていく。
「最近の若い子は出会いがあって良いね…あの女帝みたいなのが珍しくもないんだから」
一人になったステイゴールドは煙草に火をつけて独りごちた。客側から見えない位置にある小さなテレビ。まだ有馬記念の熱狂が残るその画面には、今しがた足早にエレベーターに乗り込んだ男女───タイトルホルダーと、ウインマリリンの勇姿が映っていた。
「先にシャワー浴びていいよ」
いたずらっぽく言ったのはウインマリリンで、言われるがままに風呂場に向かったのはタイトルホルダーの方だった。脱衣所の大きな鏡の前で躊躇なく服を脱ぎ、シャワーをちょっと熱めの温度に調整する。ザブザブと湯を浴び、石鹸を泡立て、手でガシガシと体を洗った。いつもどおりの見事なスタートだ。しかし……
彼は内心、かかっていた。
(タイホくん、もしかして、初めて?)
(……「こういうところを使うのは」初めてです)
(へぇ、そう、ふーん?そうなんだ?)
知ってますよとそっけない返事で強がってはみた。が、マリリンは見透かしたようにニヤニヤした笑いを浮かべていて、タイトルホルダーは視線を逸らした。事実、こういうところを使うのは初めてである。初めてであるのだが、そもそもの性体験すら、彼にはなかった。
……落ち着け。汗は走った後にも流しているから匂わないはずだ。今しがた中山を駆け抜けた時よりも自分の鼓動が耳につく。ものすごく緊張する。勃たなかったらどうしよう。マリリンさんに恥ずかしい姿は見られたくない。強い僕だけ見ていてほしい……そういえばこういうときのシャワーってどれぐらい洗うの?頭も洗うの?乾かさなかったら冷えない?もしかしてググってみるべきかな?
反射的にスマホを置いた脱衣所を振り返った視線の先に、影が見えた。ホライゾネット……ではなく、ブラジャーを外す影が。
「コンコン」
ノックの口真似をして彼女が……ウインマリリンがするりと風呂場に現れた。
彼女は一糸纏わぬ姿だった。茘枝のような白い肌。桃のような乳房。蜂のようにくびれた腰。形の良い臍。そして……目を離せない。逃げウマの息が止まった。その隙を逃すほど甘いマリリンではない。タイトルホルダーの首に手を回し、唇を重ねた。
「実はね」
一言ずつ唇を重ねる。
「私も初めてなんだ、こういうこと」
逃げ切れなかった逃げウマは脆い。
「タイホくんの格好良いところ、ずっと見てきたんだから」
タイトルホルダーは陥落した。
翌朝、カップルは派手に延長料金を精算して去った。
「あれが噂の二枚腰ってやつかな…痛い痛い!」
「お客様に下品なことを言うもんじゃありませんよ」
ステイゴールドの下世話な感想を妻が咎める。
先日の有馬記念で引退したタイトルホルダーとウインマリリンの婚約発表が世間を賑わすのは、それからすぐのことだった。