奥様はたぬき
ふんふん、と鼻歌を歌いながら、スレッタは大好きな主人──魔法使いのエランと手を繋いで買い物を楽しんでいた。
今日は久しぶりの街へのお出かけである。日頃は鬱蒼とした森の奥に住んでいるエランとスレッタであるが、ごく稀に街へと降りることがある。そして買い物をしたり食事をしたり服を見たりして過ごすのだ。
ちなみにこれをスレッタは買い出しの一環だと思っているが、エランはデートだと思っていた。更に言えばエランは一人で暮らしていた頃はそもそも街へなど降りたこともなかった。スレッタと共に暮らすようになってから、こうして彼女とデートするために正体を隠して街に降りるようになったのである。
そんなすれ違いに気付く由もないスレッタは、店先に並んだ色とりどりの果実に目を奪われた。なんて美味しそうなのだろう。ぜひエランと一緒に食べてみたい──そんなスレッタの視線に目敏く気付いた店主は、明るい声で呼びかけた。
「よう、そこのお嬢さん!お一つどうだい?新鮮で瑞々しい果物だ、味は折り紙つきだぜ」
「ひえっ!?あ、えっと、はははい……!」
エラン以外の人間との会話経験に乏しいスレッタは、驚いて裏返った声を上げた。しかし店主の人の良さそうなにこにことした笑みに安心し、ふむふむと話を聞きながら品物を吟味し始める。
そんな彼女の姿を微笑ましく見つめて、エランは少し口元を緩めた。こんなに楽しそうにしてくれるなら、何度魔法をかけて街に降りても苦ではない。
熱心に品物を見るスレッタを幸せそうに見つめるエランの姿に、店主はにやりと笑ってからかうように言った。
「お熱いねえお二人さん!可愛い彼女さんじゃないか!」
「かっかっかっ、かかかカノジョ……!?」
「違います」
「え?」
「……え」
エランさんの彼女だなんて、そんなそんな、私はまだただの使い魔で、なんて考えながら赤くなった頬を押さえて身悶えるスレッタと手を繋いだまま、エランは冷静な声音でそれを否定する。
驚いて固まる店主と、赤くなっていた頬を青白く染めて絶望感を表すスレッタの視線を一身に受け止めながら、エランは堂々と宣言した。
「彼女ではなく、妻です」
「ひょえ……っ!?」
スレッタは今度こそ飛び上がった。店主がこりゃまいったと頭を押さえてひゅうと口笛を吹くのも聞こえず、全身から湯気が出そうなほど真っ赤に染まり、声にならない悲鳴を上げて震えるスレッタの手をぎゅっと強く握って、エランはそっと微笑んだ。
その微笑みに魂を抜かれてしまったスレッタがうっかりたぬきの尻尾を出してしまい、ちょっとした騒ぎになるのだが──それはまた別のお話である。