奇跡のピース

奇跡のピース


「………頭痛い………」


「頭が痛いだけで済んでるならだんだん良い傾向になってる証拠でしょ。私まだイライラするもの」


「そうだよね〜………そろそろゲーム開発部の子達との面会時間じゃない?やってあげたら?」


「そうね……みんな、大丈夫かしら」



聖園ミカと早瀬ユウカ。ティーパーティーの一角だった少女と、セミナーの会計を務めている少女。本来、交わることのない線にいた二人は、奇妙なことにどちらも同じ部屋で同居して長い期間を過ごすことになっていた。

アビドスシュガー、アビドスソルト。アビドス砂漠の砂を熱したり、冷やしたりすることで転じる悍ましい狂気の麻薬。それがキヴォトス中に蔓延してしまったことで、多くの被害者が生まれてしまったし、今もなお動乱が続いている。ミカもユウカも、その被害者。麻薬の重度の中毒者だ。気づいて後悔したときには遅く、今は回復室へと転用したミレニアムの隔離室で療養している。電子機器は通話目的で一定の時間帯でしか使えない。娯楽となるものも本とか、そういうもの。闘争心を煽るゲームなんかはできないから、ゲーム開発部はあまり楽しくないかもしれない。



「ユウカよ。みんな元気?」


「ミカでーす☆顔色悪い子はいないかなー?」


「あ!ユウカおはよう!みんな元気だよ!」


「おはようございます。えっと、お姉ちゃんはこんな感じで私たちはこんな感じだけど、みんな元気です」


「あの……うぅ……はい……」



ゲーム開発部。薬物に耐性のある1人を除いて、彼女たちもみんな麻薬を摂取したことで中毒者となった少女たちだ。入れられた当初はゲームができないことやお菓子が食べられないことに対しての怒りを募らせ、暴れ散らし、泣き喚いていたが、最近では大人しい。小説などの文学作品に親しんでゲーム開発の造詣を深めるのもアリ、ということらしい。なんとも適応力に優れているものだ。



「ユズはどうしたのよそれ」


「アリス成分が足りないみたい」


「アリス成分……?」


「あー、わかるわそれ。私も足りないもの」


「ユウカちゃんも!?」



アリス。天童アリス。ちょっと特殊な出自ではあるが、ミレニアムサイエンススクールの大事な生徒であり、ゲーム開発部のとても大切な同志。彼女だけは薬物に耐性があることから、中毒になって荒れ狂う3人を見続けることしかできなかった。そしてその状況に心を苛まれ、悩み、戦争をしようとするミレニアムの方針に心を痛め……自分なりの“勇者”として、世界を救う旅に出た。

ヒマリがこそっと教えてくれたことだが、今では救護医療の心得に目覚め、ヒーラーとしてのジョブを粛々と歩んでいるらしい。光の剣は光の杖になった。これで救護の邪魔者を救護してその後に傷の治療や病、中毒の診察をして然るべき機関に輸送する。なんとも理想的な役目だ。救護の専門家から教えられたのだから理想的な役目で間違いない、はずだ。



「アリス……大丈夫かな。あー、私がこうなってなかったらついて行くのになー!!」


「お姉ちゃんだけじゃないよ。私だって、ユズちゃんだってついていきたいに決まってる!」


「アリスちゃん……私たちがこうなっちゃったから……」


「はぁ……ユズがそうなったから、じゃないわよ。きっとなったのが私……はないか。あなたたち以外の誰かでも、何ならミレニアム以外の誰かでも、アリスは旅を始めてたわ。そういう子よ」


「あはっ!誰かのために誠心誠意、心の底から祈れる子っているからねー。私は悪い子だから出来ないけど☆」



この言葉をこっそりと聞いていたナギサに、後でロールケーキ代わりに500mlの水のペットボトルを突っ込まれるのはここだけの話である。ミカは優しいお姫様だよと先生から怒られるのもまたここだけの話である。

それとユウカも自分をこっそりと卑下したことに対してノアから秒数まで指定されて真剣な顔で注意され、先生からユウカをみんな大好きなんだよと伝えられたのは内緒だ。



「………あーあ、早く治療薬完成しないかなー。完成したらすぐにでも治して、アリスのところに行くのに!」


「私、ナギちゃんに聞いたけど。もうすぐ完成するらしいよ?」


「えっ!?そうなんですか!?」


「うん。私とユウカちゃんは第一、第二被験体だから多分臨床試験のサンプルになるけど……」


「それ、私たちも受けられませんか?アリスちゃんのところに行きたいんです!」


「んー、でもあくまで臨床試験だし、危険だと思うけど……」


「お、お願いします……!!」



多分、ミカの方から話を通せばできる。臨床試験を執り行うサンプルは多ければ多いほど、それに越したことはないし、彼女たちの摂取量もかなりのものだ。ミカからナギサに話を通し、ナギサがセミナーに話を通せばすぐにでもサンプルの中に含まれるだろう。だがしかし、まだ未完成の新薬。安全性が実証された薬ではない。だからそんなものを、この子達に使わせるのはどうなのだろう、ちょっとでも待ってもらって完成した薬を使ってもらったほうがいいんじゃないかと思ったのだけれど……



「いいわ。私もノアからその話を通しておく」


「ユウカちゃん!?」


「この子達、こう言い出したら止まんないのよ。……その代わり、何があっても自己責任よ。いい?」


「!!ありがとうユウカ!」


「ありがとう!」


「ありがとう、ございます……!!」


「はいはい。じゃあ今日の通話時間は終わりだから切るわねー」



流石に手慣れている、というべきか。予算の件でよく睨み合うユウカにとっては、ゲーム開発部の子たちの様子などある程度把握して当然のものだ。

……というか多分、きっと、ヴェリタスかセミナー保安部辺りがこの話を傍受しているから、そこからセミナーに話が行くはずである。仮にも中毒者たちの会話だ、危険視するのは当たり前。だからこそ、話を通したいときは直接話を通さなくても良いのである。それに……例のことを考えると、あの子たちの願いを叶えたいのだ。



「………はぁ………」


「どうしたの?」


「………ティーパーティーの人たちから聞いてないの?」


「えっ……何が?私ナギちゃんにもセイアちゃんにも何にも聞いてないけど!?」


「………一週間後。ちょうど新薬の臨床試験して、上手くいったら効果が実証し終わったぐらいかな。戦争するの。アビドスと、三大学園の連合軍が」



驚きのあまり真っ青になった顔が戻らないミカ。聞かされてなかったことに驚きつつ、しかし、かくいうユウカもノアからではなくヒマリから秘密裏に聞かされた内容だ。ミレニアムに十分な戦力が生産し終えた他、トリニティとゲヘナの戦力整備も終了したので、三大学園連合軍がアビドスへ侵略を仕掛けるという話である。



「主犯格の三人……小鳥遊ホシノ、空崎ヒナ、浦和ハナコへの処遇は捕縛した学園の自由、なんですって。ミレニアムは矯正局送りや退学程度じゃ済ませるつもりはないみたい」


「トリニティは……私で退学扱いだったけど、ぶっちゃけ私以上ではあるからなぁ……わぁ……というか、ナギちゃんもセイアちゃんもなんで教えてくれなかったの!?」


「怖いんでしょ。ミカさんって優しいじゃない。それを知ったら多分どうなるかって、痛いほどわかってたんだと思うわ。………私がノアに何も言われなかったのも、多分同じ。ヒマリ部長がこっそり教えてくれたのは、多分優しさね」



そう、こんなことを聞かされてどうなるか。それをノアも、ナギサも、セイアも、理解しているからこそ言わなかった。そしてヒマリも理解しているがこそ、伝えるべきだと思って伝えたのだ。それが正しいのだと、それが、奇跡を起こす方法なのだと信じた。きっとその決断にリオも関わっている。リオも、ヒマリも、奇跡を信じたのだ。



「ミカさん、どうする?」


「決まってるじゃん。治ったら最短最速で助けに行く。助けに行くし、戦争を止めるよ。憎しみあう殺し合いなんてしちゃいけないって、私はあのとき知ったから。……ユウカちゃんは?」


「もちろん止めるわ。ノアの顔、とても思い詰めていたから。……きっと、私以外止められないと思う」


「……ゲーム開発部の子の臨床試験許可したのって、もしかしてそれ?」


「そう。アリスの応援に行きたいのなら、早く行かせてあげないと。間に合わなくなっちゃうから」



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