失敗

失敗



───アビドス本校舎、地下

アビドス廃校対策委員会のメンバーを救出するため、FOX小隊はワカモの破壊工作に乗じてアビドス本校舎内部に潜入した…


しかし、目標の警護を担っていると予想されていたRABBIT小隊は妨害はおろか地下に侵入した今でも接触してこない…

「隊長、流石にこの状況は不気味すぎる…罠かもしれない」

ニコの言う通り、FOX小隊の置かれた状況は順調すぎるが故に不気味であり、地下という閉鎖空間がもたらす圧迫感と合わさって彼女たちに嫌な汗を滲ませていた


「…だが調べないことには対応もできん、警戒を怠らずに前進しろ…『こちらFOX 1、地下に潜入したが迎撃がない…ここからは全隊員で行動する、オーバー』」

「「「了解」」」

地上での戦闘指揮にあたっている先生に状況を報告し、キツネ達は再び通路を進み始めた


妨害はない

セキュリティはある、何度か警備の生徒も制圧した…

しかし聞いていたような"小鳥遊ホシノにとっての重要人物達"を監禁している施設には思えないほど、それらはあっさりと突破できてしまった


「FOX3隔壁に到着…罠は無さそうね、規模と深度的にここが最奥じゃないの…?」

遂に何も起こらないままFOX小隊の面々は大型シャッターの降りた突き当たりに辿り着く

「こことここ…システムを一時的に落として隔壁のロックを解除するから照明が消えたら隊長とクルミで隔壁を持ち上げて」

ニコが操作パネルに細工を施し、ユキノとクルミがシャッターに手をかける

数秒後…電気系統ごとシステムがダウンし、真っ暗になった通路に隔壁がこじ開けられる音が響いた


非常灯が点灯し、薄暗いながらも視界が戻る

人が通れる程度に持ち上げられた隔壁の向こうを目にしたオトギが溢した

「…食糧庫?」

涼しく清浄な空気に、積み上げられた箱と冷凍用らしきコンテナ

だが重要なのは部屋の用途ではなく、救出すべき対象がいない…否、いた形跡すらないことだ


「『こちらFOX1!先生、どういうことだ⁉︎ここには目標はいない…RABBIT小隊の者達も…!……なんだって⁉︎』」

「先生がここに君たちを寄越したんだね」

背後から声がかかる

同時にFOX小隊の面々の背を駆け上がる怖気

振り向いた彼女達の目に映る、意外なほどに小柄な体躯に短く切った桃色の髪…そして鋭い目つきのオッドアイに、蒼い左目を中心として顔に彫られた刺青という特異な風貌

この戦争を引き起こした元凶が、非常灯の薄暗がりの中から睨みつけていた


「小鳥遊ホシノ…⁉︎」

「どうして…!」

驚きながらも銃を構え、最後尾にいたオトギを庇うようにクルミとニコがホシノの前に出る

「『FOX小隊、小鳥遊ホシノと接敵、どうぞ…了解、離脱する、オーバー』……やはりここで行き止まりだ、一人でも多く脱出するぞ」

ユキノの指示に全員が戦闘体制に入る

お互いを一人でも多く逃すための戦術を脳内に描きながら…


「うへ…残念だよ、先生…その作戦は予想していたけど…はは…

結局、根本的なところでわかってなかったんですね…」

子ウサギを狙っていたキツネの喉笛にハヤブサが喰らい付いた



「FOX3、 FOX2ロスト、FOX1ロスト…FOX4、ロスト……FOX小隊、壊滅しました」

"そんな…"

プラナの報告を聞いて"先生"は天を仰いだ


ゲヘナ風紀委員会、トリニティ補習授業部、アリス達"勇者パーティ"…アビドスに与した仲間を殺すことなく連れ戻したいと願う生徒達と連携を取ることができた

トリニティでの暴動やミレニアムからの巡航ミサイルの発射が阻止されたと知った

カンナ達とワカモに梅雨払いを頼み、ツルギやネルの協力もあってシロコと共にホシノとの戦闘を開始したのは1時間ほど前…

全ては順調に悲劇の道から逸れ始めていたはずだった


天を仰いでも空は見えない

全ての積み上げた状況が、この砂嵐がやってくると共に崩れ始めた

ホシノは視界の悪化に乗じて撤退、砂漠に慣れない私たちは逸れて、或いは分断されて身動きが取れない

その上ここに来て対策委員会の救出が空振り…

「ん…また、砂嵐なんだね」

シロコが呟く

ガラス面が広く透明度の高い特製のガスマスクの向こうで顔を顰める彼女も"アビドス高等学校"の一員として幾度となく砂嵐に苦しめられてきたのだろう


「…!先生!風が弱まってきました!砂嵐が晴れますよ!」

重苦しい沈黙を破るようにアロナが報告してくる

確かに巻き上がる砂塵が薄れ、徐々に視界が回復してきた

そして完全に砂嵐が止み、アビドス本校舎が顕になる


"ホシノ…!"

校舎の中央、校章が掲げられ一段高く築かれた棟の屋上に小柄な影があった

傾いた太陽を背にしてネクタイとスカートをたなびかせ、その異名通り天空の神のように地上を睥睨するホシノ

アビドスの生徒も連合軍の生徒も一瞬彼女の姿に目を奪われ…

"……ッ!"

ホシノからの視線は、正確に"先生"を貫いていた


『アビドス全生徒…いや、まだ私についてくるつもりの子たちだけ聞いて』

皆の知るホシノとは違う、ぶっきらぼうで攻撃的な口調

シロコとの戦闘時ですら取り乱しながらも普段通りの態度を取ろうとしていた彼女とは思えない、冷酷だが崇高さを感じる声がアビドス校舎の放送で戦場に届く

『反攻開始、私に続け…砂祭りを死守するよ』

たった一度、静まり返る戦場にホシノの命令が響き…

アビドスの生徒たちが立ち上がる

まだ戦い続けていた者も、疲弊して手を止めていた者も、気絶して治療や拘束を受けていた者も…

折れた腕を掲げ、弾の切れた銃を振り回し、砂糖がなければ砂すら直接噛み締めて疲弊し切った敵陣に突撃していく

正面からの反撃、後方から復活した敵による追撃…地獄の乱戦が始まった


「うわー⁉︎まずいです先生!砂嵐がー‼︎」

「警告、アビドス本校舎の方角から再び砂嵐が迫っています…先程の数倍の脅威度、危険です…!」

再び、空が砂嵐に飲み込まれる

アビドス校舎の向こうから迫る壁のような砂嵐が陽光を遮り、一度だけそちらを振り向いたホシノが風に煽られるように屋上から落下した


既に最前線は砂嵐に呑まれたのか何人かの生徒と通信が繋がらない

「クックックッ…先生、おそらくあの砂嵐の中は神秘なき者では耐えられぬほど過酷な環境でしょう…シッテムの箱の護りであれば或いは耐えられるかもしれませんが…我々は一足先に撤退します、これ以上ここに留まってもできることはありません」

"……元はと言えばお前たちがアビドスを追い詰めたせいだと思うけど"

"今までの協力は助かった、本当に"

「先生、ご武運を」

黒服と"元"カイザーPMC理事も撤退していく

薄々わかっていた、まだ頑張っている子たちは沢山いる、それでも…

これは全体的に見て"総崩れ"と言っていい状況だ


「ん、先生を守らなきゃ」

"…ありがとう、シロコ"

「気にしないで、砂嵐は一人じゃ耐えられない…私たちはよく知ってる」

シロコが"先生"の手を握る

猛烈な強風と砂塵が吹き付け、二人の視界がブラックアウトした



───小鳥遊ホシノが校舎の屋上から身を投げた直後

「きひゃああぁぁぁぁあ!雑魚はすっこんでろォォ‼︎」

「てめえら全員下がれ‼︎」

「「死ぬぞ!」

アビドス陣中央に配置された主力であるアビドス風紀委員会の撃破、或いは説得を目標に集った混成軍…その先頭に立つミレニアムの美甘ネルとトリニティの剣先ツルギが声を張り上げる

刹那、小鳥遊ホシノが校舎の外壁を蹴って飛び出す

ハヤブサのような疾さで砂丘を飛び越え、SGの連射と共にホシノがネル達に踊りかかった


「趣味の悪いタトゥーしやがって…ぶちのめしてやるよ!」

「人の顔をとやかく言わない方がいいよ〜…これからもっと酷い顔になるんだからね」

「イヒッ…へぇはぁ…!潰すゥ…!!」

口上は撃ち合い殴り合いを行いながら

砂嵐がアビドスを覆う中、最強達の戦いが始まった




一体どれほどの時間が経っただろうか

数歩先すら見えないほどの砂嵐、ガスマスクのおかげで口や目に砂が入ることは避けられたが、フィルターが目詰まりを起こしてしまうのは時間の問題だった

シッテムの箱…アロナとプラナは飛来物と暴風を防ぐために力を使い果たし、システムダウンに陥ってしまった

戦闘は続いているのだろうか、激しすぎる砂嵐は視界だけでなく聴覚もざあざあという音で塗りつぶしていて周辺の様子がわからない

横転し半分ほど砂に埋まった車輌の影で、ずっとシロコと共に耐えていた


そのシロコが、唐突に緊張の表情を浮かべた

彼女のARを持ち上げ、薬室を確認──しようとした瞬間、銃声が2回鳴り響く

"シロコ⁉︎"

「ここに居たんですね」

砂煙の向こうから、桃色の短髪とオッドアイ…そして、翼のようにも見える刺青の少女が姿を現した


"ホシノ…!シロコまで…!"

「麻酔弾ですよ、中毒になるほどの量じゃない…シロコちゃんを抱えて立ってください、来てもらいます」

実弾を装填し直したホシノがSGを構え、"先生"に倒れたシロコを抱えて歩き始めるように促す

逆転しうる可能性は潰えていた

「先生、もう奇跡は起こりません…諦めてください」


ホシノに導かれて砂嵐の中を進む…1時間以上歩いただろうか、"先生"の体力の限界が近づいたとき、ある建物に辿り着いた

"…ここは、アビドスの…"

「"私たちの"アビドス高等学校…組織の拡大に伴って本拠地としては放棄した、ただの別館です」

"…こっちだったんだね、きっと最初から……"

ホシノは答えない、代わりに校舎の扉を開き二人をその中へ迎え入れる


「ホシノ様、と……」

「んふふ、あー?…先生じゃないか!久しぶりだな、元気だったか?」

"…ミヤコ、サキ"

「私は元気だぞ!」

「そんな……嘘…」

そわそわと落ち着きがなく、やけにハイテンションなサキ…おそらく砂糖を日常的に摂取しているのだろう

ミヤコは素面のようだが、よろめいて酷い顔色で壁によりかかっている

「ミヤコちゃん、二人を地下室に連れていって…それからシロコちゃんには麻酔を打ったから必要ならそのケアもよろしくね」

短く言い渡し、ホシノは砂嵐の中へと引き返そうとして…足を止めた


「…言い忘れてた、FOX小隊はもう来ないよ、それじゃあ…先生、全部終わるまで皆と待っていてください」

今度こそ崩れ落ちてしまったミヤコを尻目に彼女は去っていく

濁りきっても決意を固めた目で砂嵐の中に歩き出した彼女はどこへ向かうのだろうか…


"先生"とシロコは対策委員会を助けることができなかった

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