太陽をいつも胸に
「ッハァッ!! ハァッ……ハァ…ハ………はぁ」
ここはどこだろう。目を覚ますと同時に飛び起き、見上げればカラフルな空、下を見てみればステージが水底に沈み、水中には無数のお菓子やおもちゃがプカプカと浮いていた。
「何が…ッ!!」
思い出そうとしてズキリと頭に痛みが走った。
釣りあげられた映像電伝虫を通じて飛ばされてきた世界。最初は夢でも見てるのかと思ったけど、違和感を覚えた私は、『おんがクイーン』と名乗って調べて回った。どうやら、ここには皆『ウタ』のライブを聞きに来たらしい。島にはそれ以外に来る人は居ないみたいだから怪しまれたけど、直前になってチケットを知り合いから押し付けられちゃったからよく分からないまま来ちゃったということで押し切った。
ライブが始まって見れば、本当にステージの上で私が歌っていた。恐らく、ウタウタの実の能力によるものであろう演出は、絶対的な能力の練度の差を感じさせた。それと同時に、私との歌唱力の差も。
「……ッ!!」
正直、悔しかった。でもそれ以上に、羨ましかった。だって言うのに、ステージ上に居る私は、海賊たちを撃退するまでは良い、だけどそれだけでは収まらず、ルフィ達にまで手を出した。やめさせなきゃ。そう思った時には、ロメ男くんとトラ男くんがルフィだけを連れて離脱していた。私も彼らに合流して『おんがクイーン』として一緒に行動した。流石に大人数が集まりそうになれば、バレるかもしれないと独自に調べてみるなんて言って単独で行動したけど。と言っても遠くからもう一人の私を観察していただけだ。そして、コビーくんがもう一人の私を説得しようとした後を思い出すと同時に、全身に寒気が走った。
「私、おもちゃにされた時のことを…思い出しちゃったのか」
観客達がぬいぐるみやお菓子に変えられていくのを見て、自分の経験がフラッシュバックして気を失ったらしい。
気を失っていた間の出来事をムジカから伝達してもらった後、フラッシュバックさせた張本人であるもう一人の私の様子を窺ってみれば、彼女は遠くで皆に囲まれていた。
「あれは…ロメ男くん?」
ロメ男くんの丸いバリアの内側から、もう一人の私はバリアを叩いている。けれど、覇気すら纏ってない素手なんかでロメ男くんのバリアが破れるわけがない。持ち前の聴覚と見聞色の覇気で分かったが、どうやらあのバリアは音を遮断しているらしい。
「これで…終わった?」
そう思う。いや、思いたい。でも、傍らにいるムジカの本体。魔王トットムジカのことを、もう一人の私が知らない訳はない。彼女がトットムジカの楽譜を持っていることは、見聞色でライブ中に私に流れてきた声で知っている。彼女の事情も。なら、ここで終わる筈がない。
「もしロメ男くんがバリアを張り続けたら、きっと……!!」
彼女は、トットムジカを解放する。
今すぐにでも向かって止めるべきだ。でも、どうやって? 今行って止められるとも思えなかったけど、そもそも、目を覚ますのも、状況を整理するのも遅かった。
「この歌は……!!」
ロメ男くんのバリアが内側から破られる。皆が吹き飛ばされ、魔王が顕現する。
「遅かった……!!」
どの攻撃も、魔王トットムジカには通らない。ウタワールドと現実。両方から同時に攻撃する方法なんて……と、そこまで考えたところで、私はあることに気付いた。
「ムジカ、今って外に出れる?」
「ム!!」
元気のいい返事と共に、私の傍らに居たムジカが首を縦に振る。私達が居れば止められる。もう一人の私を救えるかもしれない。
「ムジカ、現実世界から攻撃して。私はこっち側から攻撃するから!!」
「ム~!!」
元気よく返事をすると、ムジカは私の影の中に沈んでいった。
ムジカはルフィ達が2年間の修行をする間に、私の負の感情に触発されて顕現した私の負の感情の塊にして、魔王トットムジカの欠片のようなものだ。つまりは半ば一心同体。現実とウタワールドと存在する世界は違っても、視覚や聴覚の共有なんて朝飯前だった。
「パフォーム・リズムに乗って、同時に仕掛けるよ!!」
『ム!!』
現実世界側で私と同じ場所に現れたムジカは、私と同じ姿へと変えていく。けれど、その色は私の白の髪色以外の全ての色を反転させたような色。
「そうだ、どうせなら盗んじゃおう」
もう一人の私がライブに乱入してきた海賊を撃退した時のように、王冠を付け、手足に金の鎧を纏い、槍と盾を持つ。ムジカも私に倣って同じ装備を身に着けた。色は反転していたけれど。
私とムジカは、戦っている人達の最後方から一気に突進を仕掛けた。既に形態は一段階進んでしまっているけど、今ならまだ被害を大きくする前に止められる筈だ。
「ッ硬い……!!」
仕掛けたはいいものの、単純に火力が足りない。攻撃は通る。でも、明確にダメージと言えるほどの傷を与えられていない。火力出せる技も無くはない。けれど、それをやろうとすれば今度は同時攻撃が出来なくなる。
「どうすれば……!!」
届きそうで届かないあと一歩に歯噛みする。そんな時だった。
『「野郎共ォ!!」』
ルフィの声と、ムジカを通して聞こえてくるシャンクスの声が、同時に聞こえた。
「おんがクイーンに続けェ!!!!」
『彼女に続けェ!!!!』
涙が溢れそうになった。きっとどんな事があっても、この世界の私も、ルフィやシャンクスが居るなら大丈夫だ。彼女に生きる意志さえ芽生えさせることが出来れば。
(泣いてる場合じゃない。ムジカ、全力で行くよ!!)
『ム~!!』
攻撃が通り始める。こちらが押し始めたとは思うが、それでも叩く場所が一ヵ所ずつだ。どうにも遅い。
『影の嬢ちゃん、ちょっといいか!!』
「…ヤソップ?」
ムジカ伝いに、ウソップへの伝言を言付かる。ウソップに内容を伝えた数十秒後、ウソップの声が直接、ムジカを通してヤソップの声が聞こえてくる。これで叩ける場所が増える。押していくスピードが上がる。
「ルフィ!!」
『シャンクス!!』
最後の一撃への合図として二人の名前を叫ぶと、ルフィの姿がギア4から見たことのない真っ白な姿へ、けれど聞いたことのある心音へと変わり、シャンクスはグリフォンに炎を纏わせる。
二人の一撃はトットムジカを撃退するには十分な火力だったのは言うまでもなく、ライブに来ていた観客が、トットムジカと戦っていた海賊や海兵達が現実世界へと帰還していく。
「……あとは」
意識を現実世界のムジカの方へと変える。現実とウタワールドを繋ぐトットムジカが消えた今、こうやってムジカが現実に姿を現していられるのもそう長くはないだろう。
『イ、た……』
発声するのもやっとだ。だけど、お願い。あと少しだけでいい。私を救うだけの時間が欲しい。
「あなた…は…?」
シャンクスの腕の中で、もう一人の私はこと切れようとしている。でもそんなことさせない。今度は、私のライブに無理やりにでも付き合ってもらう。歌えて一曲。私の能力で眠らせれば、シャンクス達は私に薬を飲ませるだろう。でもそれだけじゃダメだ。逃げようとする人を現実に縛り付けてもどこかで耐えられなくなる。
『わタ詩、のウタ、をキ、け』
さっきまで共闘していたとはいえ海賊。シャンクスは警戒しているのか眉をひそめた。そんなシャンクスに私は大丈夫だからという思いを込めて微笑んだ。ムジカの表情じゃ正しくは伝わらないだろうけど。
『大丈夫! さぁ 前に進もう 太陽をいつも胸に』
歌いだしはバッチリ。歌うことさえ出来れば、あとは私の世界に引き込める。引き込みさえすれば、ムジカの体が向こうで維持できなくなって問題ない。
「……ここは、ウタワールド?」
もう一人の私が私の目の前に立つ。酷く困惑しているみたいだった。それはそうだろう。悪魔の実の性質上あり得ないんだから。でもあり得てしまったからには意味がある。私は私を救わなきゃ戻ってなんかいられない。
「あなたは誰なの…何なの!!」
「私はウタだよ」
「………は…?」
ゆっくりと変装を解く。
「きっと今頃、向こうでシャンクスはアンタに薬を飲ませてる」
それを言っただけで、表情が変わる。さっきまでの自分がもう一人いることへの驚愕なんて何処かへ行ってしまったらしい。
「………」
「そんなこと分かってるって顔だね」
「アンタは何をしに来たの」
「このまま逃げるなんて許さない。何よりも私が、ウタがルフィとシャンクスに傷を残して逃げるなんて絶対に」
「ならどうしろって言うの、どうあったって、ケジメは付けなきゃいけない。もうここまで来ちゃった。戻る事なんてできないのに!!!!」
戻ることが出来ない。最初の歌が終わった後のあいさつで流した涙。あの時は分からなかったけど、今ならその想いも涙の意味も知ってるから。
「海賊なら、やり方は一つでしょ」
ここはウタワールド。私は槍にもスタンドマイクにもなるウソップとフランキーが作ってくれた武器を取りだす。
「そ、アンタはエレジアの人達を殺すことなく、赤髪海賊団で育って海賊になった私って訳。そんな奴に……」
「私はアンタの言う通り、エレジアの人達を殺すことなんてなかった。でも赤髪海賊団じゃない」
「じゃあ一体…」
「私は、麦わらの一味の歌姫にして通信士。ウタ!!」
「………!!」
名乗りを上げた瞬間、もう一人の私の瞳が見開かれたのが分かる。けれどその動揺は一瞬で鳴りを潜め、彼女は歌いだした。曲名は確か…逆光だったか。
「さっきは引き込むだけだったけど、戦闘となれば話は別。今度はフルバージョンで行くよ!!」
指を鳴らされ、無数の音符兵が襲い掛かってくる。
「大丈夫! さぁ 前に進もう 太陽をいつも胸に
繋いだ手 伝わるPower 願いをつかまえようよ」
私の姿で、色を反転させたムジカが背中合わせに現れると、踊るようにして音符兵を蹴散らしていく。
「でっかい波に乗ろう チカラ合わせて
ときめく方へ急ごう 始まりの合図」
私達の戦闘を見て足りないと感じたのか、音符兵の数をさらに増やし、私は私を殺しにかかる。
「今こそ船出の時 錨を上げたら
七色の風を切り 冒険の海へ」
音符兵を蹴散らすたびに、ズキリ…ズキリ…と頭痛がする。もう一人の私の方を見て見れば、彼女もその頭痛を感じているのか、音符兵に私の攻撃が当たるたびに顔をしかめていた。
「傷だらけの航海だけど 大事なものがそこにある」
この頭痛の原因は分かってる。互いに互いの記憶が流れ込んでる。確かに、こんな経験をしたら逃げたくもなってしまうかもしれない。私の事だ、気持ちは分かる。でもそれでも認められない。
今まで助けてくれた分、心を、身体を解放してくれた分、それ以上にルフィの、皆の力になりたい。そんな思いから来る、この誓いの為にも。
「ピンチなら いつだって ボクが『守る』から!!!!」
更に音符兵たちは増えていく。巨大なモノや動物型のモノ、こちらはドンドン疲弊していく。当たり前だ。12年間歌えなかった私と、12年間ひたすらに歌を鍛え上げてきた私。ウタウタの実の練度が違う。だけど、彼女に出来ることなら。劣っていたとしても私にだってできるはずだ。
「大丈夫! さぁ 前に進もう 太陽をいつも胸に
嵐が来たら 肩組んで その先の希望を見よう」
私も指を鳴らす。出て来たのは不揃いな音符兵。それぞれの夢や約束を胸に、集まった仲間の面影がある、たった10人の仲間の写し絵。
「夢のカケラ 集まれば 未来に向かう航海図になる
だから同じ旗の下 願いをつかまえようよ」
盾を構えた音符兵の一人が、私の音符兵の居合に盾ごと斬り伏せられる。
手に持っていた棒を振り下ろすと同時に、大量の音符兵に雷が落ちる。
パチンコから放たれた弾が爆発を起こし、ドクロの形の煙が上がる。
地面についた手を軸に開脚しながら横回転し、周囲の音符兵が蹴り払われる。
小さい体から巨大になった音符兵が、目の前の巨大音符兵に対して、蹄を刻む。
胸の前で腕を交差させ、拳を握ると、音符兵たちが体を反り返らせる。
両腕を合わせ、両掌の孔から放たれたレーザービームが、音符兵を一掃していく。
音符兵の集団を一瞬で斬り裂き、納刀と共に傷が開いて倒れ伏していく。
放たれた正拳から、大気中の水を伝わり、音符兵へ衝撃が伝播していく。
「私に…どうしろって言うの……」
怒りの籠った呟きが聞こえた。
(親友が居て、仲間がいて、ルフィが居て…!!)
(温もりを感じられる体があって、言葉を伝えられて、歌うことが出来て…!!)
「「アンタは、私の欲しいものをずっと持ってたのに!!!!」」
どうしてこうも道は違ったのか。
痺れを切らしたもう一人の私が、遂に斬りかかってくる。音符兵の掃討にかかりっきりで、私の出した音符兵もムジカも、もう一人の私への対処なんてできない。だから、私自身の手で決着をつけるしかない。
決着と言っても間違えちゃいけない。目的は彼女を倒すことじゃない、私が彼女を羨ましいと思っている以上に、彼女が私に対して羨ましいと思わせることが出来れば、私の勝ちだ。
そこからの斬り合いはほぼ互角だった。戦闘経験があるとはいえ人形だったことから、体を動かす感覚が人よりも希薄な私と、戦闘経験がないとはいえダンスなどで体を思う通りに動かしてきた私。魔王トットムジカを纏ってしまえば押してしまえるけれど、今回だけはダメだ。今回だけは私の力で伝えないと意味がない。
「大丈夫! さぁ 前に進もう 太陽をいつも胸に
嵐が来たら 肩組んで その先の希望を見よう」
あと一歩で、届くのに。その一歩が遠い。ムジカを部分的に纏い、一か八かで大技を構える。お願い。どうか伝わって欲しい。けれど、もう一人の私は盾を構えて完全に防御する体制に入った。そこへ。
「え………」
横から伸びてきたパンチが、盾を弾く。『おれのパンチは銃のように強いんだ』って声が聞こえた気がした。
ガラ空きになった胴に、私の一番の大技を叩き込む。
「ボクらはひとつ One Piece!!」
歌い終わった直後に、私の技が当たる。いつもとは違うその技を確実なものにする為に、私は思いっきり叫んでいた。
「歌詩想送・転長ノ調!!!!」(リリックアクセント・モジュレートメイジャー!!!!)
魔王トットムジカを部分的に纏って、負の感情をインパクトダイアルの衝撃と一緒に相手にぶつける技。でも、今回だけは違った。負の感情をぶつけたって逃げを加速させるだけだ。だから私は、ムジカを部分的に纏い、ぶつける感情の操作を手伝ってもらいながら正の感情を、ルフィ達との思い出を思いっきりぶつけた。
「う…うえぇ~……」
もう一人の私は。子供のように泣きだしていた。私の方は、正の感情を思いっきり持っていかれたから少しキツい。だけど安心している自分がいる。もう大丈夫だと確信している私がいる。
「私だって…私だってルフィに…シャンクスに…助けてって言いたい……!!」
「大丈夫。まだ間に合う。アナタがどっちに言うのかは分からないけど、ルフィもシャンクスも、絶対に私を助けてくれる。アナタ自身も助けてって言えるよ。何せ『私』がそう言うんだから。間違いないって」
もう一人の私は、キョトンとした後に笑い始めた。無理して笑ってるわけでもなく、ただ純粋に私の言葉に笑ってくれた。
「『私』が言うことなら、信じないとね…」
「もう逃げない?」
私の問いに、私は小さく首を縦に振った。
「その体……」
私の体がウタウタの実を解除するときと同様に消え始める。帰らなきゃいけない。
「ここまでみたい…」
最後に、言うべきことを言っておこう。
「海賊だもん。逃げるのが悪いなんて言わない。何だったら逃げていい。でもそれは手段であって目的にしちゃ駄目だからね」
「そっちの私も。頑張ってね」
「勿論…何せ海賊だからね」
これでもう十分。心置きなく帰れる。と思っていたのに。
「ルフィを振り向かせるのは大変だろうけど」
「なッ!?」
「太陽をいつも胸に。なんでしょ?」
最後に見たのは、悪戯っぽく笑う私自身の笑顔だった。
私が目を覚ますと、そこはサニー号の医務室だった。皆心配そうな顔で覗き込んでいたけど、大丈夫大丈夫と言って起き上がった。
あれは夢だったのか、釣った映像電伝虫は結局中の映像自体が破損していて見れなかったらしい。
「どうしたウタ、大丈夫か?」
「な、なんでもない!!」
それからというもの、何となく太陽みたいな幼馴染を目で追ってしまったり、目が合ったりするたびに顔が赤くなるようになったのは秘密だ。