天邪鬼の絆

天邪鬼の絆


「随分と懐かしい顔だな」

「ふん、生憎俺は三席様とそうそう会うような席次じゃなかったんでね」

「突っかかんなよ面倒くせぇな。…昇進おめでとさん」

「べつに…。ただの繰り上げだ」



護廷において席官というのはそれだけでもう相当なエリートだが、その中でも当然格のようなものは存在する。

 隊長格と呼ばれる中でも隊長と副隊長の間には卍解という果てしなく高い壁が存在するが、ともすれば至極一部の例外を除いてそれに匹敵するほど高く感じられることもあるのが副隊長と三席の間の壁であったりする。なにしろ−−ここにいる当事者2人は知らないことではあるが−− 『一部の例外』つまり副隊長勧誘を受けたことがある綾瀬川でさえ、副隊長の檜佐木に一方的にやられるほどの実力差なのだ。綾瀬川はおそらく瑠璃色孔雀という不意打ち込みでの副隊長勧誘なのだろう。基本的に戦場では敵を倒すのだから2度同じ敵に会うことはない前提で成り立つ副隊長勧誘とも言えるかもしれない。

それはともかく、隊長と副隊長、そして副隊長と三席以下の壁なんてものは護廷の9割以上にとって無縁のものと言っていい。

だから一般的に出世を夢見る者達にとっての最大の壁は、『十席と十一席の壁』。


十一席までは複数人席があるが十席からはその席が特例を除けば1人になり、この席に上ると同時に隊内の重要議案にも本格的に関わるようになっていき、隊長はともかく各隊の実務をまとめあげる副隊長までとの関わりは格段に増える。


技術開発局はその独自性から阿近は順に席次を上げていったのではなく一気に三席に座った。だから眼の前の人物とは、こうして会うことはもう随分と減っていたのだが。


「阿散井六席が六番隊に異動だったか。……白哉さん…、っと、朽木隊長のとこだな」


もう百年も前、ほんの一時『皆が親しかった頃』の呼び名が無意識に出たのは懐かしい顔を見たからか、阿近はすぐに言い直した。

阿近は三席ということもあり副隊長連中とは今でもそれなりに交流はするが、朽木、市丸の両隊長とは流石に疎遠だ。

「……ほらよ」


彼は仮にも席次が随分下にも関わらず、ぞんざいな態度でおそらく訪問の用件である書簡をよこした。

「嬉しくなさそうだな。理由はどうでも昇進だろうが」

「……、」

「檜佐木と吉良に会う機会が増えんのが原因か?」

「……べつに」

「そうか…、まぁあそこら辺はべったりただからなァ、言っちゃなんだが東仙隊長も含めて」

伊勢は親類の京楽が庇護し、市丸と吉良は『親たち』が居なくなってから松本を含めて3人で暮らしてきてそのまま上司と部下になった。

流石に松本は十番隊として他隊にいるが、十番隊は十番隊で隊長の日番谷を見出したのはそもそも松本だとかいう、全く同じではないにせよ、片方が死神になる前からの縁で支え合っている。

そして九番隊は、九番隊隊長六車に拾われた檜佐木が、六車失踪後も後任の東仙に引き取られ手塩にかけて育てられて、今九番隊副隊長に居る。


もちろん阿近も、半ば浦原の研究を引き継ぐような側面はゼロではなく子供の頃からの流れで今ここにいるのだが、間にネムという存在が居る事によって、現隊長、涅との距離感は『一般的な』隊長、副隊長と同じだろうと思っているし、それがいいとも思っている。

とはいっても阿近は彼らに嫌悪はないし、なんやかんや時々幼馴染だった側面が顔を出してしまい、心配してしまう。

それでも、ふんっ、と鼻で嘲笑う彼の気持ちも理解できる。


「アンタは七番隊に行かなくて正解だったんだろうな」

「当たり前だ。そんな必要もない。俺にとっては瀞霊廷は、『働かなくても食わしてくれるところ』ってだけだったからな。もう家族ごっこに興味なんかねぇよ」


 流魂街で彼がどれだけ苦労してきたのかを聞いたことはない。阿近は彼と同じ子供だったし、明確に彼以上に悲惨な目にあってきた檜佐木や、そうじゃなくても子供だけで暮らしてきた市丸や松本がいたから、彼の苦労を、多分大人は解ってないわけではなかったけれど、彼は、数奇な巡り合わせで幼馴染みとなった者達の中では、吉良や七緒ほどではないが恵まれたほうだったから。


「それともお前は家族ごっこをしたがった側だったか?」


皮肉を込めて口角を上げたそれに、阿近は、いいや、と答える。

「『飯が食えるだけの場所』ってのはちょっと違うが俺も元々は独りだ。独りじゃなかったあの数年のほうが俺にとっちゃ異質だったんだろうよ」

くっ、と喉を鳴らして阿近もわらってみせる。


 泣いていても誰も助けてくれないのは『僕たち』にとっては当たり前だったはずなのに、どうして檜佐木はそれを忘れてあの日からずっと泣き続けたのだろう?


「変わってねぇな、お前も…」

 目の前の幼馴染みがいっそ愉しげに言った。

だから最初に会うのはお前にしたんだ、と言葉は続いて。 

「俺はこれからどんどん性格悪くなるからよ」

「……元々性格悪ぃだろうが。泣き虫の修兵(ガキ)虐めてたくせに今更だろ」

阿近はそれを軽く流してもう一度微笑った―――。



§§§§§§


―――― 三隊長の謀反と多くの隊長格の負傷により混乱を極めた瀞霊廷も、元隊長三名の復帰と負傷した隊長格の主だったところが復帰を果たし、ある程度は落ち着いた。 それでも五番隊、九番隊の副隊長二名の復帰だけは遅れており、その分の余波がないわけではない。

特に九番隊は副隊長自身も実は謀反に加担したのではないかとの裁判が先日終わったばかりで、その裁判後まもなく、心身のバランスを著しく崩しているらしい。

らしい、というのは彼は、檜佐木がそうなった瞬間を見ていないからだ。現世に行っていたから。


「お疲れさん」

「……なんのようですかね阿近三席。」 

「書簡を持ってきたんだよ。通常なら五席レベルのモンだが今は綾瀬川は七番隊のフォローだろ」

「ああ、そういうことか」


 今は各隊余裕があるところが五番隊と九番隊のフォローにまわり、その分、自隊管轄の書類は席次が低いものでもそれなりに処理してよいと緊急措置として通達されている。

「にしても面倒くせぇな。綾瀬川が七番隊のフォローしてその分七番隊が九番隊のフォローに入るってか。随分回りくどい」


 直接綾瀬川が九番隊のフォローに回ればいいものをと言いたいのだろうが、人にも物にも相性はあり、狛村ほど親身に九番隊をフォローしてくれる者はいないから、そういうことになっているのだろう

とくに今の九番隊隊士は神経が立っている。たとえたとえ綾瀬川が軽口のつもりで前隊長の東仙のことは元より檜佐木や六車を悪く言えばいらぬ火種になりかねない。


「……お前ほんと、十一番隊向きだったんだな…」

「だからここに入ったんだよ」

 元より九番隊と十一番隊は仲が良くないとされてきた。 だからここに入った、という彼を阿近は責める気もない。


「まあ誰かさんも2ヶ月なんて長期休暇取ったんだしたまには檜佐木も長期休暇くらいはいいんじゃねぇか。…俺には休みなんかくれねぇんだけどな護廷」

にやりと笑ってみると、相手はうるせぇ、と目を逸らした。


「で?今度の匿名の贈り物は何にするんだ?」

「なんのことだよ」

「何のことだろうな?」

「……そういや俺も耳に挟んだが、檜佐木副隊長の腕や首の飾りは爆弾だそうで。多分戦いで敵の目を暗ますための手段として誰かが檜佐木副隊長のために作ったとしか思えないんですが、制作者は随分過保護だな」

「そうか?爆弾身につけさせるののどこが過保護なんだか。ソイツ結構スパルタだと思うぞ。少なくとも本当の過保護な九番隊隊長や吉良副隊長に比べたらな」


「そんなもん比較になるかよ。九番隊隊長はあれでも過保護と思ってねぇんだろうよ」 

「たしかにそれに比べたら匿名希望者達のすることなんざ大したことねぇな。匿名希望で物贈りつけたり、爆弾身に付けさせるなんてむしろ嫌がらせの粋かもな」

 本当におかしくなって阿近は声を出して笑った。


変わってないな、と思ったのだ。

 多少態度が軟化しても絶対に修兵のためだとか言わないところになぜが阿近は安心した。

図体は大きくなっても修兵が泣き虫なのと同じだ。丸っきり別人になられると恐ろしい。


事件後、1度だけ阿近に会いに来た浦原が、腹が立つくらい変わってなかったことに堪らなく安堵したのもほんの数ヶ月前だったなとそんなことを思い出した―――




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