天辺とサンドイッチ

天辺とサンドイッチ



「では、こちらで少しだけ待っていて欲しい…サンドイッチ程度なら出来るだろう」

「ありがとうなおっさん!!」

「ありがとう、ゴードン」


皆が眠っていた部屋で騒いだり食べたりは良くないと思い、普段食事をしているホールに着くと、ゴードンはそっとキッチンへ向かっていった。

部屋にいるのはルフィと自分だけ。

椅子に座って、少し足をプラプラと弄ぶ。昔は、この椅子に座ると床に足がつかなくてもっと楽に出来たが、背が伸びた今では普通に床につくし、お行儀も悪いので、ほんの少し、気まずさを紛らわせる程度にしていた。


「なあ、ウタ」


しかし自分が話しかけなくとも関係なく、ルフィはウタに話しかけてくる。拒否する理由も無いので、応えた。


「なあに?」

「傷、痛くねェか?」

「…大丈夫、むしろ言われるまで怪我してたの忘れるくらいだったよ。いいお医者さんだね、チョッパー君」

「おう、おれの仲間は皆自慢の仲間だ」


こんな会話、前にもしたな。でもする度にルフィが本当に仲間が大好きなんだなと分かるからウタも嫌ではない。


「何度も言うけど、アンタが好きな事やれてるみたいで…よかった」

「ありがとう」


寝起きの影響がまだあるのか、話しているのに何処かぼんやりと他人事で話している気になっている自分がいる事をウタは知覚していた。

彼との会話をしている間にも、余計な思考が脳内に居座って晴れやしないのだ。

これからも彼が、沢山の人達と良い思い出を作って仲間と楽しく冒険を続けられればと心から願うことは出来る。でも、ルフィが出ていったら…自分はまた一人だ。厳密にはゴードンもいる。でもゴードンが自分をどう思ってるかはあの真実を知った日に分からなくなった。


「私なんて歌う事好きだったのにコレだしさ…ファンの皆、心配してるんだろうな」

「まあ実際ウソップとかが気になってたからおれもウタが歌手になったって知ったからなァ…でも無理する事ないだろ」

「そうかな」

「したくない、出来ないってのをやっても楽しくないだろ。お前が楽しく歌えなきゃ意味ないはずだ」


信じきれなかった事への後悔でこうなっているのに、また自分は12年育ててくれた育ての親を疑っている。

唐突に、けれど無性にこの世界から消えたくなる。この身の内がグジュグジュと腐って蛆でもわく様な己への嫌悪を綺麗さっぱり消せる方法なんか無い。死んでも償い切れるか分からない。

これから先どう苦しもうと、夢の中で言われた様に、一人で地獄に堕ちたって…


「でも、私の歌が無いと辛いって人もたくさんいるのに…私だけ」


私は国を一夜で滅ぼした極悪人だ。


「違うぞ」

「え?」


別にルフィはウタの思考を読んだ訳でも無い。それまでの会話で、自分の意見を主張しただけだ。だがなんとなく…一瞬でも、自分の肩に乗る過去の十字架が少し軽くなった錯覚が起きた。


「辛い奴らをウタは助けて来たんだろ、今はウタが辛い番が来てるだけだ」

「私の、番…」

「辛いことは良い事してても悪い事してても関係なくくるからな……ウタのファンにはウタがいたけど、お前はおっさんしかいなかったんだろ」

「………」

「それでウタからしたら、おっさんは優しくても頼るは違うんだろ?」


なんでだ。昔はデリカシーの欠片もなくて自分の方が教えてばかりだったのに…なんでそんなに分かってる様に言える

なんで、なんでルフィはそんなに大人になれたんだ。自分は止まって泣くしか出来ないのに…あの頃のままなのに


「お前はおれ達が来るまで持ち堪えてくれたんだ。頑張ったな…ウタ」


やめて、優しくしないで

違う、動けなかっただけなの


「だから頼れよ。おれ達友達だろ」


そうだよ友達

12年間ですっかり変わった貴方と、何もかもが無駄だった私は…確かに友達だった

だけど私は…誰かに頼って救われて良い人間なんかじゃない……許されて幸せに生きていっていいやつじゃない


「何も出来ないなんて嫌だ。やっと会えたのにこのままお前が元気になれないまま、またお別れすんのも絶対に嫌だ」


だからお願い、やめて、諦めて、帰って

優しくしないで、寄り添わないで

笑顔を向けないで、手を差し伸べないで


「頼む、ウタ…!!おれ…」


それ以上何か言われたら、酷い事を言ってしまいそう。そう思った時、部屋のノックはある種救いに感じた。


「すまない…何か大事な事を話していたかい?」

「…ううん、ルフィにあんまり無理するなって言われただけ。軽食、ありがとうね…ゴードン」


さっさと引き上げてしまおう。また逃げなのは分かっている。事態を停滞させている悪手でしかない事も

でも、私には、こういう関わり方しかもう出来ないから


「…おっさん、それ貰って行くな!!ウタも借りる!!」

「え、ルフィ何を…きゃあ!?」

「ル、ルフィ君!?ウタ!?」


奪う様に、ゴードンの手からサンドイッチの籠を取り、それとウタを抱えてルフィは走り出した。少し廊下を走って、その窓をから顔を出す。


「よし。ウタ、しっかり掴まれよ〜」

「ねえ何する気…ちょっとまさか…!?」


窓枠に足をかけるルフィに、嫌な察しをしてしまい制止しようとするが


「よいしょ」

「きゃぁああああああ!!!!?」


飛んだ、飛びやがったこの男。ここはウタワールドではなく現実だ。当然ながらウタに羽はないし空飛ぶ音符の乗り物もない。重力に従いものは須く落ちる。そしてこの高さから人が落ちたら普通は助からない。

先程は世界から消えたいなんて言ったが、こんな唐突にアホみたいな消え方はちょっと嫌すぎる。

ルフィの言葉関係なく彼にしっかりと捕まって叫んでしまう。


「だいじょーぶだって、おれを信じろ」

「うえ、ぁ、にゃぁぁああああ!!?」


そうしてルフィが今度は上に手を伸ばして一瞬落下が止まったと思うと、今度は上へと急上昇した。

何が大丈夫なんだ。お願いだから教えて欲しい。信頼はあるけどそういう事をし続けると人は信用を失うんだとこの歳下の幼馴染に説教してやりたい気持ちも絶叫にのまれているうちに、ルフィに抱えられたままどこかに着地した。


「着いたぞー」

「つ、着いたぞじゃないわよこのバカ!!殺す気か!!!」

「ニシシ、でも無事だったろ?…うん、サンドイッチも大丈夫そうだ」

「無事っていうのは何事も無いって事で絶対急に窓から落ちて急降下と急上昇を味わう事を言うんじゃないわよ!!絶対ナミに言ってやるからね!!?」

「そ、そんな怒るなよォ…ごめんって」


しゅんとしたルフィに、思わず「う…」と声が出る。フーシャ村でも然り過ぎるとこういう態度になって逆にこっちが悪い事をした気になるのが不思議だった。

ついそれを思い出してしまって怒りの勢いが削がれたウタは一度溜め息を吐いてから次は事前にちゃんと何をしたいか言って欲しいとお願いした。


「ていうか…本当ここ…え、どこ?」


久しぶりに大声で怒鳴った喉を念の為さすりつつ周りを見ると、不思議なことに12年生きてたエレジアでも見たことがない光景だった。

周りに高い建物も無い。おかしい…一番高いエレジアの城も見えないなんて…と考えて、やっと気付いた。


「ここ、お城のてっぺん?」

「良い景色での飯は美味いからな!!見張りもしなきゃだしよ」


そういえばルフィが起きたのは見張りの交代だったと思い出す。

此処には此処を登る梯子も無いし近くの窓からだって此処に登るのは無理だ。ウタワールドだとそもそも飛べるし、欲しいものは取れるからわざわざ登るという考えもなかった…だから、此処に来たことはない。


「此処からみると…エレジアってこう見えるんだ」

「なんだ、まだウタの知らない景色だったか?」

「うん…そうだね」

「あはは!ならよかった。もいっこステージ見つけれたな!!もうけもうけっ」


そう笑いながら、とっとと籠からサンドイッチを取り出して食べている。

とうに怒る気も、先程までの鬱々とした気も失せた。諦めて自分も食べるか…とルフィの隣に座る。


12年で初めて見つけた場所から12年ぶりに友達と食べる、食べ慣れた味のサンドイッチは…美味しくないわけもなく、少し無言で二人で食べ進めた。

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