天賦の才と君臨する暴君
喧嘩の発端はいつも下らないものだ。今まさに目の前で起きている金猫と黒犬の喧嘩もまさしくそうだなと、シドは呟く。
彼はいつも通りにあまり余る身体能力で蹂躙するデルタと多彩な手段だが詰めが甘いゼータの戦いを見ながら、アジの開きを焼いている。
そこまではいつもと変わらない内容だったが、変化したのはゼータの攻撃がデルタにクリーンヒットしてからだった。
(あーあ、デルタまたキレるぞ〜おっかないから避難避難)
本気でキレた時にだけ使う巨大な剣、鉄塊の範囲外に逃げようと焼き魚を持ったシドだったが、思わずその足を止めた。
そして、それは戦っていたゼータも同じ。
「………え?」
「は?」
デルタが、構えた。
剣術のけの字も覚えられなかったデルタが右手を前に左手を添えるという………荒削りながらも武術の構えを。
(アレって、昔戯れに見せた僕の構えに似てるような………でも、え? いやいやまさか、デルタが独学で武術なんて)
「もう怒ったのです。赤いのと約束してましたが、知らないのです!」
(え、まさか、アイリス王女? デルタに武術教えられたの!? え、何それ、怖い)
「構えだけは一丁前だね。でも見掛け倒しだろ!!」
血で出来た数枚の刃、それを囮に肉薄。ゼータは真正面からデルタに近接戦を挑む気が見て取れた。
(貰った! 脇腹、入る!)
(やっぱり、かっこいいから覚えただけっぽいなアレ)
シドから見ても完璧な一撃。ゼータの拳がデルタの脇腹へ入り──すり抜けた。
「「は?」」
「どうしたです、雌猫? デルタはこっちなのです!」
シドとゼータの間が抜けた声に重なるように背後からデルタの拳が振り向きざまのゼータの腹を撃ち抜いた。
いつの間に回り込んでいたかなど、ゼータには分かりようがない。シドですら、そのかわし方に覚えがあったからわかっただけで。
(アレって、アイリス王女の無行じゃないか………え、ええ? デルタ、あのわけわからない歩法覚えたわけ?)
ベータから話は聞いていたが、まさかここまで形に………というかデルタが武術で戦っている、その事に彼は口が塞がらない。
(いやいやいや、僕でも諦めたのに、どうしたらアイリス王女はデルタに武術を………というか不味くない?)
そして、気付く。術理を覚えてないデルタでも七陰内で強さは数えた方が早かったのに、技術を身につけ、それに裏打ちされた暴力を振るうなら、
「七陰最強になるんじゃ………」
「それは、聞き捨てならないかな。主」
吹き飛ばされていたゼータが復帰する、尋常じゃない威力だったはずだが、彼女に大きな外傷はない。
「まさか、馬鹿犬相手に切り札1つ目使わされるとは思わなかった………だから、こっちも本気だ」
ゼータの体から蒸気が上がる。紅葉のような赤色に鼻に付く鉄の匂い、獣人でもないシドですら気付く………血の匂いだ。
(血を魔力で燃やして純粋な身体能力の向上かな? それに爪や足を血で固めてる………吸血鬼でも見た事ない戦い方だ。デルタの一撃もあれで防いだのかな?)
「切り札3つ考える時に、普段使いできるようなものが良かった。なら、私は自分の忌むべき血を武器にして、敵を倒す。そう決めたんだ」
「御託はいいからさっさと来るです。ボスの強さと赤いのの強さ、それを扱うデルタが1番つよいのです!」
(でも、何となくわかった。これ、ここで止めないと後が不味い)
普段なら、ゼータが飽きるか何かで終わるのを待つが、これだけ強くなった2人では学園破壊しても終わらない可能性がある。
学生という身分を失うのは、非常に不味い。陰の実力者は日常に潜んでこそなのだから。
(ここで実力者っぽくするなら………!)
そして、シャドウは両者激突の間に体を滑らせ、互いの腕を止めて、流された衝撃は発勁の要領で大地に。
「遊びは終わりだ」
最も流した衝撃によって、地面が陥没したがシドは無視した。それよりもロールプレイの方が大事なのだから。
「見違えたな、2人共。それでこそ、我が配下に相応しい」
「──! ふふん! デルタは常に成長しているのです!」
「っ!! ま、まだまだ精進します!」
「ならば結構。今日のところは引くがいい。努力を忘れるな。そうすれば、我が頂にいつかたどり着くだろう」
だからこそ気付かない。デルタが無邪気に喜ぶ中で、跪くゼータが泣き笑うように穏やかな涙を流していた事など。
彼はまだ知る由もない。