天秤と信念と〜そして父になる〜

天秤と信念と〜そして父になる〜




「必ず、旦那さんの無念を晴らしましょう」

「ありがとうございます…!斉藤先生…!!先生だけが私達家族の最後の希望なんです…!」

ーーー天秤はブレない。ブレてはならない。弱者、強者、善人、悪人、老人、若者、子ども、女、男…

平等を保たねばならない。

それが司法の世界で生きる者の鉄則。

「あなたを弁護する訳ですが前科六犯。全て子ども、女性、老人を狙った犯罪か。暴行2回、窃盗3回、強盗1回…それに加えて恋人の子どもを虐待…何故、そんなことを?」

「やりたいようにやりたい。うるさいから。黙らしたいだけ。それの何が悪い?」

「…実刑は免れない。それだけは最初に言っておく。」

「ハァ⁉︎ふざけんな!クソ弁護士!!無罪にするのがおまえの仕事だろうが!」

「勘違いするな。弁護士は罪の量刑を偏らないようにするものだ。罪には罰を。

…僕は性善説論者だ。償いに相応しい刑罰を与えてやる。覚悟しろ

弱者を食い物にしてきた罪を贖う時だ」

僕はどんな人間にも罪を贖いやり直す機会があると信じている。

死を持って償うしかないとしてもそれは死こそが償いであり、やり直しだ。

「硝太くんさ、君弁護士じゃなくて検察官になるべきだったと僕は思うわけよ。

君は凄い努力家だし正義感も強い。今からでも検察官目指すべきだと僕は思うね」

いつだったか、司法修習生で勉強させていただいていた弁護士事務所の先生にはっきり言われた。ロースクールの仲間にも同じことを言われ続けていたことだった。

「…そんなに向いていませんか?弁護士」

「ああ。向いてないね。

君は優しく、正しくあろうとしている。

だけど僕たちは常に正しい人の味方になる訳じゃない。邪悪な人間の弁護をしないといけない。

君の在り方がこれから何度も問われるよ。

ま、だからこそ君に僕みたいな弁護士を先生方が紹介したんだろうね…

依頼人のためなら黒を白にする、そんな僕をさ」

先生はそう言いながらも僕に丁寧に指導してくれた。

「…向いてはいないけど君は間違いなく弱者、苦しめられている人の光になるだろう。

僕は君が壊れて粉々になるまでそんな人達の光になってくれることを望んでいるよ、斉藤くん。天秤であってくれ。正義を示す天秤に」

司法修習、最後の日に秘書の方が作ってくださった料理を食べながら先生はエールを送ってくれた。

そこからは色々様々な事件や訴訟を担当して勝ったり、負けたり、罵られたり、恨まれたり、喜ばれたり、泣かれたり、感謝を伝えられたり…喜怒哀楽。

全て味わい、感じてきた。

悩み苦しみ、やり甲斐も感じてきた。

だが、それでも心が軋む時がある。

自分は正しいのか?

助けになっているのか?

と。

その度に恋人のみなみさんが慰めてくれ た。彼女は一人悩む僕に気づくと後ろから抱きしめてくれた。

「硝太くん辛くて苦しい時はウチがおる。だから甘えてくれてええんよ?」

「いつも甘えてばっかりだ…僕は。ごめん。逆に君が甘えられるような男になりたい…」

「ウチは甘えてくれる人の方が好きやなぁ 

その方がウチに夢中になってくれてる気がするし…あと、ベッド、行かへん?」

「…鳴いても止めないよ?」

「いっぱい、うちを鳴かして?」

苦しみ悩むたびに彼女に溺れた。

溺れて溶けて重なって…送り出してもらった。

そしてある日みなみから伝えられた。

僕は父になった。

「…お父さん、になってしまった…

出世の見込みが無い弁護士なのにやってしまった…」

「まあ、うち稼ぐし気にせーへんで良いんやで?良くも悪くも安定しとるし」

「でも先は不透明だ。

…僕がたくさん稼げるようにならないと」

やはりそのためには仕事は選ばないといけないし、信条を蔑ろにしないといけないかもーーー

「だからって、硝太くんが今まで大事にしてきた信念を曲げるんやったらうちは許さへんよ。

困ってる人、苦しんでいる人、助けを聞いてもらえない人のために戦うんが硝太くんやろ?うちの旦那さんはカッコいいんや、お父さんはヒーローなんや、て言いたいもん…ずっと貫いてきた信念は最期まで貫かなあかんよ

けど無理もして欲し無いなぁ…せや!無理しそうな時はうちとお腹の子のこと思い浮かべて?

そないしたら止まるよね」

これからのために信念を捨てるべきか?鎌首をもたげた問い掛けはみなみに否定された。

ーーー自慢出来るような父親か。考えたことなかったな。

僕には父がいない。いるにはいるが、父として認めていない。

だからか、父になるということが不安でたまらないし分からない。


(この信念…天秤を保ち続ければ僕は生まれてくる子の父親に相応しい人間になれるのかな?)

せめて恥ずかしくない大人で、  

幼い時にして欲しかったことを出来るような父親であろう。

そう決意した。



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