天使なんかじゃない
「もーらい!」
「白!テメェなっ!」
断りもなく白の口に消えていった菓子そのものに未練があったわけではない。一応人数合計用意される菓子を白が勝手に食べることなど日常茶飯事、それに反射的に怒鳴るのも同じで深い意味はない。だが今回はつい最近になって時々執務室に来るようになった修兵が膝の上でビクリッと小さな体を跳ねさせた。
理由は解っていた。時折夢で魘されて泣いている。その度にその小さな身体を抱いて眠ることしかできていない。
「ごめんなさい、しゅう、わるいこなの」
ポツリと小さな言葉が零れた。
白は首を傾げたが余計な言葉は挟まなかった。修兵の瞳に涙がいっぱい貯まるのを拭ってやるけれど笑顔は戻らない。
胸は痛むがこればかりはどう慰めていいのか一瞬、迷う。
「誰もそんなこと思わねぇよ」
「ちょーだいっていわずに、とったの…」
「いいんだよ、大丈夫だ」
「しゅうがおなかすくと、とらにぃがとってくれたけどしゅうがわるいんだよ」
修がお腹空くと虎にいが盗ってくれたけど修が悪いんだよ……
そう、これは罪の告白だ。
生きるために罪を犯さざるをえなかった幼き者達の。
「大丈夫だ、修兵、俺は最初から知ってる。知っててお前の傍に居るんだ」
盗むことは罪である。
罪ではないと言ってしまえば秩序は崩壊する。けれどならば、初めから秩序など無いような環境にしか居られなかった幼子はどうすればよかった?
罪を犯さなければ生きられないなら死を選ぶ、そんな選択をする以外に、天使でいる術はない。
小さな掌は罪に汚れ、その罪故に責められ時には暴力を受け心身に傷を負いながらその汚れた手で必死に生きて、今、拳西の膝の上にいる。
「お前も、お前の兄貴分もどっちも悪くねぇよ。よく頑張って、生きたな」
正しい道かと問われれば疑問符はつくのだろう。
それでも……
「けんせぇ…」
「大丈夫だ。もし誰かがお前やお前の兄貴分達を責めたら、皆で一緒に謝ってやるから。」
「みんな?」
「そーだよー、拳西でしょ、白でしょ、九番隊のみんなでしょ、真子たちも絶対味方だし!いーーっぱい修ちゃんの味方いるんだよー!」
全てを理解した白が明るい声で言った。
「しゅうのこと、きらいにならない?」
「なるわけないだろ。頑張って生きて、俺達と出会ってくれてありがとうな、修兵」
んっ、と小さく漏らして修兵は拳西の胸に顔を埋めた。泣いているのが解ったが何も言わずに背を撫でる。
小さな手は出逢った時から汚れていた。解っていて取った手だ。
元より俺達は死神。
天使などと言われるほど清らかな存在ではない。
けれどそれでもかまいやしない。
「修兵はいい子だな……。」
天使に充たない良い子を、そういう者達を護るためにいるのだと、腕の中の幼い温もりが改めて教えた―――。