天はまだ高い
クラブ=馬主、チーム=調教師、トレーナー=鞍上と思ってください。
🌏「………」
今、私がいるのは東京競バ場。ここにいるのは走るためじゃない(本当なら走っていたんだけどね)。
🌹「___今日走るわけでもないのに緊張してない?」
ツン、と頬を軽く突かれる感覚。細い人差し指で、ローズは私の頬を突いて微笑んだ。試しに自分でも頬を軽く触ってみると、心なしか固まっている気がする。
%「本当ならアースちゃんも走ってたもんねぇ〜それに、レースは見ているだけでもドキドキしちゃうから」
ローズの向こう側から、今度はナミュールがおっとりとした話し方で答えた。
🌏(………そうなんだよね)
本来なら、私もこのターフの上に今頃いた。レース5日前、右脚になんとなく違和感を感じてトレーナーに相談してみた。結果、出走取り消し。その日は自分があまりにも情けなくて、行き場のない怒りをただただ涙で溶かすしかなかった。
それに、今日のレースはどうしても出走したかった。
🌏(大阪杯で届かなかったジャックドール先輩、春の天皇賞を勝って宝塚記念も好走したパレスくん、どんなレースでも好走しちゃうベルーガくん………)
他にも多くの強者がいた。そして何より、
______『現役最強』のイクイノックス、『世代最強』のドウデュース!
女子1人だけどそんなの知らない。こんなに強い相手と戦えるんだってことが楽しみで仕方なかった。
それなのに。
グッ、と静かに拳を握り締める。すると、
「______あれ?女子も皆来てるじゃん!」
少し遠くから、よく通る明るい声が聞こえた。
🌹「あっ、ジオグリフじゃん!…って、ビクターもセリフォスも………男子皆いない?」
🖼️「だって今日のレース、オレらの同期いっぱい出るじゃん!そりゃあ応援するしかないっしょ!!」
「おー!!」と、威勢の良い掛け声が返ってきた。うーん、むさ苦しい。
✌️「今日の秋天はパレスの春秋天皇賞制覇がかかってるからなー」
英雄「僕たちを倒したパレスには是非とも勝って最敬礼をしてほしいね!」
🖼️「いやいやいや!やっぱりここはイクイ!現役最強だぜ?」
🏝️「でも、ここで何かしでかしてくれそうなのはガイアだろ!」
🦂「………俺はベルーガを応援する。同じクラブの誼みだ」
🏹「え〜じゃあスコーピオンが応援するならボクもベルーガ応援しちゃおっかなぁ」
🐱「僕のトレーナーさんはハダル先輩を応援してるって(コソッ)」
🌹「え〜でもアタシはジャック先パイ推し!もうマジでイケメンすぎる〜…♡」
♌️「おい、裏切り者いねぇか?←」
才能「______でもさ、やっぱり1番は」
瞬間、大歓声が上がった。
「______俺たちの『エース』の復帰だよな!!」
ターフ上に現れた強者たち。その中にたしかにいる。
🌏「______ドウデュース」
本来なら、ドバイで素晴らしい走りを見せるはずだった。でも、現地の医師からストップをかけられて急遽出走取り消しになったらしい。
🌏(………ウマッター上で話題になってたな)
極限まで鍛え上げられた体、夜のドバイでライトアップされたその筋肉は、もはや芸術だった。「もしも出走できていれば」と惜しむ人が続出するのも仕方がないくらいに。
🎾『______え?悔しくないのって?』
ドバイから帰国後、なんとなく聞いてみたことがある。
🌏『うん。だって凄く仕上げてたじゃない?それに、「ベルと同じレースだ〜」って舞い上がっていたところ見たよ?』
🎾『えー!そんなところ見られちゃったの!?恥ずかしい〜』
きゃっきゃっ、と1人勝手に盛り上がるドウデュース。数秒の沈黙の後、そっと口を開いた。
🎾『………まったく悔しくないわけじゃないよ。半年ぶりのGⅠ、それも海外。凄く楽しみにしてた。でもさ、ボクのせいで出れないんだ〜って分かって、なのにトレーナーさんとか誰もボクのこと責めなくて。『レースに出れない』悔しさより『周りの人に迷惑かけちゃった』って悲しみの方が大きくなっちゃった』
いつもよりぽつり、ぽつりと言葉を探すようにしながら言う。
🎾『それにね、後で知ったんだけどさ、ベルとかセリフォスとか、あとイクイも凄く悔しがってたんだって。ボクが出走できなくなっちゃって。それ知っちゃってまた「あー…」って、思っちゃったんだ』
______数ヶ月前の会話をぼんやりと思い出しながら、ゲート入りする彼らを眺める。
ふと、ナミュールが呟いた。
%「………あれ?なんかドウデュースくん様子変じゃない?」
一斉に皆がドウデュースの方を見る。一見、特に問題はないように思えた………のも束の間。
🖼️「…どうせ隣にベルーガがいるから気が抜けてるんじゃね?」
✌️「それか久しぶりのレースで落ち着かないとか?」
🏹「あーそれありそう!ドウデュースめっちゃ気合い入ってたもん!」
各々が推測を飛ばし合う中、誰かの声が聞こえた。
「______なあなあ、聞いたか!?ドウデュースのトレーナー、足怪我したらしいぜ!」
🌏「______え、」
ヒソヒソ声ではあったけど、私たちのウマミミにはしっかり届いた会話。先程までの和気藹々とした雰囲気は一転し、ガラスにヒビが入ったように、空気は一気に冷たくなる。
「………それマジ?」
「ああ。俺ちょうどその瞬間見ちゃったんだけどさ、結構ヤバそうかも。本人は「折れてはない」って言ってたけど、歩けてなかったんだよな」
「ヤバ…これはドウデュースのメンタルヤバくないか?久々のレース、それもイクイノックス相手、おまけに天覧競バだろ?俺なら絶対無理」
「なんというか………ドウデュースもつくづくツいてないなあ」
もう一度、ドウデュースの方を見た。
一見いつもと変わりないように見えたが、よく見ると表情が硬い。脚取りもどこか重く、万全の状態ではなさそうだった。
🐱「うわ〜ドウデュースくん大丈夫かなぁ………?」
オニャンコポンは、心配そうにドウデュースを見つめていた。
才能「………なんか俺も緊張してきた」
その心配は、少しずつ感染していく。
そして、
一瞬の沈黙を切り裂くように、ファンファーレが鳴り響いた。
🖼️「………たしかに、今日のドウデュースは完璧じゃないかもしれない」
ジオグリフが呟く。
🖼️「でも、確信があるわけじゃないけどさ、ドウデュースなら大丈夫だってオレは信じてる」
そう自分に言い聞かせるようにして、ターフを真っ直ぐ見つめた。
____________スタートの合図が鳴り響く。
✌️「スタート!って、パレスアイツ出遅れたな?」
🏝️「おー、ガイア前いくじゃん」
♌️「ドウデュース前すぎねぇ?」
🌹「あっ、ジャック先パイ先頭だ!」
🖼️「イクイ3番手!?前じゃん!!」
🦂「ベルーガは………まあいつも通りか」
最初のコーナーを周った頃には、ある程度形がまとまってきた。
%「わ〜ドウデュースくん、イクイくんをがっつりマークしてるねぇ」
ナミュールが言うように、3番手につけたイクイノックスの後ろ、ヒシイグアス先輩とノースブリッジ先輩の間に、ドウデュースはいた。
🏹「………でも、ドウデュースなんか掛かってない?」
英雄「ま、まあ久しぶりのレースだししょうがないっしょ!」
🐱「そろそろ前半のタイムが出るけど………えっ!!??」
前半1000mのタイムが出た瞬間、競バ場全体がざわついた。
____________『57.7』
去年と比べるとほんの少しだけ遅い。でも、去年はパンサラッサ先輩が大逃げをしたが故のタイム。今回の逃げはジャック先輩。タイムは大逃げのはずなのに、2、3馬身後ろにはガイア、そのさらに3、4馬身後ろにはイクイノックスが着いてきていた。
✌️「…おいおい、アイツらペース分かってんのかよ?」
才能「イクイノックスはともかく、ガイアとかスタミナ保つのか?」
♌️「てか、ドウデュースもヤバくね?アイツ掛かってるっぽいし」
🌹「ジャック先パイ〜………速いのカッコイイけど垂れないかなぁ?」
英雄「これ、パレスみたいに後ろいた方が良かったんじゃない?」
%「え〜でも後ろすぎたら届かないよ?」
🖼️「…いくらイクイでも、さすがに大丈夫かなぁ?」
予想以上のハイペース、そしてそれに着いていく皆。色んな不安を抱え、最後の直線だ。
府中の直線、現役最強バが唯一勝ち越せていないライバル。
きっと誰もが、互いの末脚勝負を待ち望んでいた。
🌹「あ〜ジャック先パイが………」
✌️「おいおいガイアが先頭じゃね!?」
🖼️「あっ!イクイが先頭になった!」
才能「よしドウデュース!お前も続け!」
競バ場全体が、ドウデュースの末脚を期待する。
なのに、
🏝️「………ドウデュース来なくね?」
イクイノックスは、どんどん後続を突き放していった。
ドウデュースの脚は、
伸びない、伸びない、伸びない_________
🦂「…ベルーガにも抜かされるぞ」
🏹「あっ…ベルーガにも、パレスくんにも、プログノーシス先パイにも………」
脚は伸びるどころか、垂れる一方だった。後方にいた彼らが目一杯末脚を伸ばしても、イクイノックスはもう遥か彼方。
🌏「_________『天賦の才』」
そう、表現するしかなかった。
ハイペースのレース、前目につけたにも拘らず、崩れるどころか上がり3位の脚を繰り出してイクイノックスは勝利した。
🖼️「………つよ」
呆然と、呟くことしかできない。
%「………このレース連覇したのって、シンボリクリスエスさんとアーモンドアイさんしかいないんだって」
🌹「何それ、ヤバ………」
呆気に取られる私たちを尻目に、観客たちは歓喜のような、驚きのような、恐怖のような声を上げた。皆の視線の先は掲示板。つられて私たちも視線を移す。
____________『1.55.2』
『レコード』の赤い文字が見えた。
🏝️「………は?いやいや嘘だろ?」
才能「待って待って、前のレコードってどのくらいだっけ?」
🐱「えーっとえっと………『1.56.1』!?」
約1秒ものレコード更新。
✌️「………怖〜」
%「………わたしも今調べたんだけどさ、このタイム、『ワールドレコード』なんだって」
ナミュールが差し出したスマホの画面、芝2000mの世界レコードは『1.55.4』だった。
🏹「………あ、イクイ出てきた」
ウイニングランを終え、イクイノックスはターフの真ん中______天皇皇后陛下の正面に立つ。そして、少しぎこちないながらも最敬礼をした。
まるで、スクリーン越しに見る映像のように、幻みたいな、どこかふわふわしたような気分だった。
🖼️「………なんか、同じチームのはずなのに」
______『イクイが遠くに行っちゃったみたい』
割れんばかりの拍手と歓声の中、小さく呟くのが聞こえた。
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