大海原の中心で愛を叫ぶ
33もとい43「「ああ、そうだ。
本当は二人で逃げる筈だった!! おれはあの人から「命」も「心」ももらった!!! 大恩人だ!!!
だから、彼に代わって、ドフラミンゴを討つ為だけに生きてきた!!!!」」
肩で息をしながら、そう言い切った青年を前にして、かつて智将とまで謳われた老爺の頭脳は目まぐるしく回転していた。内容はこうだ。果たして、この青年ーー大海賊・トラファルガー・ロー相手に、愛息子たるロシナンテの生存を明らかにするのか否か。
ーー本当は、伝えてやるべきなのだろう。
ドフラミンゴという強敵を見事に打ち倒してのけた青年の、13年にも渡る忍耐の日々の報いとして。しかし、センゴクは知っている。彼が「コラさん」と親しみを込めて呼ぶ男はもういない。
ミニオン島でかろうじて一命を取り留めたものの、ロシナンテは兄にまつわる全ての記憶を忘却していた。
当然のことながら、ファミリーを離脱したロシナンテが行動を共にしていたという珀鉛病の少年についても、ロシナンテは覚えていなかった。ひょっとすると、それはオペオペの実が失われたことと何か関係があったのかもしれない。バレルズ海賊団の正規構成員が一人残らずドンキホーテ・ファミリーに鏖殺されてしまった以上、その詳細を知る術はないが、あの誠実な男が裏切るにたるだけの理由が何かあったのではないか、そしてそれはロシナンテが気にかけていた珀鉛病の少年と何か関係しているのではないかーーと。長年、センゴクは考え続けてきた。
ーーそして、その答えがセンゴクの目の前にいる。
今は真新しい包帯に隠れて見えないが、その胸元にはデカデカとしたハートの刺青が刻まれていることを知っている。そして、その身に纏うのは見覚えのある笑顔が縫い込まれた討ち入り衣装。そんでもって、とどめには「corazon」の文字。
教えた方が……良いのだろうか……??
かつての元帥としての威厳に満ちた表情を崩すことなく、センゴクは悩んだ。命と心をもらったと曰うトラファルガー・ローの言葉に嘘はないのだろう。しかし、その愛を受け取るべき存在たるロシナンテは兄にまつわる記憶(当然のことながら、この青年も含む)を全て喪失しまっている。仮に二人が再会したとしても、トラファルガーが望むような感動の再会とはいかないだろう。
そんでもって、トラファルガーの言葉が正しければ、あの猟奇的な七武海入りも全てロシナンテを思っての行動になる。
当時のセンゴクはすでに元帥の地位から退いてはいたものの、みっっっちりと収められていた箱詰めの心臓を前にして、ドン引きしたことを覚えている。
果たして、記憶を失った“今のロシナンテ”が、この超重量級の愛情表現を受け止め切れるのだろうか?
まだまだ目が離せないドジっ子の、それはもう不器用な笑顔を脳裏に思い浮かべて、センゴクは無言で首を左右にふった。下手すりゃ激昂したトラファルガーの手でロシナンテの心臓が奪われかねない。知らせておくのはやめておこう。世界から見放された“白い町”の子供を愛した“コラさん”は、もういないのだ。下手な希望は却って人の心を傷つけるということを、センゴクはーーよく、知っていた。
ーーーーという経緯があって。
センゴクはトラファルガー・ローに真実を伝えなかったわけだが。
そのことを今、ものすごく、後悔している。
『助けてください、センゴク大目付!!?! われわれは、もう、何がなんだか……!!?!』
『うちのキャプテン泣かせておいて、何よ、その言種!!』
『そうだ、そうだ、責任とれーー!!』『キャプテンのことを弄んだのネ!』『海兵なんて、サイテー!!』
『く、くらしゃん……っっ! おれも、おれも、〜〜っっ、あ”いじでる”っ』
『な、泣かないでくれよォ。おれァ、お前に泣かれると、もう、どうしたら良いのか……』
「…………。とにかく冷静になって、今、そこで、何が、起こっているのか、分かるように説明しなさい」
『ーーハッ! ハートの海賊団船長トラファルガー・ローが乱心したらしく、ロシナンテ准将を“コラさん”という輩と誤認しつつ、現在進行形で愛を訴えている状態であります!!!!』
センゴクは電電虫を放り投げたくなった。