大根役者×2
スレッタとエラン、2人は夫婦である。
高校生の時からお付き合いをはじめ、地球へと移住をしてから生活が落ち着く前に、勢いあまって結婚した。今は家庭を築くために、二人でお仕事を頑張ってお金をためている最中である。そんな二人は、いわゆるバカップルであった。付き合いはじめたとき、「すぐ別れそうな新婚の雰囲気」と揶揄されていたが、それを今の今までずっと続けている。行ってらっしゃいのキス(同時に家を出るが)は会社に遅刻しそうになるほど熱烈だし、おかえりなさいのキスをしたらそのままはじめてしまい、夕食だったものを夜中に二人でもそもそと食べることも多々あった。
そんな、誰が見てもバカップルの片割れであるスレッタは、テレビを見てごくりと息を呑んでいた。不倫ドラマである。今は午後10時。まだ大人が寝るには少しだけはやい時刻にそれは放送されていた。穏やかで、しかし冷めた夫婦生活を描いたものか、と毎週なんとはなしにスレッタは見ていたのだが、同窓会で再会した初恋の人と──そんな内容に様変わりしたのである。主人公には子どももいる。とくに大きな問題もない順風満帆な生活を送っているように見えた。夫も穏やかで真面目そう。しかし高校生の時に好きだった男と出会った瞬間、主人公は大きく心が動いてしまったのだという。スレッタはソファで膝を抱えながら見ていたが、ついに決定的なシーンになると、そばにあったクッションをぎゅっと抱いてまじまじと画面を見た。夫とのそういうシーンの時とは明らかに主人公の様子が違う。スレッタは主人公を非難する気持ちもあったが、このムカムカやモヤモヤや、逆に腑に落ちるような感覚をエンタメとして楽しむ気持ちも分からないではない、と不倫ドラマというものにみょうに感心する気持ちまでわいて、食い入るように見ていた。
ぎゅう、とつま先を丸めて主人公の女の「あ……っ」という熱のこもった声を集中して聞いていると、ぽす、とソファの隣が沈むのが分かって、スレッタは飛び上がった。
「ひあうっ!」
「ごめん、そんなに集中して見ていたんだね」
「い、い、いえ……!」
集中して見ていたものの、主人公の背徳感に影響されて、自分もまずいことをしている気になっていたので、エランに驚いたのである。
お風呂上がりでほかほかと血色のいいエランをクッションを抱きながらそっと盗み見た。がしがしとタオルで少々雑に髪の水気をとる腕は太い。いつもかっちりとシャツを着ているのに、薄いシャツからのぞく鎖骨や首筋はスレッタのそれとは全然違う。アスティカシア学園に通っていた時だってエランはたくましいからだつきをしていたけれど、今は安心感や頼りがいのようなものがもっと大きくなった気がしている。
画面のなかの二人は、今はベッドで横に並んで主人公の子どもについて話していた。
なんとなくキスがしたくなってクッションから顔をあげると、エランがスレッタをじっと見ていた。いつもエランはそうだけれど、今日はなんだかその視線にいっそうそわそわした。ん〜、と唇を少しとがらせて目を瞑ろうとしたところで、エランがぽつりと呟いた。
「……僕は、君に不倫を誘われたら、断れないと思う」
「へっ……」
「君以外と結婚をする自分は思い浮かばないけど。もし、僕以外の誰かと結婚をした君が、僕をそうやって誘ってきたら……あぁ、ごめん……すごく、変で、失礼なことを言った。ごめん……」
エランがくしゃりと前髪をつかんで気まずそうに顔を背けた。スレッタはぽ、と頬が熱を持つのがわかった。
「そ、そうです! 失礼ですよ、エランさん! 私だって、エランさん以外と結婚なんて考えられませんっ…………でも、私も……エランさんに誘われたら、絶対、頷いちゃいます……」
「……だろうね」
えっ、と今度はエランをまじまじと見た。誰かとスレッタが結婚をすると言っていたさっきとは違って自信満々だ、と。けれどその理由はすぐに思い当たった。
「君には不倫の前科があるもの。そして……間男である僕と結婚しちゃった」
「ぜ、前科……」
スレッタの頭に銀髪の女性、あの時は少女だった友人の勝気な笑みが浮かんだ。今はスーツを着こなし、宇宙も地球も飛び回るミオリネとは一年にも満たないあいだ、婚約をしていた。正式にかわした約束とは言いづらいものであるが、契約は契約である。スレッタはその契約期間中にエランに恋をした。そして今に至る。
「あの、エランさんは間男なんかじゃ……んッ」
エランから唇を押しつけられた。不倫なんてものは別世界の文化で、自分には全く関係の無いこと、そうぼんやりと思っていたのに、実は当事者になっていたのだ。
する、とエランの手がパジャマのなかに入りこんで、ふわふわとふくらみを揉んでいる。今日は、最初はソファでするのかな、明かりはこのままかな、テレビもつけたままなのかな、とスレッタが胸を高鳴らせていると、耳元でエランが囁いた。
「ねえ……君の『夫』は、君にどう触れたのか、教えてよ」
スレッタは目が点になった。
夫はこの世界、宇宙にただひとり。今胸にふれている男である。
「キスは優しい? 甘い言葉を吐く? ここに、そのまま出したり……?」
つ、とへその下をなでられ、スレッタはぴくりと跳ねた。エランのキスは優しいものが多いが、食べるように激しいのもあるし、甘い言葉もなじるようなことも言う。
「あ……っ、今ね、赤ちゃん作ろうね、って話になってるんです……だから、そ、そのまま……」
スレッタはエランに乗っかった。
これは、名前をつけるとしたら不倫プレイである。
私とのあれこれを導入に使うな!!というツッコミは、現在宇宙にいるミオリネには不可能だった。
「ふうん……」
「キスは、エランサンのは……すごく優しいんです。それにいつも、かわいいって言ってくれます。えっちの時も、いっぱい……」
「そんなに嬉しそうな顔をしないでよ。今から君は、僕とセックスをするんだから」
なぜだかスレッタは、また息を呑んだ。
ぐちゅぐちゅと指でなかをまさぐられて震えながら、エランを見上げる。
「え、エランさんこそ……『奥さん』にできないこと、私で試しても……いいんです、よ」
「は……」
W不倫になった。
「あんまり激しいの、エランさんの奥さんは好きじゃないかもしれないけど……私のことは、好きにしていいですから……」
奥サンのスレッタも勿論、激しいやつは大好きだけれど。
ぐじゅ、とエランが指を引き抜くと、透明な糸がソファに落ちた。
「そうしたらソファ……汚しちゃうよ。高いんじゃないの」
二人で吟味した品である。
そして多分、この後エランがソファを掃除する。スレッタが不倫相手のエランを家に連れ込んだという設定が加わった。
「いいですからぁ、はやくいれて……っ」
「旦那サンは、明日このソファでテレビを見たりするのかな。君はベッドでぐっすり寝ているかもしれないけれど」
「そ、そんなに激しくしたら、だめ、ですぅ」
スレッタはエランの爛々と輝いて見下ろしてくる瞳に、期待でいっぱいの瞳で見返した。
ちなみにエランとスレッタの明日の予定は二人でお出かけである。
ソファがきしきしと音をたてている。
「はぁ……っ、だしたい……」
「ん、あぁっ、あぅっ、だ、めぇっ、あかちゃん、できちゃう……っ」
「僕との子どもができたとしても、きっとバレないよ」
それは、そう。というか愛し合う2人の正式な、普通の、ただの、至ってなんの問題も無い子どもになる。
「だめえっ、わたし、あの人とのあかちゃん、ほしい、からぁ」
「僕との子どもは?」
「らめ……っ」
「こんなに締め付けてくるくせに……」
ぱん、ぱん、とリビングに音が響いて、テレビのニュースの音と重なっている。
「僕とのセックスの方が好きなんでしょう」
「わたひ、はぁ、あ、ぁ、あの人との。だ、だいすき、れす」
「そんなにいいの。でも、忘れてしまうかもね」
「ひぅ、あ゙、ぁ、ぁああ、〜〜〜っっ」
達したスレッタに構わずにエランは腰を押し込んだ。片足を床につけ、スレッタの左足首を持ち上げている。
スレッタはわけが分からなくなっていた。目の前に人に孕まされてもいいかもと考えて、いいやダメだと考え直し、やっぱりいいかも、と。
客観的に見ればなんの問題も無いが。
エランのほうも、なかに出してとねだられていた時は満足感でいっぱいになっていたが、駄目だと言われているのに無理やり出すのも、なんだか塗り替えるみたいでいいな、と。
何も塗り替えていないが。
「あっ、ぁ、はぁ、えらんしゃ」
「もう、出すから……」
「らめっ、えらんさ、なかはだめっ、それらけはぁっ、あ、あぅっ」
「こんなに締め付けてくるのをやめてくれたら、出さないよ」
そんなのできない、と口にした瞬間、スレッタのはらにあたたかいものがひろがった。指先にまで熱がつたわったように覚えて、スレッタはうっとりと手を口元に寄せて指を軽く噛んでいる。
対してエランはというと。
急速に周りの音が耳に入ってきていた。ニュースキャスターの声、秒針、風でかすかに揺れる窓。汗、互いが出したもの、そして夕食のにおいも少しだけ感じた。
(このソファに絶対、精液を付けたくない……)
繋がっているところをまじまじと見て考え込んでいる。エランは間男から夫に戻っているのであった。
そして次の日。
スレッタとエランはデートをして、最後にいかがわしいホテルに行って、二人の家へと帰る途中……しっかりと指を絡めて、スレッタは頬をエランの肩にぴっとりとくっつけてからだを寄せていた。辺りが明るければ、でれでれと緩んだ頬が見えるだろう。しかしスレッタはアパートの玄関が見えた瞬間、はっと顔を上げて腕を解いた。そして何も言わずに扉へと駆け出したのである。エランはそんなスレッタの妙な行動に首を傾げたが、お手洗いに早く行きたかったのだろうか、とあとを着いて行った。ガチャリ、と扉を開けると、スレッタが一段上がったところでこちらを向いて待ち構えていた。エランはもう一度首を傾げたが、スレッタの格好がほんのさっきまでと違う。
ひとつに結んでいた赤い髪はぜんぶおろされて、少しぼさついている。ブラウスの上の方のボタンは開いていて、下の方は掛け違いもあった。そして頬は赤く、息を切らし、待ち構えていたというのにエランと目線を合わせないようにしている。ブラウスの隙間からは赤い痕が見えていた。
「スレッタ……?」
「え、エランさん……今日、帰ってくるの、早かったですね……」
エランの目が点になった。
スレッタは髪をときながら、目線をエランとは絶対に合わせようとしない。
「夕食は外で食べてきたんです、よね。あの、私は、もうご飯もお風呂も済ませましたから、先に寝てますね……」
くるりと背を向けてスレッタは寝室へと向かっている。エランは靴を脱いで、少し笑ったあとその背を追い、スレッタの細い手首を乱暴につかんだ。
「な、なに……」
腕を引っ張りながら無言でずんずんとエランは寝室に向かう。スレッタは引きずられるようになっているのに、こっそり笑っていた。
「きゃあっ」
わざとらしくスレッタが声をあげた。エランがスレッタをベッドに投げるようにして倒す。そして容赦なくそのからだにのしかかって、手首をつかみあげたままシーツに押し付けた。
エランがスレッタを冷たく見下ろす。
「今まで何をしていたの」
「べ、別に……テレビとか、見てただけ、です」
「誰と、どこで何をしていたの」
「だから……ひとりで、部屋にいただけですよ……そ、それより、腕、痛いので離してください」
はあ、とエランが大きなため息をついたあと、審判をくだし終わった瞳でスレッタをもう一度見下ろした。
「きゃっ、な、エランさん……!?」
エランはスレッタの履いていたスカートをたくしあげると、黒いストッキングに指をひっかけ、びいい、と裂いた。股のところだけ穴が空いたようになって、スレッタは羞恥でいっきに頬に熱が集まった。演技だとわかっていても、こんなに乱暴なことをまさかエランがするなんて、と少し恐怖も覚えたが、バクバクと大きな鼓動の理由はそれだけではなかった。続けざまにエランがブラウスの合わせを思い切り左右に引っ張るので、いくつかボタンが引きちぎれて落ちた。
「あ、え、エランさん……」
「もう一度聞くよ。今まで、どこで、何をしていたのかな」
優しげな声音だった。スレッタはごくりと息をのむ。エランの瞳からまた目をそらした。
「な、な、何もしてません、てば……」
「じゃあ、これは何」
エランが爪でスレッタの鎖骨あたりを刺した。そしてストッキングの隙間から見える内ももの赤い痕をひっかき、ねえ、と声をかける。
出来たてホヤホヤのそれの生産者は、いま爪で刺している男である。
「し、知りません! む、虫刺されとか、です!」
「へえ。その虫、あとから殺す」
「ひ……ッ」
スレッタは素で恐怖して声を漏らしてしまった。しかしすぐに内心で、嫉妬で狂ったエランさんはこんな感じなのかなあ♡とキュンキュン胸を高鳴らせていた。スレッタはヤンデレな登場人物が出る少女漫画も嫌いではない。
「う、あ……!」
ぐにぐにと胸をまさぐり、エランは唐突に二本の指をなかに突っ込んだ。
「なんでこんなにほぐれてるの」
さっきエランとしたせい。あと、スレッタが単に今のシチュエーションにドキドキしているせい。
「しらない、です……っ、う、ふぅ、んんっ」
数回指でなかを叩いたあと、エランはまたもや何も言わずに、ショーツを適当にずらして、今度は自身を突き刺した。さすがにスレッタもたまらず背を思い切り仰け反らせて、シーツをぎゅう、とつかむ。
「うっ、んんっ、んん〜っ、」
「いたい?」
「いたい……です、ぬいてぇっ」
本当はあんまり痛くない。
「知るか」
「……!!」
スレッタは好き、とか、かっこいい、とかうっかり言ってしまわないようにするので必死だった。けれども、エランを見上げる瞳が代わりにそう訴えてしまっている。
エランの方はというと、わざと怒らせるような物言いをしているということは、僕にひどくされたいのかな、とそれはそれでとても興奮していた。おかげでホテル帰りだというのにすぐに勃った。こんなに酷いことを言っても大丈夫だろうか、と心配する気持ちは指を差し込んだ瞬間流され、むしろスレッタの被虐嗜好が想定以上だったことに驚いていた。
「ああぁっ、やぁっ、あ、あぁっ」
「この尻軽が」
「あっ、そんなぁ、んへ、えへへ」
「…………」
エランは面食らって腰をとめそうになったが、両足を持ち上げて体重をほとんど乗せるようにして肌を打ちつけた。
(僕は不倫に怒る夫……僕は不倫に怒る夫……)
そう言い聞かせなければなおも甘い声をあげるスレッタをついつい撫でてキスをしてしまいそうだった。怒って犯しているというていなのでキスはしないでおこう、と謎のこだわりを見せている。
「何回抱かれたの。いつから会っていたの」
「あっ、あ、はうぅ、もぉいくぅっ、えらんしゃんっ」
「…………」
スレッタはもう演技を放棄している。出来ない、ともいう。それにしたってなかを締め付けすぎだとエランが呆れてため息をつくと、スレッタは首に抱きついてびくびくとからだを震わせていた。
「はぁ、ん、えらんさん……ひあぁっ」
エランはスレッタが演技を放棄したことや、ひどくされても感じてばかりいることに、素で苛ついて腰を激しく打ちつけた。
「くそ……っ、」
「えらんさ、あ゙、んあぁっ」
「あぁくそ。かわいい……」
ちゅ、ちゅ、とキスをすると涙が滲んでいるのが見えた。
「えらんさん好きぃ、すき、すきっ、もっとぉ」
「うるさい……」
親指がスレッタの頬をすりすりと撫でていた。自嘲する気持ちを追いやって、エランは少しだけ微笑みながら言う。
「明日、僕が朝ごはんをつくってあげる」
「はいっ、あなたぁ」
また次の日。エランはブラウスにボタンを取り付けているスレッタの背に「ストッキング、これで合ってる?」とパッケージを片手に声をかけたのだった。