大切なものは籠の中に
あの人の優しい声を、暖かさを覚えている
「なあ、聞こえとるんやろ?力貸してよ!」
足元に倒れ伏したまま喚く子供に目をやる、いつだってあの人が優しく語りかけていた子供
あの人の内側にいた時からずっと側にいた私の妹、母の声も暖かさも知らない可哀想な子供
「私は君に協力などしない。だから諦めるといい」
「なんで、なんで……?このままやったら皆死んでしまうのに……!」
私の返答に不安げに瞳を揺らしながら懇願する妹にあの人もそんな目をしていたのだろうかと思いを馳せる
あの人も時折不安そうに鼓動を刻むことがあった。
その時は大抵私が鳴動した時であり、周囲の者たちからこの子ごと私を殺すように言われた時だった
それがリスクが低い、正しい道だと内側から聞いていただけの私でも理解できた
ただ、私がいるせいで優しいあの人にこの子を殺させてしまうことが、会わせてあげられないことが酷く悲しかった
けれどあの人は、私を殺すことを選ばなかった
『大丈夫、お母さんが守ってやるからな』
その言葉を聞いて「この人と妹が無事に生きていられるなら私は消え去ってもいい」と私は心から願ったのだ
私のような者がそんな願いを抱いたからだろうか、それとも死を望まれた私を産み落とそうとしたからだろうか、結局その願いが叶うことはなかった
いつもの様に優しく暖かだった世界は突然崩れ落ちてしまった。私は何もできずにあの人の内側で、あの人が消えていくのをただ感じることしかできなかった
弱くなっていく鼓動の音、消えていく体温、そうして……引きずり出された外の世界で初めて目にした死神たち────今でも鮮明に思い出せる
「何故とは滑稽なことを言うね。そもそも私が誰かのために手を貸さねばならない理由などあったかな」
あの人の命と引き換えに生まれて来た妹は生まれ持った霊圧と肉体の強度が釣り合っていない、私が知る中で最も脆く弱い生き物だった。
生と死の境界で綱渡りをするように生きて来た妹は、その人生の中で出会った友人たちのために力を求めて今私の前に立ち、敗れたのだった
「……協力せなあかん理由なんて多分ない。でも、アタシがみんなを助けたいから協力して」
這いつくばったままで足に縋りつかれ意志の宿った眼を向けられる……弱いお前は戦うべきではないのに
縋りつく手を払い足で踏みつける、パキリと小枝が折れるような感触がした
「─────っ」
こんなにも脆いお前が戦うことを周りの者たちは誰も止めなかった。
であればお前は相も変わらず死を望まれているのだと、諭してやらなければならない
声にならない悲鳴を上げる妹に微笑み、謡うように語り掛ける
「家族らしく心を込めた触れ合いをしようか。これからゆっくりと、君の心が折れるまで」
奴らの思い通りに、死なせるための戦いになど行かせるものか。
この子を誰からも、何からも守って見せる。それが、あの人の最初で最後のお願いなのだから
『お姉ちゃんなんかお兄ちゃんなんか分からんし、無理なこと言っとるんは分かっとるけど……この子のこと守ってあげてな』
あの人の……お母さんの、消えかかった微かな声が今も脳裏に響いている
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母からの一言「守るってこんなバイオレンスな意味やったか……?」
お姉ちゃんは娘ちゃんが生まれる前から知ってるので「こんなにも弱い子に戦えとか殺すつもりか!?」と思ってるけど娘ちゃんは十分強いよ