大人SS

大人SS


・お付き合い済みフリリコ

・キスもまだの健全なお付き合いに疑問を抱いたリコがフリードに迫る話

・フリードの理性が割と鋼タイプ寄り

・全年齢





──恋人、なんだよね、私たち。


ライジングボルテッカーズの一員となり、ブレイブアサギ号でさまざまな地方に降り立ち、色んなポケモンと出会った。

セキエイ学園ではニャオハだけだった手持ちも、ミブリムが加わり、テラパゴスもペンダントの擬態をすっかりと解くようになっていた。

その旅路の途中、いつもリコを見守り、バトルの手ほどきをしてくれ、守ってくれる身近な男の人に惹かれるようになったのは、多感な年ごろの少女としては、決しておかしなことではないはずだ。

叶わないものと思っていたフリードへの恋が、しかし、アクシデントと冒険を重ねる内に実った。

今でも信じられない。

「好き」と伝えたら、「俺も好きだ」とフリードが返してくれたこと。

困ったように眉を寄せながら、柔らかくリコを抱きしめてくれたフリードの腕の中を思い出すだけで幸せいっぱいではあったものの、考えすぎのきらいのあるリコは、フリードに子どもっぽいと飽きられないか、ちゃんと自分ばっかりじゃなくてフリードも満足のいくお付き合いができてるのかどうか、などとぐるぐると思い悩んでいた。

だいたい、恋人って何するものだろう。

漫画や映画では、手を繋いだり、デートをしていたり、キスしていたりしたけれど、リコはまだしたことがない。


(い……いつかは、私もフリードと……、なんて、気が早いかな? でも、フリードは立派な男のひとだし……むかしの恋人と、だって……)


きっとフリードの初めての恋人はリコではない。

わかりきっているそんな事実を考えると、さらにぐるぐると思考が落ち込んでいく。

(フリードだって、そういうこと……したい、かもしれない、けど……)

しないのは、きっとリコがまだ子どもと言える年齢だからだ。

自制しているフリードは、けれど不満はないのだろうか。

フリードに直接尋ねてみるのも良いかもしれない。

何せ、リコとフリードは恋人同士なのだから。


勇気を持って、リコがフリードの部屋の扉を叩いたのは、すっかりと夜も更けたころだった。

補給のための上陸中で、ノズパスとキャップが操舵室にいて、フリードは今日は部屋で休む予定だと聞いていたから訪ねたのだ。

他の仲間にはもちろん、ニャオハたちにだって知られるのが気恥ずかしいから、寝かしつけてからこっそり部屋を抜け出してきた。

「どうした? 眠れないのか?」

ゴーグルを外し、フライトジャケットを脱いだ軽装のフリードが目を丸くして、優しい声音で問いかけてくる。

「ううん……そ、そういうわけじゃ……」

もじもじとリコが答えれば、フリードは穏やかに笑って、ミーティングルームに行くか、と連れ出そうとする。

まただ。

フリードは付き合い出してから、リコと部屋で二人きりにならないよう気をつけて、話をするのすらも人がすぐに来れる開けた場所でだけ。

二人きりになることを避けられているのは薄々察していた。

元より船での共同生活だ。

ただでさえ二人の時間を作るのは難しい。

最近ではミーティングルームや操舵室ですら、マードックたちやキャップと一緒なのが当たり前だ。

でも、恋人って、もっと二人きりで一緒の時間を過ごすものじゃないのだろうか。

フリードの側にはオリオとモリーという魅力的な女性がいて、街に降りれば女性から声をかけられているのも珍しくない。

そんなフリードがいつまでもリコと言葉だけの恋人でいてくれるとは思えなかった。

「少しだけ……中で話したいの」

「リコ、それは……わかった」

フリードは意外にもあっさりと頷いてリコを部屋へと招き入れた。だが、「ドアは開けておく」と言って、そのまま扉を開けておこうとするので、リコはとっさにフリードの背中に抱きついて彼の動きを阻んだ。

ぱたん、と軽い音を立ててドアが閉まる。

初めて、フリードの部屋で二人きりになった。


「リコ? どうした? 怖い夢でも見たのか?」

フリードの声は穏やかで優しくて、宥めるようにリコの手の甲を大きなてのひらで包み込む。

まるきり子ども扱いに胸が痛くなり、リコは思い切って口を開いた。

「わ、私じゃ……ダメなの?」

「……? 何の話だ? リコ」

「私のこと……恋人として、魅力ない? フリードは恋人らしいこと……したく、ない?」

勇気を振り絞って口にした途端、フリードの手の動きが止まる。

「それは──そういうことは、キミが大人になってからだ。……言ってなかったか?」

いやいやと頭を左右に振って、リコはフリードにしがみつく手に力を込める。

「そう決めたのは、リコに魅力があるとかないとか、そういう理由じゃない。キミが未成年でいるうちは、そういったことはまだ早い」

「……は、早く、ないよ。私、ちゃんとフリードの恋人になりたい」

「恋人だろ。俺の大事な、たった一人特別な。だから、今は……がまんしてくれ」

「フリードは……私が子どもだから、恋人らしいことしてくれないの?」

「そういうことじゃ──」

言い募るリコに困惑していた様子だったフリードが、急に黙り込む。

「……そういうことじゃない。……」

参ったな、とフリードがため息を吐く。

フリードを困らせている。

子供っぽいって呆れられたかもしれない。

普段のリコなら、変なこと言ってごめんなさい、と引き下がっていただろう。

でも。

このままなかったことにしてしまったら、きっとフリードとの関係は変わらない。

それは嫌だった。

「……私が、大人になればいいの?」

「はあ?」

「私が、フリードの恋人に相応しいような大人の女性になれば……そうしたら、もっと一緒に……色んなこと、してくれる……?」

「それは、」

何かを言いかけたフリードが言葉に詰まる。

「……色んなこと、ねぇ。意味、わかって言ってるのか? 大人になるって、いったいどういう意味で言ってるんだ? リコ」

「っ、え……」

ふいにフリードの声の調子が変わり、リコはびくりと身体を震わせる。

「そのつもりで言ってるなら……キミにはもう少し自覚を持ってもらわないとな」

「きゃ……!」

フリードが振り返ってかがみ込んで、いきなりリコの身体を軽々と抱き上げる。驚く間も無く寝台に横たえられ、覆い被さってきたフリードを呆然と見上げた。

「……ほら。やっぱりわかってない。俺がどうして二人きりになるのを避けてるのか、部屋のドアを開けたままにしようとしたのか、わからないうちはまだ恋人らしく振る舞うつもりはない。……焦らなくていい、俺はいつまでだって待つから、ゆっくり大人になってくれ」

「ぁ……」

くしゃりと丸い頭を撫で、フリードが身を起こす。とっさにリコは手を伸ばしてフリードのシャツをつかんだ。

「びっ、くりしただけ、だから……わかってるよ?」

嘘だった。

フリードの言いたいことは半分もわからない。

でも、ようやくフリードが見せてくれた恋人としての感情のひとかけらを、ぜんぶ隠される前にリコは捕まえておきたかった。

「いや、わかってない」

だが、フリードは冷たく言い放ち、リコの指を優しくほどいてしまう。

「……っ!」

ショックを受けたリコが反射的に口を開くよりも前に、リコの手で逆に手首を掴まれる。

「ほら。……こういうふうにされたら、キミは俺に抵抗できないだろ? このまま何をされるのかもわかってないなら、ここで話はおしまいだ」

フリードらしくもなく、一方的に考えを押し付けるような言動だった。

リコに覆い被さっているフリードの体は大きくて、熱くて、少しだけ怖いけれど、でも。

「……じゃあ、フリードが教えてよ」

「何……?」

「私に、教えて、フリードが全部。フリードの考えていること。それが恋人のすることだって言うなら、私、ぜんぶ、受け止めるから……」

「…………」

リコの言葉に押し黙るフリードの金の瞳の中に、ぎらついた光が浮かぶ。

怖いけれど、でも、リコはどうしてもあきらめたくなかった。

「……、もちろん、いずれな」

「いつか、じゃなくて、今がいい。……自分で調べれば、いい?」

「リコ」

低い声で呼ばれて、リコは身をすくませた。

「そんなこと軽々しく言うな」

「軽くなんて言ってない……! ちゃんと情報集めてからなら、」

「やめておけ」

「でも!」

「……わかった。それじゃあ、少しだけ教えてやるよ。そのかわり、俺の言うことは何でも聞くんだぞ」

「うんっ」

嬉しそうに頷くリコを見下ろして、フリードはため息を吐くと、リコの頭を撫でた。

「リコは何もしなくていい。俺の言う通りにするんだ」

「うん……」

こくこくと頷くリコを見下ろして、フリードはゆっくりと身をかがめる。そのままゆっくりと顔を近づけてくるのにどぎまぎとして動けずにいると、そのまま額に口づけられた。

「!」

ちゅ、と小さな音がして、体がこわばる。額に口づけられただけなのに、どうしてだか頬がかぁっと熱くなる。

「……こういうふうに……」

続けて頰に口づけられ、反射的にぎゅっと目をつむってしまう。目蓋にも唇が触れてくる感触があって、ますます鼓動が速くなった。

キスだ。キスされている。フリードに。

このまま、唇にも?

期待と緊張で胸がドキドキと騒ぐ。

目をつぶっているから、フリードの唇が鼻の頭を掠め、もう一度頬に触れることさえ、予想できなかった。

「ぅ……」

耳まで口づけられ、びくんと体が跳ねた。

「……これだけで緊張してるうちは、まだまだだな」

「!」

頰を赤く染めながら、リコは上目遣いでフリードを見上げる。

「……ドキドキしすぎて、死んじゃいそう……心臓壊れそう……」

「大袈裟だな。これくらいで……と言いたいところだが、俺も今けっこう緊張している」

「……そうなの?」

「ああ。ほら」

手を導かれ、触れさせられたのは、フリードの左胸だ。

「あ……」

そこは確かにいつもより早く鼓動を刻んでいた。

「……ドキドキ、してる……」

「そりゃあ、好きな相手にキスしてるんだ。緊張するに決まってるだろ」

「……好き、だから……?」

「そうだよ」

真面目な顔で頷いてから、フリードは困ったように眉を寄せて少し視線をそらした。

「……怖がらせて悪かった」

「こ、怖くなんかない!」

あわてて首を横に振れば、フリードは苦笑し、リコの頰を両手で包み込むようにして目線を合わせてくる。

「俺は怖いよ。キミはまだ未成年で……子どもでもじゅうぶんに魅力があるから、俺が理性を無くしてひどいことをしてしまわないかが、怖い」

「フリードはひどいことなんてしないよ。それに……フリードになら、何されても平気だから……」

「……は」

リコの呟きに、フリードが言葉を詰まらせる。金の目がまん丸になって、呆然とリコを見下ろしている。

「だって……私はフリードの恋人だもん……」

言いながら恥ずかしくなってきた。思わず目を逸らしたが、頰に当てられたフリードの両手のせいで顔を隠すことはできなかった。

「……」

じっと視線を注がれるのがわかり、頬が熱くなる。

「……俺の恋人は、いつの間にそんなに煽るのがうまくなったんだ?」

「あおる……?」

きょとんとするリコに苦笑し、フリードは身をかがめて顔を近付けた。ちゅ、と額に軽く口づけられる。

「キミの気持ちは嬉しいが、もうちょっとだけそのままでいてくれ」

掠れた声で懇願され、至近距離で蜜色の目に見つめられて、リコは目を伏せた。

「……デートも、ダメ?」

「……いや、ダメじゃない。そうだな、せっかく上陸中なんだ、明日街に一緒に出るか?」

「二人で?」

「もちろん」

デートなんだろ、とフリードがニッと笑う。

ぱあっと顔を輝かせたリコは、フリードへ腕を伸ばして抱きついた。

ぽんぽん、となだめるようにフリードがリコのちいさな背を叩いた。


*


「じゃあ明日ね」とはご機嫌になったリコからかがむように言われて、はにかんだ笑みとともにお休みのキスを送られて。

そのまま恋人の小さな背を見送ったフリードは、自室のドアを閉めて深いため息を吐いた。

「今日は危なかった……」

セーフ、セーフかあれ? とフリードはひとりごちる。

ゆっくり大人になってくれ、というのは、良識ある大人として、ライジングボルテッカーズの仲間としての本音ではある。

けれども、早く大人になってくれ、というのもまた、リコの手前隠してはいるがどうしようもない男としての本音でもあった。

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