夢、影、息
「ッ!?」
急にロビンに押され、二人で転がる様に倒れると、どこか懐かしいと思う火薬の匂いがした後、土と草の匂いがした。
非現実的な感覚が、なんとなく思考を鈍らせて冷静な風になっている為にたった今何が起きたかを、ウタはすぐに察していた。
「怪我は!?」
「な、ない…ありがとう」
恐らく二人を狙ったらしき凶弾は、狙いは悪くなかった様だが、先に気付いたロビンのにより、ウタの赤い方の髪を少し攫って行っただけで終わった。もしあのままの立ち位置だったら致命傷ではないが確実に軽く無い怪我を負っていた事だろう。
地面に落ちていく自分の髪に気付いて慌てて髪を見たが、幸い、本当に少量だった為パッと見ても何も気付かれないだろう。ゴードンや他の人達に心配をかけさせないで済みそうだと、少しホッとしたのも束の間でロビンに手を取られ、走る。
「あの距離から…ウソップ程じゃ無いにしても腕のいい狙撃手みたいね。でも非力な方を狙うなんて趣味が悪いわ」
「狙撃手…」
そういえば、ルフィから聞いたが、ウソップの父親は彼だったか…とぼんやりとこんな状況で思い出している。久しぶりに来た海賊。久しぶりの悪意。それらによって思考がやや停止気味なせいだろう。
これではいけない、と、繋いで無い方の手で軽く頬をはる。これは夢でも何でもないのだ。とにかく、今の自分では役に立たないのなら、せめて邪魔はしてはならない位は分かるのだからせめて離れよう…
そうしてロビンと走り出したが…やはり体力が落ちている。すぐに息が荒くなって、足がガクガクと使い物にならなくなる。この辺りの道はこんなにも走りにくかっただろうか……
「ご、め…ロビ…っさ……」
「いえ、私の方こそごめんなさい…無理をさせて」
そういうロビンの顔には汗一つかいてないのだから、やはり自分の体力が無いだけだろうと肩で息をしつつ、急いで整える。
はやくしないと、はやくしなきゃ……
そう思って焦っていると、また、発砲音が響く。バッと二人で音がした方を見たが…誰もいないし、二人のどちらも怪我をしていない。もう一発、音がする…音楽が好きなものの性分として耳は良いから分かる。先程より近い。
「…狩りでもしているつもりかしら、女の子を追いかけ回すなんて…本当に趣味が悪いわ」
「も、大丈夫…行こう」
体力はともかく、配信ではダンスをしながら歌うこともあった。呼吸の整え方くらいは身体が覚えている。
ルフィの仲間くらいに強いなら多分追いかけてきてるだろう海賊にも勝てるだろうが自分の存在が良く無い……邪魔なくらいは分かっている。
きっと自分がいなければ普通に戦闘を行っている筈だとウタは理解していた。せめて自分に出来ることで何かないか…と思考を巡らせて、そういえば、と思いつく。
「ロビンさん…あ、っち」
「!分かったわ」
突然逃げる方向を変えようと提案する自分の言葉を二つ返事で信じてくれるロビンにウタは改めて応えねば…とのしかかる責任ともし記憶違いだったら…という不安に潰されそうな錯覚をする。
それでも何もしないのは、出来ないのは身に染み付いて辛いと知ってるから。だが記憶通り、木々が先程より鬱蒼とし始める。右は左へと避ける様に歩かないとすぐにでも木にぶつかりそうな程だ。
「この道なら…銃も狙いにくいと思う」
「ありがとう、でも道は先程より悪いけど大丈夫?」
「これくらい、平気…!早くいこう…!」
もしかしたら相手は追跡の巧さから鼻のきく動物系の能力者なのかもしれない…そうなればあまり道の悪さや狙いにくさやは本当に悪足掻きでしかないだろうが…何もしないよりマシだ。
「もし追いつかれて、戦うってなっても…ロビンさんの邪魔はしないから」
「…ありがとう」
「?」
「いえ、何でもないわ」
出会って数日の自分が、随分と信頼してもらったものだ。なんとなく、ルフィの幼馴染なのだなと彼女は節々で感じさせる。ルフィに似たのか…それとも彼女がルフィに影響を与えた方なのか……はたまた両方か
そんな事を考えている暇があるなら走らねばと切り替えるが…なんとなく、この逃走劇も然程長続きしないだろうと逃亡に嫌な慣れを持つロビンは察していた。
バァンッと耳を劈く音が何発目かわざわざ数えてもいないが大体5〜6発程響いた頃、遂にウタの足元を弾丸は掠めた。
「っ…!!」
「ウタ!?」
「平気…当たったわけじゃない……でも」
「ええ、下がっててくれる?」
コクリと頷いてロビンの後ろに回り、距離を取った。駄々を捏ねて困らせて良い場面とは違うくらいは分かる。心配はする、でも出来る事がないなら下がる他ない。
そういえば、誰かの戦闘をきちんと見るのはこれが初めてかもしれない。シャンクス達は、そういうものを見せなかった。エレジアでは、私が歌えばどうとでもなった。
どんな風なのだろう…と不謹慎ながらも興味は湧いてしまって見ていることをやめられない。
そうこうしているうちに、茂みを掻き分けてきた男は彼の獲物らしい銃を肩にかけつつニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。何か自分は○○海賊団の〜と名乗りを上げてる気がするが…私はそれよりも相手の持つ銃に気を張っていたので聞く余裕はない。
銃は苦手だ。自分が歌うよりも相手が引き金を引く方が早く済む。だからエレジアに海賊が来た時はいつも不意打ちで歌ってカタを付けていた。今回は戦うのはロビンとはいえ、今の状態ではとことん自分は足手纏いに近い。だから狙ってる様子があればすぐに離れなければならないと強く意識していた。
…とはいえ
「六輪咲き──スラップ!!」
よく考えなくても、ルフィはとてもすごい海賊になったと聞いている。その仲間が、この辺りの海賊に手間取る事も基本的には無いと考えるのが普通だった。
ロビンの能力をウタが見るのは初めてではあるが、男の身体から腕を生やし、それはそれはスナップの聞いたビンタを喰らわせているのを見て肩透かしを喰らった気がしなくもない。
だが無事でよかった。
ほぼほぼ瞬殺だったが戦闘が終わったのを示す様に腕を下ろしたロビンに近寄る。
「ロビンさん…大丈夫?」
「ええ、問題ないわ」
「そっか…よか」
そうしてウタがホッとして顔を上げた時、ロビンの背後の木にもう一人、恐らく仲間だろう男が銃口をこちらに向けていた。それと、目が合った。
まずい、まずいまずいまずい…!!
もうあの男は気付かれたと思って迷う事なく撃ってくるだろう。先程のロビンのように身体を押すのはダメだ…彼女の方が背が高くて咄嗟に抵抗されれば意味がないし、運良く避けれても二人で転んでる隙にもう一度弾を込める位は出来る。
本当に危機的状況だと思っているからだろう、刹那の間にそこまで考え、ならば一体どうすれば…ロビンをルフィの仲間を助けられると必死に考え抜いて…
実のところ、この時ウタが男の仲間に気付く前からロビンも気付いていた。彼女の能力ならば、その仲間に気付かれないところに目を生やす事も出来るし、何より潜り抜けた修羅場が違う。殺気の隠し方が下手な相手だとさえ思っていた。
油断させる為に手を下ろしたが、別にあのポーズを取らなくても能力は使えるので、このままクラッチでも決めようかとした時だった。
スゥッと焦る様なブレスが自分の少し下から聞こえた瞬間、辺りの森の木々は消え去り、ロビン達は草原に立っていた。
「!…ウ」
「〜♪!!♬!!♪!!!」
この現象の原因…直前に聞いたブレスからまさか、とウタの方を見たが…噂に聞いていた彼女のそれよりは、咄嗟にしたからかやや乱暴にも感じる歌声と共に、彼女の手から伸びた五線譜の様なものが、同じく状況を理解しきれず固まった男を包んで、拘束した後、上空まで打ち上がられてしまった。ロビンとしては、敵なので同情はしないが、あそこから拘束を解いて地面に落ちたら挽肉になるわねと呑気に物騒な事を考えていると、此処にいないはずの仲間の狙撃手に「怖ェよ!!」と、突っ込まれた様な気がした。
「…は、はぁ……っ」
「ウタ、大丈夫…?」
ルフィからも本人からも聞いてないが…ゴードンからは聞いた。恐らくこの空間がウタワールド。彼女のウタウタの実による力で生まれた空間だろう。
「ロ、ビ…」
「大丈夫よ、助けてくれてありがとう…ここは貴方の能力?」
「……し、ってたんだ…あはは」
元々落ちた体力に、ここまで走り、そして咄嗟に久しぶりに能力を行使した為に力加減を誤ったか、ウタは既に肩で小さく息をしていた。恐らくこの空間も然程長く持たないはずだ。
「現実の私ってどうなってるのかしら?」
「一応、咄嗟に支えたけど…ごめん、ずっと支えるの難しくて、地面にそのまま寝かせてる……」
「大丈夫よ、でもそうね…早めに現実の彼等を拘束しないといけないわ」
「そうだね…とりあえず解除しないと……あ…」
そこまで話して、急にウタがハッと顔を上げる。ロビンを見ている訳ではないその瞳は、恐らく現実で誰か来たのか…そこまで考えていた時だった。
突然、ウタの表情が暗く、強張り始める。
「ウタ、ウタ?どうしたの?」
「ぁ…ち、が……」
「ウタ………っ!?」
突然だった。いつの間にか何処からか現れた影の様なものが、ウタの背後に現れていた。ソレは口を開く。
【信じられるか、化け物】
「なっ!?」
一体この影が何かは分からない。だが随分と失礼だ。とにかくウタから離そうとするが、また一つ、また一つと増えて、それらは憎々しげに言い放つ。
【お前がやったと思われても仕方ない】
【信じられなかったお前の事など、誰も信じない】
【いっそ先程の男の銃でやられたらよかったのに】
【エレジアから出ていけ化け物】
【恩知らずはどうせ今回も仇で返す】
「ち、が…やめ、やだ……」
「ウタ!!耳を貸さなくていいわ!!」
そうロビンが言っても、ウタの耳にはそれは嫌でも届いてしまうのは知っていた。だがこのままだと良くない。
カツン、と近くを何かが転がった。小さな石だった。それが皮切りの様に、ドンドンと石が投げつけられる。庇おうとするが、ロビンの身体はすり抜けて、ウタにだけ当たるのだ。
【出てけェ!!】
【世界を滅ぼす魔王め!!!】
【いっそあの夜に共に消えればよかったんだお前は!!!】
【そんなつもりがなかった?誰が信じると言うんだ極悪人が!!】
耳を塞いでも、涙で視界がぐちゃぐちゃになっても、例え夢の中の石でも、全てがリアルにウタを責め立てるその空間にロビンはゾッとする。やがて…
「ひゅ、げほっ…ヒュー…ッ、は、ひゅ…ひッ…はぁ…っ……ひ、ぅ…カヒュッ…」
「過呼吸に…!!ウタ、私の声が聞こえてる!?」
「ひゅぅ…ッ…ヒッ……ァ…ヒュー…ケホッ…」
本格的にまずい、現実の自分が寝てる以上此処にいる自分じゃウタの過呼吸の対処にも限界がある。
そもそも現実の方で何が起きたか分からない。分かるのは、恐らく会敵した訳ではないという事…それならば寧ろ敵は既にウタの意識を奪うか何かするはずだ。
となると…いや、今それはいい。とにかく誰でもいいから現実の誰かにウタを……そこまで考えていた時だった。
スゥ…と一つの影が消えていく。
おや?と思う間もなく、一つ、また一つと影は数を減らす。段々とウタの呼吸も落ち着く。今なら…
「ウタ、ウタ。大丈夫よ、大丈夫…」
ウタを抱きしめて、背中をトントンと摩る。肩辺りが涙で濡れるが、夢の中だ。これくらいで気にしはしない。
もうすっかり落ち着いたらしいウタはそのまま体力が尽きたか、少し口を動かした後そのまま目を閉じる。
彼女の眠りに合わせて、ウタワールドもゆっくりと閉じていった。