夢幻廻廊
生々しい血痕が未だ残る道を歩く。過去に起こった惨禍、それを未だ色濃く残す場所に奴は、アイツは立っていた。まるでそこだけ十年前から時間が止まったかのようで、思わず息が詰まる。
──クソみたいな世界で兄弟の絆のみを縁に生きてきた。互いしかいないと思った世界で、現れた末弟の存在は俺たちの在り方を大きく変えた。他人を慈しむ心を知った。友を尊ぶ心を知った。──血のつながりが無くとも通じ合う想いを知った。託される想いを、遺される想いを知った。
『人を助けろ』
不吉なくらい真っ赤な夕暮れの空のなか、最期に悠仁が告げた言葉を思い出す。逆光に塗りつぶされて見えなかったが、果たしてどんな表情をしていたのか。それを知る術はもう無いのだけれど。
──こちらの気配に気付いたのか、奴が振り返る。十年前と何ら変わりない、けれど確かに死んだはずの弟の姿がそこにはあった。俺の姿を認めて、唇がぐにゃり、いびつな三日月型に歪む。
「酷いなあ」
「俺の事、忘れちゃった? 兄貴」
感じたのは強烈な違和。声も、姿も、確かに悠仁そのものだった。でも違う。「アレ」は悠仁ではない。
「貴様が! その姿で! 悠仁を! 騙るなッ! 羂索ッッ!! オマエは! 悠仁の人生を弄んだだけでなく! 悠仁から死後の安寧までも奪おうというのか!!」
「流石にバレるかぁ」
お〜怖い怖い、アハハ、と耳障りな笑い声をあげながら繰り出された穿血を羂索はヒラリと躱す。その顔は記憶にある悠仁の笑顔とは全く異なる、嘲るような笑みだった。重力を感じさせない、悠仁の並外れたフィジカルを存分に生かしたその動きに思わず舌打ちが漏れる。……実に厄介だ。悠仁の親友である伏黒の言葉が頭をよぎる。『結局フィジカルでゴリ押しされるのが怖い』と。
「『コレ』はオマエと違って親孝行な息子だよねぇ、ホント。捨てるところがないっていうか。今流行りのSDGsってヤツ?」
頑丈だし身体も軽い、刻まれた術式はイマイチ面白みがないけれど、と、まるで商品を検品するような口調で告げられ、全身の血が沸騰するような感覚に陥る。弟の身体をまるでモノのように扱う羂索に、反吐が出そうだった。
「減らず口をペラペラと──」