夢の続き

夢の続き


 3月。ようやく春と呼べる気候になってきた。空座町での決戦が11月。そこから事後処理の目処が付き六車が、新しい九番隊になれるまで檜佐木は当たり前のように陣頭指揮をとり隊をまとめてくれた。その檜佐木が心身の不調を訴えたのは2月。

まだ寒さの厳しい時期だったが、ようやく少し温かくなった。それと同時に、まだまだ回復には程遠いが、一時期の数分たりとも傍を離れられない極端な不安定期は超えたようだ。


「体調は大丈夫か?無理なら今日じゃなくてもいいぞ?」

「―――っ、や、ッ、やだぁ、ッ、嫌っ、」

「――、ああ、そうか悪かった。約束してたことができないのは嫌だもんな。俺もやりたくないんじゃない。修兵が大丈夫なら、やろう?」

「………うん」


 無理をさせないようにと案じたつもりが失言だった、と危うく修兵がパニックの発作を起こしかねないことを言ってしまった己に溜息を吐く。

 100年前のあの日から、おそらく修兵は大切な人との約束が流れてしまうことを常に恐れている。

それがこの子にとっては不吉の知らせだからだ。


今日は庭に檜の苗を植える。

「庭に出るぞ。おいで修兵」

「あ、えっと、俺歩けますよ、子供じゃありません」

「子供扱いしてんじゃねぇよ。ようやく飯が少しまともに食えるようになってきたところでマトモに体力戻ってねぇんだから甘えとけ。どうせ誰も見てねぇよ」


笑ってやると少し躊躇った後それでも素直に六車に身体を預けてきた。

「よしじゃあ、これ持ってろ」

苗と水差しを檜佐木に持たせて六車は檜佐木を抱き上げ庭に向かう。

今、檜佐木を抱き上げると六車はいつもなんとも言えない気持ちになる。

あまりの軽さが、11月から、いや東仙達の謀反が発覚した時からずっと、檜佐木がどれだけ無理をしていたのかを伝えてくる。

その細さは100年前、出逢ったばかりの頃の病的な細さに通じていた。

それを感じる度にこうして抱き上げて腕の中で全てから護ってやりたくなる。それと同時に、六車の方がただただ泣いてしまいたいような気持ちになるから……。




――― 「よし、じゃあここに苗置け」

「はい。……ちゃんと大きくなる、かな?」

「なるさ」


あえて断言した。

「お前と一緒に植えるのに檜を選んだのは、だからだよ」

「え?」

「檜の花言葉は、『不滅』『不朽』『不死』『強い忍耐力』だからな」

「………」

「だから大きくなるさ。100年間、どんな事があっても前に進み続けて成長して、こんなにも立派になったお前と同じだ」

「っ、でもっ、でも俺、結局何もできてないんですっ!こんな風に休隊して、拳西さんの役にも立ててないし、……あの人の思いにも気づかなくてっ、止めることも、救うことも、何も…」


 興奮して泣き始めた檜佐木を抱きしめて背を撫でおちつけてやりながら、六車は自分に言えることを言った。

「お前が俺の役に立ってないわけないだろ。俺がなれるまでずっと頑張ってくれた。今度はお前が休んで何が悪い。むしろ俺は休んでほしいと思ってたから卯ノ花がお前の復帰を9月に定めて当分休ませてやれるのは良かったと思ってる」


四番隊隊長、卯ノ花の診断により檜佐木の復帰目標は9月と定められていた。

 仮にその前に精神面が完全に落ち着いたとしても休養により体力が落ちていることは確実でありそんな状態で真夏の暑さで久しぶりに仕事をして倒れたりしたら、その方が尚更隊士たちにも不安が走るとの正論によるものだ。

中途半端に復帰をして好不調を繰り返すものではないというのは六車も全面的に賛成なためまだ檜佐木は半年近く休養する。その長期の休養を檜佐木は気にしているのだろうが六車にとっては最善だ。


「なあ修兵、俺はお前がいなかったら、瀞霊廷になんて戻ってきてねぇぞ。……あんな形で去ることになった九番隊に何も思わないかと言えばそういうわけじゃないが、すっかり俺の面影なんて九番隊から消えてることも解ってた。だから事件後九番隊を立て直すのは、本当は俺じゃなくてもよかったんだろうな。お前以外にとっては。」

「俺が隊長じゃないと嫌だって思ってくれるのは多分、お前だけだ。お前が九番隊を、俺の帰る場所にしてくれた。だから、………東仙のことは、俺は勝手には語らない。…でも少なくともお前が何もできなかったってのは違う。」


 植えられたばかりの頼りなく細い苗木が、2人を見ていた。


失われた槐を思う。

あたり前にあると思っていたもの。

あたり前ではないと知った。

だから六車は願う。

「ゆっくりでいいんだ。ゆっくりでいいから元気になって、俺の夢を叶えさせてくれよ?」

「拳西さんの、夢…?」

「俺が隊長で、お前が副隊長の九番隊だ」

「―――ッ!!それは、俺、の…」


『けんせー!!しゅうね、おっきくなったらね、きゅうばんたいの、ふくたいちょうになるね!』


「俺の夢でもある」

「けん、せー、」


 幼い頃と同じ呼び方をした檜佐木の頭をくしゃくしゃと撫でる。


「だからこの檜はちゃんと大きくなる。檜は強いし、俺達は夢の尊さをあの頃よりずっと解ってるから大切にできる、だろう―――?」







―――― はい、と答えて泣きながら微笑った数年前の自分を、檜佐木はよく憶えている。

あの日からずっと、2人で同じ夢を育て続けている。

だから…。


「拳西さん」

「どうした修兵」

「体調はどうですか?」

「……ああ、問題ない。……意識も、衝動も、な……。」

「そうですか。よかった。じゃあ少しだけ、俺のわがままに付き合ってくれませんか?」

「わがまま?お前がか?珍しいな」

「はい、実は、庭に…、檜の隣に拳西さんとどうしても一緒に、植えたいものがあるんです」

「植えたいもの?まあ俺は庭に拘りはないからいいが、どうした?」


 言いながらもすでに檜佐木の意に沿って庭に出てくれるところは六車はほんと檜佐木に甘い、と他ならぬ檜佐木が思う。


「この、ユーカリを檜の隣に植えたいんです」

「ユーカリ?さっきも言ったが俺は庭に拘りはないが、なんでそれを、わざわざ檜の隣に植えるんだ?ユーカリって毒があるもんだろ?もちろんそれは葉の話で隣に植えたから檜がどうなるもんでもねぇが、なんでだ?」


 六車の疑問は当然で、おそらくそう訊かれることも予想がついていたのか、檜佐木は澱みなく応えた。

「だってこれは、拳西さんそのものだから」


「―――、」

 毒を含むユーカリが六車そのものだとは、虚やゾンビといった、死神にとっては『有害』となる要素を誰よりも強く持っている六車に確かに当てはまる。

だがそんな皮肉を檜佐木が言うはずがないと誰よりも知っていることが反射的に怒鳴るのを思いとどまらせた。

それを確認した檜佐木が優しく微笑う。

「『毒』があっても、それを無かったことにはできなくて、皆に知られてしまっていても、負けないで生きていこうとするところが、拳西さんにそっくりです」

「修兵……」

「それにね拳西さん、俺も、拳西さんと何か植えるなら何がいいかなって、あの時拳西さんが檜について調べてくれたみたいに、色々調べたんです。そうしたら、ユーカリの花言葉は、」

『楽しい思い出』『追憶』『慰め』そして、『再生』、『新生』、それから、

『永遠の幸せ』


「これを知った時、ああ拳西さんだなって思いました。…拳西さんは、東仙さんも含めた昔の思い出を否定しない。皆さんのことも絶対忘れない。そして、」

「どんな事があっても、何度でも俺の傍に戻ってきてくれる。そうやってあなたが何度生まれ変わっても、……その度にあなたが毒を含む事になったとしても俺にとってはあなたの傍に居られることが、幸せです。」


だからここに、植えていいですか?


そう問う声は子供ではあり得ない。深い慈愛に満ちている。


くしゃり、と、六車は檜佐木の頭ではなく自分の髪に触れる。

大きくなった、とそんなことを思う。


「何で解った?俺が復帰を不安に思ってること」


 確かに普段、自我が曖昧になることはなくなった。

 だが復帰して戦闘になり力を増幅させた時にどうかは、一応何度かは試したが本当の戦闘とはやはり違うため、実際には解らない。それが不安だ。

「なんでっていうか、それが当たり前でだと思うんです。拳西さんは優しいから特に。周りを傷つけるのを怖がるから。ねぇ拳西さん」

「もしも今後、また何かあって拳西さんが誰かを傷つけてしまっても、俺を傷つけたとしても、俺からは離れようとしないでください。それだけ約束して?」


 約束して?


そこだけが妙に子供で、六車はそんなことに目の奥に熱を感じた。


続いているのだ。全部。


幼子と植えた失われた槐

数年前、新たな夢のために植えた檜


そして、永遠なんて無いと知りながら、それを嫌というほど知っている自分達が、夢の隣に、ユーカリを植える。


 永遠なんてないものを謳うから、それが偽りだと示すように毒を含むユーカリを。


けれどそんなことは、自分達はとっくに知っている。 

知っているから植える

「永遠なんて、簡単に手に入らないって解ってるから、大切にできる…ですよね?」


「ああ、そうだな。だから夢も思い出も、今の…、俺自身も全部、大事にできる。お前と一緒にな――」



一瞬を繋げて、永遠の夢をみる。

安らかなものばかりではなくても、試練さえも夢の続きだ―――。





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