端切れ話(夢の守護者)
地球降下編
※リクエストSSです
「で、で、では、…おやすみ、なさい」
「うん。おやすみ、スレッタ・マーキュリー」
就寝の挨拶をする。エランはスレッタが横になったのを確認すると、扉側に体の向きを変えて目を閉じた。
このまま完全に意識を落とすつもりはなく、何か異常があればすぐに反応できるように体のどこかしらを緊張させておく。
今のエランは軽装ではあるが就寝用ではないきちんとした服を着て、そのまま外出もできる予備の靴を履いていた。枕の下には大ぶりのナイフ、指には金属製の護身具の輪を引っかけ、本体をすぐに握れるようにしている。
少し過ぎた警戒ではないかと自分でも思うのだが、用心に越したことはない。この辺りはまだ少し情勢が不安な場所で、絶対に安全だと確信できるほどではなかった。
ふぅ…と息を吐く。深く眠る気はないのだが、浅い眠りを繰り返し、それなりに体力を回復させるつもりではいる。
すでに地球に降りてから1週間は経っているだろうか。エランとスレッタの2人は今日は夜間列車ではなく、駅の近くの宿に泊まっていた。
料金は高くはなく、低くはなく、口コミの評判も上々の所だ。トイレやシャワーも備え付けられ、部屋の中で長時間過ごせるような設備が揃っている宿を選んだ。
旅自体はそれほど急ぎではなく、ゆっくりと移動している最中だ。なのでよさそうな宿泊施設を見つけたら、早めに移動を切り上げて午後の早い時間にチェックインすることもある。
最低条件は駅から近い立地の宿、続いての条件は必要な施設がそろっている宿だ。駅から離れた宿は基本的には選ばない。ことさら治安が悪い可能性があるからだ。
そうして条件に合うところから、評判が良い所を選んでいる。
借りる部屋はいつも1部屋だけ。旅の間だけは、スレッタには同室で我慢してもらっている。
寝室が部屋の奥にあったハンスの船とは違い、2部屋借りるとなると防犯上の不安が残る。だから戸惑うスレッタを説得して、何とか了承してもらっている。
ごそり。
背後から身じろぎする音が聞こえる。中々寝付けないのだろう。
男と同室で過ごすのだから、緊張するのも無理はない。貨物列車で一晩を過ごすのとは訳が違い、ベッドで横になるのはことさら無防備になる瞬間だ。どうしても警戒心が出てしまうだろう。
申し訳なく思うが、我慢してもらうしかない。
幸いなことに、スレッタはどうやら寝つきはいい方らしい。しばらくはゴソゴソしていても、横になると30分もしないうちに寝入ってしまう。
今日もそれほど時間をかける事無く彼女は静かになってくれた。静寂の中、すぅすぅという健やかな寝息が聞こえてくる。
ホッとしながら、エランも少しずつ微睡み始める。今日も夢を見るのだろうか。何となくそんな事を思っていた。
ギシッ…。
不意の物音に目が覚める。うっすらと目を開け、自分の体勢が変わっていない事を確認する。前方の扉は寝る前と何も変わらず、防犯用のドアストッパーもきちんと噛ませたままになっている。
ギッ…。
また音がする。後方だ。音の大きさからして、どうやらスレッタが起き上がったらしい。
そのまま彼女は部屋に備え付けのトイレの方へ歩いていく。エランはあまり耳を澄ませないように気を付けて、彼女が帰って来てから微睡みを再開するつもりだった。
水を流す音、スイッチを切る音。その後にペタペタと覚束ない足音が近づいてくる。そのまま隣のベッドに戻るのかと思っていると…。
ドサッという音を立てて、彼女が同じベッドに寝転がってきた。
「………」
…おそらく、ベッドを間違えてしまっている。エランはさすがに少し体を起こして、後ろにいる彼女の様子を確認してみた。
スレッタはすうすうと健やかな寝息を立てている。もうすでに夢の中に旅立ってしまったようだ。
今さら寝ている彼女を起こすのは可哀想だし、かといって自分がこの場所から移動するのも具合が悪い。
こんな風にドア側へ体を横にして眠っているのは、エランの体で奥にいるスレッタの姿を隠すためだ。もし盾代わりの自分がどいてしまったら、すぐに無防備な彼女の姿が見つかって、手を伸ばされてしまうだろう。
なら彼女を起こさないように元のベッドに移動させるのはどうか、と考え付いたが、直後にきゅっと服を握られた事によって断念した。
多分毛布と勘違いしている。倒れるように横になったせいで毛布をかぶる事もできず、肌寒いのかもしれない。
エランは少し考えて、もうこのまま朝まで過ごすことにした。スレッタの睡眠は深い方だ。一緒のベッドで眠っていても、自分が先に起きてしまえば彼女はきっと気付かない。
握られた服だって、スレッタが起きる頃には解放されているだろう。
そうと決まればエランはすぐに自分の毛布を彼女に提供した。毛布の端をめくるとそのままくるりと反転させて、彼女の上に掛け直す。表裏が逆転するが、男の使った毛布なのでかえってその方がいいと言える。
この辺りの地域はまだまだ肌寒く、特に夜は冷え込むことが多い。エランが使っていた毛布なら、まだ体温がそっくり残って温かいままだ。
少し冷えた体には心地よく感じるのか、スレッタが気持ちよさそうな笑みを浮かべた。
彼女の幸せそうな様子にエランも嬉しくなり、うっすらと微笑みながらもう一度横になる。毛布がないので先ほどよりも少し肌寒いが、心はずっと温かくなっていた。
おやすみ、スレッタ・マーキュリー。
声には出さず、唇だけで挨拶する。そうして、エランはもう一度微睡み始めた。
………。
───夢の中で、小さい■■■が遊んでいる。
傍らには○○兄と呼んでいる少年と、その他にもう一人子供がいる。赤い髪がぴょんと跳ねている女の子だ。
髪を2つに縛っている女の子は、一生懸命■■■と○○兄についてくる。
男の子の遊びは激しいものになりがちだが、その子はよく付き合ってくれた。
みんなで木に上り、かけっこをし、時には近所の家畜と戯れ、草の上に体を投げ出す。
引っ込み事案なのにアクティブなその子が面白くて、■■■はとても楽しい時間を過ごすことができた。
△△△△ちゃん、また遊ぼうね!
夢の中の■■■が言うと、その子は嬉しそうにニッコリと笑った。
「ん…」
目が覚めた。室内はうっすらと明るくなり、もう夜明けは過ぎたとエランに教えている。
そろそろ起きよう。エランはゆっくり起き上がろうとして、足の上に温かい重りが乗っているのに気が付いた。
「んむ…むにゃ」
「………」
見れば、スレッタの足が毛布を挟みこむついでに、エランの足にも進出していた。
柔らかい毛布と違ってエランの足は硬くて太い。そんなものに乗り上げてしまってスレッタの足は痛くならないのだろうか…。少し心配になったが、特に苦しそうな様子はない。
起こさないように慎重に足を外して、スレッタの体を元のベッドに戻しておく。
すでに服からスレッタの手は外れていて、代わりに毛布を握って足で挟みこんでいる。エランの毛布はすっかり彼女のものになったのだ。
「ふふ…っ」
何だか可笑しくなって、ひっそりと笑う。今日は珍しく悪夢を見たという感触がなく、むしろ幸せな夢だったような気がする。
ぴょんと跳ねた赤い髪を見ながら、彼女のお陰なのかもしれないな、とエランは思った。
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