夢の中で逢えたなら

 夢の中で逢えたなら


 

 閲覧注意。

 R-18

 オモダカさんが割と解釈違いな気配注意。



 ベッドの上。組み敷かれた褐色の肢体が跳ねる。自分のものを受け入れて、甘い声を上げている彼女の姿は扇情的で。自分の上司としてリーグで見る堂々とした姿とは別人のようだった。


「あ、アオキ、アオキ……っ」

「オモダカ……っ、もう……っ」

「きて、下さい……私も、あ、あぁんっ!!」

「く……っ!」


 そうしていつものように彼女の中に吐き出して。同じように達した彼女も身体を震わせながらそれを受け入れる。落ち着いたところでオモダカは縋るように手を伸ばし、そっと唇を重ねてくれる。そして耳元で囁く。


「アオキ……好き、で……」


 けれどその言葉は、最後まで聞き取ることは出来なかった。はっきりしていた彼女の姿は唐突に歪み、消え去る。そうして気付いた時にはいつもの自宅の布団の上にひとりで横たわっているのだ。


「……はぁ」


 またあの夢か。そう思いながら身体を起こす。下半身を包むぬるりとした感触が気持ち悪い。

 服と下着を替え、汚れた下着を流しで洗いながら思わず独りごちる。


「ティーンでもあるまいし……」


 今日が休みで良かった。この夢の直後にオモダカの顔は見たくない。そう思いながら何度目かもわからないため息をつく。

 あの夢を見るのは何度目か。もう両手では足りないくらいの回数になっているはずだ。明晰夢というのだろうか。これは夢だとはっきりわかっていて。たいていそこにはオモダカの……自分の上司の姿がある。

 リーグにいたと思ったら気付いたらベッドの上だったり、知らないホテルのような場所だったり。オモダカ以外の全ては曖昧で少し意識するとコロコロ変わるのに彼女の姿だけはいつも鮮明で。彼女の声も触れた感触もまるで本物のオモダカのように感じられる。実際に触れたことなどないのだが。


 初めてこの夢を見たときもそうだった。どこともわからない場所なのに、自分を見つめる彼女の瞳だけはいつもと何も変わらない。けれど、彼女の口から零れ落ちた言葉は普段は絶対に聞くことなどないものだった。


「アオキ……好きです」


 微かに潤んだ瞳が自分を見つめていて、その中に自分の呆けたような顔が映っている。これは自分の深層心理が作り出した幻覚だろうか。それにしてはリアルな彼女の姿を見ているうちに、ほの暗い欲望が自分の内から溢れ出るように感じていた。

 どうせ夢なら、いっそ。

 そのまま彼女を引き寄せ、彼女の顎を持ち上げて唇を重ねる。夢なのに、きっと本物の彼女の唇もこんな感じなのだろうと信じられるほどにリアルな柔らかさを感じる。そうして彼女の耳元で囁く。


「……自分もです」


 その言葉に彼女は驚いたように目を見開く。そんな彼女の表情が何よりも印象に残っていた。気付いたときには自分たちはおあつらえむきにベッドの脇に立っていて、そこにオモダカを押し倒す。

 そうしてそのまま彼女を貪り、泣かせて、そのまま彼女の中で果てて……

 次に気付いた時には朝になっていて。当然そこはいつもの自室の布団の上で、オモダカの胎内ではなくただ自分の下着の中に吐き出したものがべったりと付着していて。それを洗いながら自分の浅ましさにため息をつくことしか出来なかった。

 彼女に向ける感情がただの上司に向けるものではないことくらい、ずっと前から気付いていた。あの夢のように彼女を自分のものにしたいとずっと望んでいたのだろう。けれどそれをまざまざと自覚させられるこの瞬間はけして楽しいものではなかった。

 けれどその夢は一度では終わらなかった。どんどんエスカレートして、甘えるようにすり寄ってきたり、時には自分からねだるようにじゃれついてきたり。そうしてアオキに抱かれながら、必死にすがりついてきて、好きだと囁いてくる。

どれだけ都合のいい夢を見ているんだと思うが、それでも心のどこかでまたその夢を見れるようにと願っていたし、翌朝ひどい気分になるのがわかっていても、自分の腕の中で乱れる彼女を放すことは出来なかった。


本物のオモダカ自身にぶつかる勇気もないくせに。




 あぁ、これは夢だ。そう思う。

 私はどことも知れぬ場所にいて。眼の前にはアオキがひとり佇んでいる。彼は業務中とそう変わりのない薄い表情のままこちらを向いた。周囲の様子は夢らしくどこかぼんやりとしているのに、アオキだけは妙にはっきりとそこにいるのがわかる。彼の姿を見ているうちに、押し殺していた想いが胸の内から溢れて零れそうに感じる。

 本人に伝わることのない夢ならば、いっそ。


「アオキ……好きです。」


 いつしか彼に惹かれていたことには気付いていた。けれども彼の方は私のことなど何とも思っていないことにも同時に気付いていた。ろくに視線も合わせてくれないくらいには、私のことを疎んでいるのだろう。

 だから私はこの気持ちには鍵をかけて、それこそエリアゼロの奥底よりも深いくらいの心の奥底にしまいこんだつもりだった。そうしてただの上司と部下として過ごしてきた。彼にこの想いを伝えるつもりなんて一切なかった。叶わぬ想いを押し付けて、上司と部下という関係すら失ってしまうことが怖かった。

 けれどそうして奥深く埋めたつもりの自分の恋心は、彼との日々を過ごすうちに気付けばすぐに膨らんで、私のことを責め苛む。そんな自分自身と戦うのにも、いい加減疲れてきていた。本物の彼に知られる訳ではない夢の中でくらいは、この想いを吐き出したかった。

 

 だからこれはきっと自分の深層心理が作り出したものなのだろう。私の顎を持ち上げて唇を重ねたアオキを至近距離で見つめながらそう思う。そんな私の耳元で彼は囁くように告げる。

「……自分もです。」

 その言葉が耳に届いて、胸が苦しくなるほどの歓びに襲われる。これは夢なのだとわかっているけれども、まるで本物の彼にそう思われているのではないかと勘違いしてしまいそうになるくらい、彼そのもののように感じられた。

 そうしているうちに私はいつの間にか現れていたベッドの上に押し倒される。アオキが私のことを求めてくれているのがわかって、私は抵抗することもなく彼に身を委ねた。彼を受け入れるのは夢の中でも何だか痛いような気がしたが、それ以上に幸せで。彼が私を抱きしめて息を吐く姿は、胸が締め付けられるほどに愛おしかった。


 けれど目が覚めた時にはこんな夢を見るなんて、とひどく混乱したのを覚えている。アオキに想いを寄せている自覚はあっても、その先を想像したことなどなかった。そういった行為にはむしろ疎い方だと思っていたし、その時にどんな風に身体を重ねるものなのかも曖昧にしか知らないはずだった。それなのにあんなにリアルに彼を感じるような夢を見るなんて。実は自分は淫乱だったのだろうか、と悩みすらした。それでも、たまたま見た夢だ。そう自分を誤魔化すことは出来た。その一度だけであれば。


 けれど、それから時折彼に抱かれる夢を見るようになっていた。いつも同じように周囲の様子はコロコロ変わる曖昧なものなのに、彼の姿だけは妙にリアルで。けれども本物の彼とは全く違って、私のことをまるで大事な宝物のように扱ってくれる。そして必ず私を求めてきて、いつしか夢の中の彼に快楽を教え込まれている。夢だという自覚があるせいか、普段の自分なら恥ずかしくてとても出来ないようなこともするようになっていた。朝になって思い返す度に都合のいい自分の脳に閉口することしか出来ない。そんな夢を見る度に毎回ひどく蜜を溢している私自身にも。

 幸いこの夢を見るのは基本的に自宅で眠っている時だけだった。繁忙期にリーグに泊まり込んだ時や、出張でホテルに泊まっている時には見たことはない。たいていの場合は翌日が休みの日だった。何故かはわからないが幸いだったと言えるだろう。その夢の直後に彼と会って、いつものように平静を装うことが出来るかどうかはあまり自信がなかった。


 私がこんな淫らな夢を見ているなんて、本物のアオキに知られる訳にはいかないのだから。


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