端切れ話(夢のお姫様抱っこ)
監禁?編
※リクエストSSです
エランが仕事に出かけている間、スレッタは家の中で自由に過ごしている。
料理の研究をしたり、掃除をしたりする真面目なものから、果物を食べたり、コミックを読んだりする娯楽まで、本当に色々だ。
仕事も遊びも同じくらい楽しいので、毎日なにをして過ごそうかと考えている。
その中でも最近は新たな楽しみを覚えてしまった。暑い所の地域で推奨されている行為、シエスタである。
要するにお昼寝だ。日が出ている一番暑い時間帯に眠り、体力を消費しないようにするためのもの。それどころか午前中に減った体力を回復すらさせるかもしれない、じつにステキで理にかなった行動だ。
実はスレッタがいる室内は昼寝をする必要がないくらい涼しいのだが、一度横になったら何だか癖になってしまった。ソファに寝そべるのが心地よくて、密かなマイブームになっている。
それと言うのもこのソファが気持ち良すぎるのがいけない。心の中で理不尽な八つ当たりをしながらポフポフと寝床を整えて、スレッタは丁寧にタオルを敷くとそのままころんと寝転がった。
とある事情で飾り布は剝がしてしまったが、タオルが間にあれば汚れることもない。頭を預けるクッションと、体の上にもかけるもう1枚のタオルを用意すれば、寝る準備は完璧である。
スレッタは満足して目を閉じた。暫くこうしておけばスゥっと意識が落ちて来る。
よほど体調が悪くなければ30分から1時間。それくらいで自然と目が覚める。
だから目覚ましなども掛けないし、この日も普通に起きるつもりでいた。
前日に面白いコミックを見つけて夜更かしをしたことなど、すっかり頭から消えていた。
ゆらゆらする。
スレッタは夢の中で、母の胸に抱かれていた。
本当に、うんと小さい頃の話だ。物心つくかつかないかの、幼いスレッタの思い出だった。
スレッタは心地よさにうっとりと笑みを浮かべつつ、同時に少し様子がおかしい事に気が付いた。
触れているのは背中と膝の裏だけで、母の柔らかい胸の感触がどこにもないのだ。
不満に思ったスレッタは何とか腕を動かして、母の胸を探り当てようとする。
さわり。
服の感触がする。でもまだ胸は見つからない。
さわさわ。
もっと触る。まだ見つからない。
何だか探り始めてから、ゆらゆらするのが止まったようだ。母が歩いたり体を揺らしたりする振動が好きなのに、それがピッタリと無くなってしまった。
スレッタは不満げにむぅっと口を付き出すと、少し頑張ることにした。
先ほど触った時に首と肩の感触は見つけてある。そのわりに胸は見つからなかったが、さすがに首に手をまわして抱きつけば行方不明の母の胸も見つかるだろう。
理路整然とした考えに満足して、えいやっとスレッタは上半身を起きあがらせた。
そのまま相手の首に手をまわし、ぐりぐりと頭をすりつける。
…と、急にガクンと下に落ちる感覚が襲ってきた。無重力から重力圏に入ってしまったかのような衝撃に、スレッタは首に手を回して頭を擦り付けた体制のまま固まった。
「………?」
どうやら衝撃は収まったようだ。すっかり目が覚めた心地がして頭を上げると、すぐ近く、ものすごく近くにエランの顔があった。
「!?」
声も出せずにビックリする。見るとエランは床に膝を立てて、かろうじてスレッタを抱き上げている状態だった。
「………ごめん、ちょっと手を滑らせた」
「は、は、…はぃ…」
起きたのだからもういいだろう、と言うようにスレッタはすぐにエランの腕の中から解放された。立ち上がったスレッタは、起き上がろうとしている彼を混乱したまま見つめてしまう。
「帰ってきたらきみがソファで寝ていたんだ。風邪を引いたら大変だと思ってベッドまで移動させようとしたんだけど、自分でもちょっと軽率なことをしたと思う。今度から無理に移動させる前に上に何か掛けるか声を掛けるようにする。…その、風邪を引いたらいけないから」
エランは常に無いほど早口で言葉を喋ると、少し部屋で休んでいるね、とすぐに自室へ引っ込んでしまった。
まだスレッタは事態を把握していなかったが、先ほどの体勢、夢の内容、手や頭に残った感触を思い出して───次の瞬間、爆発した。
「お、お、おひめさまだっこぉー!!?」
しかもエランに抱き着いて頭をぐりぐりしている。すごい事をしてしまった。
焦りに焦ったスレッタはその後挙動不審になった。手のひらで触った感触や頭を擦りつけた感触を思い出しては悶絶し、でも忘れ去るには勿体ないとついつい反芻をしてしまい、さらにまた悶絶し…と、その繰り返しだ。
大混乱に陥ったスレッタはうっかり夕食づくりを忘れてしまった。その後部屋から出てきたエランに聞かれてようやく気付く有様だった。
慌てて謝るスレッタに対して、エランはいつものように優しく許してくれた。
実はその際の彼の様子はいつもとは違っていて、ほんの僅かに頬を赤くして少しソワソワしていたのだが、謝る事に必死だったスレッタが気づく事はまったくなかった。
スレッタ流血事件が起きてから、1週間後の話である。
番外編SS保管庫