夢でおわり?
「彼女に伝えなくていいの?」
高等部の先輩達の卒業式の前日、ミーティング中にトレーナーさんが突然そんなことを言った。
「……なんのことですか?彼女って、誰……」
「君はあのウマ娘に特別な感情を抱いてるでしょ」
流石に何年も共に居れば私の趣味嗜好はバレる。私が所謂『夢女子』として推しがいるということ、そしてそれは学園の先輩も対象であることはトレーナーさんも知っている。しかし、それが現実で叶うものだと思ってはいないということはずっと言ってきたはずなのだけれど。
「あのねトレーナーさん、私はリアルで彼女とどうこうなりたいわけじゃなくって、」
「後悔しない?」
「し、……ない、よ……」
食い気味にそう言われて怖気付いてしまう。こんなやり方で動揺を誘うなんて、歳上のくせに大人気ないと思う。
トレーナーさんは私の瞳や尻尾が不安げに揺れるのを見て、やっぱりな、みたいな顔をする。
「なんでそんな意地を張ってるのかは私にはわからないけど、この辺で一区切りキチッとつけた方がいいんじゃないかなって思ってさ。まあ単にお節介なんだけど!」
「……区切りなんかなくていいんです。私はずっとあの先輩に夢を見たままで、先輩はなんにも知らないままでいい」
トレーナーさんは私にもっと自信を持っていいのに、といつも言うけれど、私はやっぱりそんなことは出来なくて、想いを拗らせまくっている。出来るならこのまま彼女の脳内から私に関する記憶を消してもらいたいくらいだ。全ては学生時代の輝かしい思い出として私の記憶の中にあればいいし、推しに見合うような女になろうとはしても、だからといって振り向いてもらおうなんてそんな贅沢なことを願うつもりは無い。所詮同じ学園に通っていただけの後輩なんて、卒業してしまう彼女の方はきっとすぐに忘れるだろうし、私だってまた他の相手にときめくようになって先輩への想いは薄れていくんだろう。
「ええっ!?そんなことないと思うけど……本気で言ってる?」
「えっ、何にそんなびっくりしてるんです……?」
「いや、『何も知らない』とか『すぐ忘れる』とか……」
信じられないといった表情のトレーナーさんだけど、私は至って本気だし真剣。だってそもそも私から接触しに行くことは恥ずかしさと恐れ多さからほとんどなかったし、遠巻きから見てるかレースやライブを極力前列の方で応援するくらいだった。……たまに何故か向こうの方からこちらに絡みに来てくれたりもしたけど、大抵突然のことでキャパオーバーしてるのであんまり覚えてないし、多分気まぐれとかファンサービスの類だったんだと思う。
「絶対向こうは君のことを気にかけてると思うけど……」
「ぜ、絶対とか適当なこと言わないで!先輩は優しいから面倒見がいいだけだもん……!私個人のことなんて、何も……」
────私のことを気にかけているという点はまず無いとして、先輩は私の気持ちに勘づいていたんじゃないか、とは思う。彼女は聡いから、私の誤魔化しきれていない感情なんかバレバレだったのかも。だってトレーナーさんにすらバレてしまっているんだから。
「君は本当に忘れられてもいいの?」
「……いじわる」
詰ってみても、目の前の大人は困り眉で微笑むだけ。
「ごめん、でも最近の君を見てると心配になってさ」
私の心に寄り添おうとするトレーナーさんは、いつも私を大切にしてくれる。最初の方は明るくてポジティブ、いかにも陽キャって感じで気圧されてた私の方もすっかり絆されてしまっていて、ずっと蓋をしてたはずの気持ちを零してしまった。
「……………忘れられてもいいとか、嘘に決まってるじゃないですか。……釣り合わないし、現実じゃ有り得ないってわかってるのはほんと。でも、好きなんだもん…………」
ずっと見ないふりをして、忘れられたっていいって自分に言い聞かせてきたのに。この夢が現実じゃ叶うわけが無いのを理解していて、だけどそれ以上に彼女に恋焦がれてしまっていたらしい。
俯いたまま、拳をぎゅっと握る。そんな私の頭を、トレーナーさんは何も言わずに優しく撫でた。
「……っ、私、本当はよくばりなんです……夢見るだけじゃ、満足出来なくなっちゃって、一度でいいから、私のことだけ見て、私のことだけ考えてほしくてっ……!」
「あはは、まだまだ全然謙虚だよ!それくらい望んだっていいじゃん?君、あの子を想って泣くほどに恋してるんだから」
暖かな涙が頬を伝い、トレーナー室に私の嗚咽が響く。トレーナーさんのお陰でようやく自分が本気で恋をしているって気がつくなんて、おかしな話だけれど。
「大丈夫、きっと上手くいく!……根拠?ふふ、君を何年見てると思ってるの!」
私が悩んでいる時、トレーナーさんは毎回笑って元気付けてくれる。その姿にいつも助けられてきた。どうせ先輩が卒業してしまえばほとんど会うこともないのなら、ここで当たって砕けてしまってもいいのかもしれない。最早ヤケだ。
「……振られたら、おいしいスイーツ食べさせてくださいね」
「何言ってんの、成就してもお祝いに連れてってあげるって!」