夜雨
セイバー♂×伊織君
ふと、目が覚めた。
行燈一つついていない此処は暗く、
障子戸や格子から差しこむ月の光が灯の代わりとなってかろうじて見えたのは見慣れた長屋の煤けた天井。
素肌に薄い掛布をかけたまま眠ってしまったらしい、通りで冷えるはずだと小さくため息を付いているとさぁさぁと雨音が聞こえる。
「・・・・あめ、・・・か、」
夜雨はいつも胸をざわめかせる。
その音から少しでも遠ざかるようにと布団の中で動こうとすると、ふと感じた温かなものにぴたりと動きを止めた。
「どうした?イオリ」
「・・・・セイバー」
雨音から逃れるように、目の前には布団にいる自分と向かい合うようにサーヴァントであるセイバーがぱちくりと琥珀色の瞳を瞬かせながら不思議そうにこちらを覗き込む。
「いや・・・雨音で目が覚めた」
「ああ、先程までは結構激しく降っていた。今は小雨だが。」
明日はだいぶぬかむるな、歩きづらいと言ったらないと頬を膨らませるセイバーは、ふと伊織の布団を握る掌が目に入った。微かに震えるそれは、他の人では分からないだろう。けれど寝食を共にし、そして肌を重ねた彼だからこそ分かる程のもの。
「キミは雨が苦手なのか?」
「・・・・・・」
セイバーの問いかけから、ふと視線を逸らす。
苦手、苦手というのだろうか。もちろん雨に降られれば、体は濡れるし、寒いし長屋の傷んだ部分からは雨漏りがするし、その修繕でただでさえ寒い懐が更に寒くなりいいことはない。だからまぁ、雨は苦手な部類に入るだろう。
いや、彼は、セイバーはそんな事を言っているのではないことは分かっている。
かつての記憶、自分の中にあるそれが呼び起こされる雨夜。雨の降る日は、獲物がないから山賊たちがやることは限られている。
酒を呑むか、
奪った金品で賭けか、
玩具で遊ぶか、だ。
雨で湿った土と、長屋の埃っぽい臭いは連中の根城を思い出してしまう。
傷んだ床に体を叩きつけられたあの痛み、
逃げようともがく様をニヤニヤと下卑た笑いで見下ろし、無遠慮に着物を剥ぎ取る手。
そして身を弄び、孕みもしないのに奥に吐き出されるあの白濁の臭いと熱。
もう、連中はいないというのに、自分は雨音一つでいつまで縛られているのか。
そんな風に自嘲する彼の顔をセイバーは、両手で包みあげる。
「?セイバー?」
なにを、という前に伊織の頬をゆるりと撫でると、親指で彼の唇をなぞった。
「イオリ」
「セっ・・・セイバー、」
女とは違う、薄くて少しかさついた唇をなぞった親指はゆっくりと彼の頤を撫で、その感覚に堪らず声をあげるも、セイバーはするり、するりと下へと指を滑らせる。
「イオリ、ここに、華を残したのは?」
「っ・・セイ、バーだ、ろう」
首筋、鎖骨、胸元に咲く華をセイバーは愛でるように、剣を握っているとは思えないほど華奢な指先でなぞりゆく。その指の動きに、チリチリと身体の奥が熱を帯び耐えるかのように、つっ・・・と息を詰めきゅっと布団の端を握る伊織の指先をセイバーの指先が絡め取った。
「セ、イバーな、にを」
自身を見つめ揺らめく納戸色の瞳に、柔らかく琥珀色の目を細めて、セイバーは指を伊織の節くれて剣ダコだらけの指に絡めて、羽毛でくすぐるかのように撫でては離し、かといえば互い指を、掌をしっかりと合わせてあう。戯れのような、けれども睦み合いのようなそれを、どのくらい重ねただろうか。
「イオリ、今目の前にいるのは?」
「あ、・・・」
セイバーだ。あの連中じゃない、そう思うと体からふと力が抜ける。セイバーがその指をもう一度絡めると、伊織の方から少しだけ指を合わせてきた。
「・・・・セイバー」
「うん?」
先程まであれほど艶めいた戯れをしてきたとは思えないほど、こてんと首を傾げるあどけない仕草との落差に思わず笑ってしまいそうになる。
「雨音が止むまで」
そう、口にするとセイバーはその琥珀色の瞳をきゅう、と悪戯げに細めると、彼の唇に口付けた。
雨音はまだ止まない