(夜の街を颯爽と歩くだけ)
日本に吉原や飛田新地があるように、スペインにもいわゆる風俗街や繁華街は各種存在する。
そして冴のファン層に属する女性陣の大半──つまりS嬢たちは殆どがここいらで働いており、彼女らとの交流を重ねる内に冴も内情に詳しくなってしまった。
お忍びで政治家の誰それがうちの店に来た、芸能人の誰それがあの子の店に来たらしい、なんて内緒話は数多のS嬢の耳と口を経由して冴の下にも届く。
そして入手した話題が体を求めてくるスポンサー候補や愛人契約を迫って来るパトロン志望への事前警戒に役立った場合、冴はオフの日にこうして直接お礼を言うべく彼女らの店まで訪ねていた。
もちろん1回1回ではキリが無いため、謝礼を伝えたい案件が幾つか溜まった場合の行動だ。
「ねぇ、キミ可愛いね。ゴムありの本番でいくらだい?」
「眼科に失せろゴミ.カス。俺が立ちんぼに見えるならテメェの目は機能してねぇ」
極度に酔っ払った外国人観光客が冴を路上の売春婦だと勘違いして財布片手に声をかけてくるのを、バッサリと遮断してそのまま歩き去る。
ランブラス通りは確かに立ちんぼが多いが、だからといって冴をそれと間違えるのはかなりの量のアルコールを摂取しているに違いない。あんな様子じゃ買おうとした相手が本物の立ちんぼだったって勃つものも勃たないだろう。
ネオンの光るバーやパブを尻目に目的地に向かう冴に粉をかけようとする者は、先程のような酔っ払いを除けば他にはいない。
素面の人間なら冴の放つ女王様としてのオーラを感じ取れるからだ。宵の色街なんてシチュエーションでは特にそれが夜香花のごとく匂い立つ。
いわゆる『わからせ』が性癖の奴らに付け狙われることもあった昔ならいざ知らず。18歳を迎えるまでに数々のイベントで女王様っぷりの磨き抜かれた冴には、もはや生き物の本能として跪かなくてはいけなくなるような雰囲気があった。
だが多量の酒で脳味噌の鈍った相手ではその威圧感も通じないらしい。
「……チッ。やっぱり金で股開かせられるって思われんのはいつまで経ってもムカつくな」
こぼれた舌打ち一つ聞いただけで、すれ違った男が弾かれたように顔を上げる。頬を染めながら背中を凝視する。レベルアップしすぎた冴は、もはや何気ない仕草の一つで人々の心の奥に眠るマゾヒズムを掘り起こすのだ。