夕間暮れのインカルビレア
自ネタのセルフ消化ですみません…・短い?SS
・キャラ解釈と左右に自信なし
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きっと疲れていたのだろう。そう結論付けることにした。
目まぐるしく移り変わる世界情勢に、四皇となった弟の動向に振り回されて。それ故に起こしてしまった些細な気の迷いだと無理に思い込む。彼にとっては、そうでもしないと受け止めきれないような事態であった。
「……サボ?」
穏やかな声色の呼びかけで目を覚ます。声の主は恐らくドラゴンだ。
未だに強く寝惚けた頭で状況を確認する。どうやら書類仕事中にそのまま居眠りをしてしまったらしい。頬の下には書類が幾つか下敷きになり、利き手はペンを握りしめたままだった。
日頃であれば弾かれるように飛び起き照れ隠しに愛想笑いの一つでも見せる場面であったが、サボはそのまま二度寝の快感を貪ることを選択した。起き上がる気力も無く、あわよくば総司令の気遣いをもう少し受けられるかもしれない、と考えてさえいた。一度開きかけた瞼を閉じて、身じろぎもせず微睡み始める。
机の前に立ち尽くしていたドラゴンはもう一度控えめに名前を呼ぶが、返ってくるのは静かな呼吸音だけだった。
彼はサボが風邪をひいてしまったり無理な体勢を続けることで体が強張ってしまうことを危惧していた。……22歳の若者に年寄りくさい悩みが適用されるかはこの際置いておくとして、部下であり息子同然の存在ともいえる彼の体調にも気を配っておきたかったのだ。
ドラゴンは暫く頭を悩ませた後、ひとまず行動に移した方が早いだろうと結論づけた。
すぐ近くに何者かの気配を感じた瞬間、体がぐらりと大きく揺れる感覚。不意をつかれたサボは思わず驚愕の声をあげそうになるが、なんとか悲鳴を飲み込み目を固く瞑る。
「む、起こしてしまったか」
瞼から透けて入る光で体勢が仰向けになったことを察した彼の頭上から、わずかに焦りを孕んだ声が降ってくる。
彼が事態を把握するまでにはもう少し時間を要するが、ドラゴンはサボを抱えて寝室に連れて行くことにしたのである。それもどういう訳か横抱き──より分かりやすく言うと『お姫様抱っこ』の類だ──の状態で運ぼうとしていた。
「おぶった方が良かったか……」
小さく独り言を溢しながら、両手に力を込め直す。少し開いたままになっていた扉を上体で押すように開け、廊下に出た。
背中と腿の裏に伝わる体温や感触。浮遊感。ゆっくりとした規則正しい揺れと足音で何とか状況を察する。
『顔から火が出そう』とはよく言ったもので、蝋のように溶けて燃え尽きてしまうのではないかと思うほど全身が熱かった。両手で顔を覆ってしまいたかったが、起きていることを知った総司令から自分で寝室まで戻るよう促されるのも想像に難くない。必死に平静を保ち、『ぐっすり眠っているサボ』を演じ続ける。
出来るだけ慎重にベッドへと寝かせた後、ドラゴンは規則正しく寝息を立てるサボを眺めていた。もう何年も前に似たようなことがあったのを思い出す。
枕元に近づきふわふわと柔らかい金の髪を軽く撫でる。頬に触れると少しくすぐったそうに顔を顰めてしまったので、そちらはすぐにやめた。
約十年成長を見守ってきた上にルフィの義兄弟ということもあり、つい親のように接してしまう。もう少し大人として、部下として扱わなければならない。
それでも、明日また元気な顔を見せてくれるのであればそれに越したことはないと思ってしまうのは、ある種の親心なのだろうか。
「おやすみ」
ゆっくり休みなさい、そう声を掛け足早に退室した。
結局のところ、最後まで気づかなかったらしい。足音が聞こえなくなった後、サボはようやく両手で顔を覆うことができた。
ドラゴンが撫でていった髪と頬のあたりに軽く触れてみる。ざらついた指先の感触もぎこちないながら優しい触れ方も、泣きそうになるほど幸せで──
「でも、違うんだよなぁ」
互いに親愛の情はある。
少なくともそう感じる機会はこれまで何度もあった。しかしそれ以上の、『恋慕う』ということであれば完全にこちらの独り相撲なのだろう。
「ドラゴンさん」
真っ暗な部屋で、ぼそぼそと胸のつかえを吐き出す。
「おれ、本当どうしようもない奴ですね」
胸中の甘い疼きと耳に痛いほど高鳴る心音が熱を煽り、行き場のない想いが燻り続ける。
「ドラゴンさん、好きです……大好き、です」
愛してます、と唇を動かしたが声にはならなかった。
サボはため息を一つ吐き、枕に顔を埋めた。
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インカルビレア(Incarvillea)
花言葉:運命的な出会い、燃えるような恋