夏を楽しんで

夏を楽しんで

カワキのスレ主

 潮風に薄水色の癖毛を揺らした少女が、ビーチの見張り台にいた少女に声をかけた。


「カワキちゃん、今日もお仕事、お疲れ様!」

「鳶栖さん。今日も来たのか。今、降りるよ」

「うん。はい、差し入れ。それから、ここでは“リオ”って呼んでほしいな」


 見張り台から降りたカワキがリオから差し入れを受け取る。

 パラソルの日陰に入って、リオとカワキはその日に出来事について話していた。


「さっき街で面白い人に会ってね。カルデアのマスターだって」

「カルデア? あの星見の天文台?」

「そう! “ビーチでライフセーバーに助けてもらった”って言ってたよ。もしかして、カワキちゃんのことじゃないかな〜と思ったんだけど……どう? 当たりかな?」

「どうかな。ここにはサメや虚がよく出るから、助けた人の中にいたかもしれないね」

「ああ……あのスイカ頭の虚と、カップルを狙うサメ……。あれ、なんなんだろうね……」


 遠い目をしたリオにカワキが言う。


「なんにせよ、面白い情報だ。ありがとう。礼を言うよ、リオさん」

「どういたしまして! カワキちゃんも、面白い話を聞いたら私に教えて? それじゃあ、また来るね」


◇◇◇


 夕暮れ時。自分は再び、この特異点に来て最初に目覚めたビーチに戻って来た。

 観光客も帰路につき始めたビーチで、ライフセーバーの少女がこちらに気付いて、ぱちぱちと瞬く。


「君は……今朝の。戻って来たのか。記憶は取り戻せた?」


「そうか。良かったね。それで? そろそろ日没だ、ビーチの営業時間はもうすぐ終わりだよ」



 事情を話すと、少女は神妙な顔で頷いた。


「……話はわかった。カルデアのマスター……そうか、リオさんが言っていたのは君のことか。噂は聞いているよ」


 彼女の言葉に、先程飲み物と連絡先をくれた少女の姿が思い浮かぶ。


「ああ。それで、またビーチに来たのはなぜ?」


 小さく首を傾げた少女を見据えて、自分は言った。


「……どうして、私にそれを?」



 そうお願いすると、少女はしばし考える仕草を見せてから、こう言った。


「…………。良いだろう、ただし交換条件がある。君には、ある人を見つけて、やって欲しいことがある」


 少女から返ってきたのは意外な条件だった。


「ある人というのは、私の父だ。この特異点にいるはずなんだけれど……姿が見えないんだ。君には父を見つけて、7日目に開催される即売会に参加して欲しい。サークル側でね」


 はじめてのサバフェスを思い起こさせる無茶な条件に、自分は目を剥いて叫んだ。


「無茶は承知の上だ。けれど、なんの考えもなく頼んでいるわけじゃない。リオさんから聞いたよ、カルデアのマスター。君はサバフェスの参加経験がある、と。」


「それで構わない。幾度も困難を乗り越えてきた君なら、今回も上手くやってくれると期待している」


 懸命に説得を重ねるが、少女は譲らなかった。


「もちろん、私もできる限りのサポートはする。そうだな……条件を呑んでくれるなら、この特異点に滞在している間の宿泊先を紹介しよう。どうかな?」


 好条件を提示されて、思わず心が揺らぐ。

 まあ、聞くだけ聞いてみても……そんな気持ちで、少女が探している父親の情報を尋ねてみた。


「父の容姿は長い黒髪に赤い目、髭を貯えた長身の男性だ。私とビーチで別れた後、色々な場所を巡ったんだろう? それらしい人物を見かけなかった?」

「そう」


 返答はあっさりしたものだった。

 少し気になって問いかける。


「別に、あの方に会いたいだとか、本を作って欲しいだとか……それは目的じゃないよ。即売会への参加は“手段”だ」


 目を伏せた少女が言葉を続ける。


「私はただ……あの方に、この夏を楽しんで欲しいんだ。だから、それが叶うなら会えなくても構わない」


 父親に夏を楽しんで欲しい、シンプルだが親孝行な願いに頬が綻んだ。

 初めて会った時は少し冷たい人だと思っていたが、健気なところがある人だと認識を改める。


「……? 誰のためでもなく、私自身のためにやっていることだよ。それで……どうする?」


 少女の本心を聞いて、自分は方針を固めた。


「交渉成立だ。それじゃあ早速、これから君の拠点になる場所があるホテル・ヴェーヌスブルグに向かおう」

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