士雪の脚キス

士雪の脚キス


(※いきなり始まっていきなり終わるよ)


 部屋の誰ともなく、止めていた息を吐き出した。

 自分が選ばれなかったこと。出されたお題が性行為だの自慰行為だの過激な内容ではなかったこと。双方への安堵だ。

 とはいえ男子高校生が男子高校生の足へ口付けるというのも、こんな状況下でなければかなりハードな命令だろう。まして相手が士道龍聖だ。ちょっと気に食わないことがあれば蹴ってきそう、なんてイメージが偏見ではなく事実に相当する男である。その最たる被害者だった寺の息子は幸運にも今この部屋にはいないが。


「まだ簡単な内容で良かったね。じゃあ、早く済ませようか」


 スピーカーからの放送を聴き終えてすぐ、雪宮は気負うでもなく立ち上がり士道のほうに向かってきた。

 モデルなんてやってると雑誌の撮影でキスくらいすることもあるのだろうが、それにしたって足へすることは滅多に無いだろうに。

 そういう風を装っているのか、あるいは素面か、雪宮の白皙に恥ずかしがる様子は感じられない。


「俺イケメンに足チューされんの初めて〜」


 不機嫌になるかと危惧されていた士道も、自分が美青年に足へと口付けられるシチュエーションが妙にウケたらしくケラケラと笑っている。靴は元から履いていないから準備万端だ。

 壁に背を預け座ったままの士道の傍に雪宮が膝を折り、お好きにどうぞとばかりにぷらぷらさせている士道の片脚にそっと指先を添える。オシャレな男は靴を見ればわかる、なんて言うが、指だってそうだ。モデルは爪の色形まで垢抜けている。


「何回すればクリアになるのか分からないから、持ち上げてるだけだと長時間は疲れてきちゃうと思うんだ。だから膝借りるね」


 丁寧に自分の動きを説明してから、士道の伸ばされていた片膝を山なりに立て、その上にもう片方の脚のふくらはぎを乗せる。こうすると楽ちんだ。片脚の爪先もちょうど跪いた雪宮の顔の高さに来る。

 こんな体勢を野郎二人でとったら普通はお笑いにしかならない。だが褐色の脚に桃色の唇を落とす雪宮の造形が美しく、仕草が手慣れているというだけで、その光景は一気に本格的な色合いを帯び、部屋中の人間にドラマや映画のワンシーンを連想させた。

 ほぅ、と良いものを見た時の溜息がどこかでこぼれる。その熱が士道にも乗り移り、彼は「冴ちゃん以来のシンデレラ待遇パート2じゃん」なんて楽しげに頬を紅潮させている。照れ臭いわけじゃないのが士道らしい。

 さて。幕が降り、エンドロールが流れ、喝采さえ響きそうなシーンではあったのだが。だからこそ部屋の主人もまだ見ていたくなったのか、命令達成のお知らせは流れない。

 予想はしていた。雪宮は士道の爪先から唇を離すと、足の甲、足首、下腿部、膝と徐々に上へ向かいながら恭しくキスの雨を降らせる。

 軽いリップ音は響かせるが唾液はつけない。キスする自分のためでも、キスされる士道のためでもない。見る者聞く者を満足させるためだけのキス。

 モデルは悪い言い方をすれば美しい見せ物。それを職にする雪宮らしい、カメラの向こう側の誰かの恍惚を誘うべくお披露目されるパフォーマンスだ。

 サッカーをしている雪宮剣優しか知らぬ周囲の青少年らにはわからないことだろうが、今の彼は他のモデルと絡んでのセクシーな写真を撮影されている時と同じ表情をしていた。

 つまり、仕事モードに入ることで羞恥心をかなぐり捨て、むしろ自分に見惚れろとばかりのラブコールを視線と挙措で部屋の主人に送り付けている。

 いつ満足するかわからない誰かさんの気が済むまで単純作業みたいにキスし続けるなんて不毛だ。いくつの命令をこなせば終わりが見えるともわからぬ苦行だが、それでも一つ一つの命令が早く終わるよう努力することはできるのだから。

 この媚びに近い振る舞いだって回り回って皆のため。全員この部屋から早く出たい思いは共通している。

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