士冴SS②
「…………ハァ。馬鹿な犬の相手は疲れる。待ち合わせしてる奴も来たからな。もう野良に戻っていいぞ、お前」
声といい、表情といい、話し方といい、実に残酷で気紛れで魔的な女王様そのものとして『作って』演出し、冴は国産マゾ犬になぞ見向きもしないままベンチから立ち上がった。
一瞥もくれてやることなく野生に戻されたマゾ犬改め野良犬の男は、心にヒビが入ったような絶望した顔色で「ワンッ!!??」と声を裏返らせる。こうしてまた1匹都会の徘徊動物が増えた。
地面に崩れ落ちて打ちひしがれる男を尻目に、冴はこちらに向かって手を振りながら駆け寄ってくる男のほうまで歩きで移動する。
いつまでもこの場に留まっていては復活した犬に捨てないでくれと追い縋られるのが目に見えているから。
「ごめーん冴ちゃん! 待った? 線路に酔っ払いのオッサンが落っこちて電車が遅れてさぁー……」
金髪褐色皮膚桃目と派手なカラーリングの男が、田舎であれば道を歩いているだけでジロジロ見られそうなギャル男ファッションに身を包んで現れる。
士道龍聖。先日ブルーロックスとの一戦で、紆余曲折ありLINEの交換をした青年だ。
それだけに留まらず、更衣室では自分の体質やそれに由来したエピソードのことを性的搾取だ枕営業の亜種だと指摘され目から鱗を落とさせられた相手でもある。
……全ての言葉に頷きはしないが、言われてみれば確かに、と思える部分もあった。だから士道は、容姿や服装から受ける印象ほどちゃらんぽらんで軽薄ということも無いのだろう。
「それで今日のデートどこ行く? ラブホとか?」
面白い冗談のつもりなのか、士道はけらけら笑って片手でセック.スを示すハンドサインをかましてくる。
前言撤回。ただ軽いだけの男ではないが、決して軽くない男でもなかった。口にした瞬間には本気じゃなくてもコイツは冴が「いいぞ」と応えればこのままラブホテルに直行するタイプに違いない。
せっかく魔境スペインで操を守り通してきたのに、渋谷のレトロなラブホ街にもつれ込んで回転ベッドの上で男に股を開くなんてゴメンだ。
もし週刊誌に撮られでもしたらスペインに戻った後で向こうのマゾ犬どもから泣きつかれて面倒な事にもなる。