増える鰐

増える鰐



※ホラーのつもりで書いたけどホラーかどうか分からない

※過疎スレ餌付けバギー概念と量産鰐概念のちゃんぽんなのでバギーが居ます

※CPではないです

※普段SSとかあんまり書かないのでキャラの動かし方とか色々慣れてなくてゴメンネ




宴の喧騒を背に、普段は騒がしい男がひっそりと音を立てぬよう歩いている。

手にはパンとスープの乗ったトレイを持ち、こそこそと、それでも足早に人気の無い通路を進む。

「ああ〜〜!絶対腹ペコだよなァ〜〜!俺様としたことがついうっかり、半日もも放置しちゃうとは……!」

誰に言うでもない独り言に、焦りが浮かんでいる。事実、彼は急いでいた。そのせいか、背後でぶわりと砂が舞い上がったことに気づかなかった。

「どこへ行く」

背後から聞こえた地を這うが如き低音に、彼は文字通り飛び上がった。

「くくくクロちゃん〜〜!?いやあ、なんでもねェよ!!宴だろ?戻らなくていいのか?」

「それはお前だろう?座長殿……お前が始めた宴の最中に、そんなものを抱えてどこへ行く?」

「……あ、あれだ、ホラ、リッチーの夜食だよ!夜中に腹減って目ェ覚ましたらうるさいからよ、だから」

「あいつの部屋は逆方向だ、こっちには倉庫しか無ェ」

逆光になった大きな影の中で剣呑に光る金の両眼にぎらりと見下ろされ、思わず、ひい、と情けない悲鳴が漏れた。

「また拾いやがったな、バギー」

がちがちと音を立てているのは歯だけではなく、その手に持った食器もトレイの上でぶるぶると震えて鳴っていた。

「だ……だってよ、あいつはあんただろクロコダイル、放っておけねェよ」

「あれが、おれだと…!?」

震える男の、その目の真ん前に、暗がりでもぎらりと光る鉤爪が突きつけられた。今にも目を抉り取らんばかりに向いたその切っ先からできるだけ顔を逸らしつつ、バギーはいよいよ殺気を帯びている金の目に向き直った。

「てめェ……その目は必要ないらしいな」

とうとう腰を抜かしてトレイを放り出した男を丈高い影が無慈悲に見下ろす。未だ震える身体を横に蹴り転がし、コートを翻して歩を進めた。

「……二度と拾うんじゃねェ」

殺気の揺らめく背中を見送りながら、バギーはこれからあの男に殺されるであろう存在を僅かに哀れんだ。しかし命あっての物種、あの矛先が向かぬうちにさっさとこの場を去るが吉であろう。


宴の喧騒は遠く、夜も更ければ灯火もまばらだ。立ち並ぶ倉庫群の中でも、人のあまり近寄らぬ場所らしい。通路もどこか埃っぽく、歩を進める度に薄く舞い上がってぴかぴかに磨き上げられた革靴を白く汚した。

無言のまま、扉を押し開ける。仄暗い通路よりなお暗い室内に、細い光の帯が伸びる。その先に、ぼんやりと浮かぶ影があった。

微かに揺らめく小さな蝋燭の灯りに屈み込むように座る、大きな影。埃に塗れ、薄汚れてはいるが、その肩には豪奢な毛皮のコートが掛かり、やや乱れた黒髪を後ろに撫で付けてある。こちらに背を向けているのにも関わらず、その左手に嵌められた大きな金の鉤爪は見間違えようもない。

「……また湧いてきやがったか、蛆虫が……」

忌々しげに吐かれた悪態にゆっくりと振り向いた顔には、耳から耳まで真っ直ぐに横断する傷跡があった。

暗い部屋で、同じ顔が向き合っていた。

「”サー・クロコダイル“……」

おぼろな灯火を背にぽつりと呟かれた声もまた、瓜二つであった。

「……おれと、お前の名だと聞く……」

「黙れ、紛い物が……おれの名を騙るんじゃねェ」

腑抜けた言葉を遮るように唸る。こんな間抜けな喋り方しかできない出来損ないが、おれのはずが無い。見ているだけで虫唾が走る。

「何度も何度も、処分した端からあのバカが拾ってきやがる……気味が悪い、何なんだ、てめェは」

答えは無い。ただ無言の内に、ぼんやりと光る金の目がじっと、同じ色の目を見つめている。知っているだろう、とでも言うかの如く、その口元には笑みが浮かんでいる。諦観とも嘲笑とも取れぬ、茫洋とした表情だった。

「……こんな頭も力も足りねェカスが、おれのはずが無ェ」

一つ吐き捨てて、鉤爪を振り上げる。鏡写しの顔が、何の感情もないままに見上げている。避けようともしなかった。

「”殺処分送り“」

「——肩を叩かれるまで分からないと聞く……」

側頭部に鉤爪がめり込む直前に、「それ」はそう呟いた。頭蓋骨を打ち砕く一瞬の感触の後、人の形はざらりと砂に変わった。人一人分の空気が揺れて、随分短くなった蝋燭の火が揺らめいた。

砂はただ床に溢れて、それっきり微動だにしなかった。


遠くで時計の鐘が時を告げる音がする。誰かの部屋からか、あるいは倉庫のどこかからか。

その音を聞いて、ふと、忙しさにかまけて半日、食事を疎かにしていたことを思い出した。

その時、ぽん、と肩を叩くものがあった。

思わず振り向くと、そこには闇がある。真っ黒な、一寸先も見通せぬ闇がそこに立って、彼の肩を掴んでいた。

「な……」

ぐい、と肩が引かれる。ごく軽い力のようでいて有無を言わさず、バランスを崩して後ろへ倒れかかる。急に、景色が遠ざかる。

落ちている。

真っ暗闇の中に背中からぽんと放り出され、ちびた蝋燭の頼りない灯りも、その光をぼんやり反射する砂の小山もぐんぐん遠ざかり、音も温度もない闇の中を、真っ直ぐに落ちてゆく。

現実ではあり得ない。

「バカな……!」

ぞわりと恐怖に襲われて上げた声も、すぐに柔らかい闇に飲まれて消えた。それと同時に、恐怖も自我も、暗闇に飲まれてしまった。


気付けば、何処とも知れない場所に居た。何かを忘れているような気がした。

はて、何だったか。

そのうち、暗闇の蝋燭のように、朧な心の中にぽっと一つ、浮かんだ言葉があった。

「” “」


早朝、遅くまで続いた宴のせいで未だ寝静まったカライバリ島で、こそこそと人目を憚るように歩く影がある。

派手な身形とは裏腹に気配を消して、息を殺して歩いている。

やがて目的の場所に着き、そっとドアを開ける。微かな軋みに肩を跳ねさせつつも覗き込んだ暗がりの中、細く射した曙光に照らされたのは、燃え尽きた蝋燭と一山の砂だった。

予想していた光景だが、それでもため息が出た。後味の悪いものだ。そう思いながら、傍の箒とちりとりでその砂を集め、そっと裏手に捨てた。

そこには小さな砂丘ができていた。


Report Page