21gの埋葬

21gの埋葬


「どうしたの?デイビット」

その一言にこれは夢のようなものだと確信した。彼女の顔はこんなに──こんなに『ありきたり』ではない。彼女の瞳は嵐で隠れた星を探す強い光を宿していて、どこか自分に似た寂しさが隠れていた。

「これから文化祭の飾り付けやるけど……具合悪いの?大丈夫?」

『ぼうっとしていただけだよ』

君は誰だ、と問おうとしたが口から出てきたのは全く違うものだった。その瞬間、彼女の格好と周りの様子を把握する。

彼女はカルデアの白い礼装でもなく、ノウム・カルデアの黒い礼装でもなく、デイビットと対峙した際の白の礼装でもない。

それは制服だ。映画か何かで見た日本の高校生と呼ばれるものがまとう制服。そしてデイビットは同じ机が30個ほど並び、部屋の前後に大きな黒板が設置された場所にいる。周りには同じ制服を着た生徒やジャージに着替えた生徒が賑やかに笑いあっている。

ふと、窓に反射した自分を見れば同じ制服を着ていた。見慣れないその姿を呆然と見つめる。

「立香ー!デイビットくーん!ダンボール取りに倉庫行ってちょうだい!」

「オッケーオッケー!」

「ごめんデイビット、倉庫行くついでにこのゴミ捨てて貰っていいか」

『分かった』

見たこともない(記憶にない)女子学生に呼び止められ、知らない(記録にない)男子学生にゴミ袋を手渡される。中には色とりどりの画用紙やカットしたダンボールの切れ端、チョコレートやら飴玉やら様々なお菓子の包装紙が廃棄されていた。

「それじゃ行こうかデイビット」

こちらを見て笑う藤丸立香を知らない。こんなにありきたりに、ただの人である彼女を知らない。

藤丸立香が人類最後のマスターになるまでの人生をデイビットは知らない。


「天文学部の出し物ってなんなの?」

『今まで撮った星の写真の展示や、ブラックホールとかの説明を方眼紙に書いて貼っておしまいだ』

「なんというか……らしいね」

『地味だろう』

「いやあ大体地味になるでしょ。バレーボール部なんて何もしてないし。クラスの屋台メインでしょ?」

デイビットの抱えるダンボールにはプラスチックのパックに竹串、ポリ袋が入っている。頭に流れてくる情報から察するに、クラスの出し物は焼き鳥らしい。

「デイビットは焼き鳥はタレ派?塩派?」

『……どちらかと言えばタレだな。ねぎまが好きだ』

「おお、シンプルイズベスト。私はどちらかと言えば塩派。軟骨が好き」

楽しそうに話す彼女の瞳は柔らかくデイビットを見つめていて、それが本来彼女が持つものだと理解する。

当たり前だ。友と語らい、部活に励み、ありふれた幸せを享受する人生に戦士の生き様はいらない。ただの女の手の甲に血のような令呪は似合わない。

「さっきから大丈夫?疲れちゃった?」

『いや……君の手が綺麗だと思っただけだ』

「え!?な、なんか照れちゃうね?うん、ありがとう」

勝手に口から出る言葉に少し苛立ってしまった。デイビットにとって、彼女と唯一同じであるものは令呪くらいしかなかったのに。


分かったことがある。今デイビットは藤丸立香の同級生の男子生徒を演じている。当たり前だ、デイビットは高校なんて行ってないし、焼き鳥も食べたことはない。

そして、意志とは関係なく口から出るのはかつて誰かが言った台詞。

「デイビット、その机こっちに運んで」

『了解した』

「立香ちゃん、飾り付けどうかな?」

「いいじゃん!あと後ろの黒板側だね」

「絵描く人黒板おいでー!」

「お、行こうぜデイビット」

『いや、オレは』

「藤丸も行ってるからほらほら」

彼女の笑顔を見る度に高鳴る鼓動はこの男のものだろうか、デイビットのものなのだろうか。


「えー皆さん!準備お疲れ様でした。明日は文化祭です。怪我なく事故なく乗り切りましょう!」

「お疲れ様!」

「おつかれー」

「明日頑張ろうね!」

担任であろう男性教師の言葉に盛り上がる生徒たちを見つめる。何故こんなことになっているかは分からないが、これは確かに藤丸立香の記憶だ。こんなに暖かくて優しい記憶をデイビットは知らない。

「お疲れ様、デイビット!お互いがんばったね」

こんな風に、誰かと遊んで、騒いで、褒めて貰いたかった。


その瞬間、景色が一転する。生徒も教師も消えて夕焼けは星空となる。帰らなければ、と思考するがここは藤丸立香の夢。どうやってここから出ればいいのか分からない。

この夢から覚めるということは、彼女の思い出との別れだ。あの善い人の夢の底にあるありふれた記憶。彼女が帰る場所だったはずの教室、友人たち。

そして、このデイビット・ゼム・ヴォイドが演じた誰かへの淡い思い。

「羨ましい」

彼女はこの思いを伝えずにカルデアに来たのだろうか。この誰かへの思いはまだあるのだろうか。

そして、この誰かもまた、彼女を思っていたのを知っていたのだろうか。


教室の窓に反射して映っている自分はいつもの姿に戻っていた。日本の教室に黒いジャケットの男がひとり。手にはかつての所長を撃った拳銃──なんて非現実的で、なんて歪なのだろう。

ガラリと教室のドアが空く。振り返ればそこに藤丸立香は立っていた。制服を着ていた彼女が教室には踏み出した途端にカルデアの礼装に変わる。

「ごめんねデイビット、君を巻き込んじゃった」

困ったように彼女は笑う。綺麗だった手の甲には血のように赤い令呪が確かにあった。真っ直ぐにデイビットを見つめる。その瞳は彼が知る確かな強さと、僅かな寂しさが滲んでいた。

「これは私の夢の残滓。あの時ミクトランパから戻った時に置いていったもの。だから、その残滓が今ミクトランパにいるデイビットに入り込んだ」

カルデアの礼装がまた歪んで瞬く間に学生服に戻る。それは藤丸立香のあるべき姿。ありふれた善人の本当の姿。

「デイビット。どうかこの私を殺して。そうすれば君は夢から覚める」

「君(思い出)を殺したらどうなる」

「消えるよ」

「君の夢の底にあった大切なものだろう」

「底に沈んだままなら、沈んだままでいい」

「やめてくれ、もう終わったオレに、まだ走る君を終わらせないでくれ」

「いいの、デイビット。どうか目覚めて。私は君との戦いを無駄にはしたくないよ」

必要なことなのに躊躇ってしまうのは、彼女を思っていた誰かの体を借りたからなのだろうか。夢だから枷が外れて、子どものように駄々を捏ねているだけなのだろうか。

気付いたら溢れる涙を細い指が掬う。困ったように笑うその顔はやはり自分に似ていた。大人にならなくてはいけなかった子どもの顔。

「休むと眠るは違うでしょう?君はずっと私の夢を見ているの?」

「それは駄目だ」

「うん、それでいいよ」

微笑む少女に照準を合わせる。藤丸立香の夢の底に眠っていた思い出はここで永遠に失われる。

「ありがとうデイビット。辛いことをさせてごめんね」

「最期に教えてくれ、藤丸立香の思い出。これは……君にとって善いことか」

「善いことだよ。善いことにしてみせる。私はまだ走ってみせる」

銃声が教室に、学校に響く。少女の体が崩れ落ち、その細い体を抱き締める。

『「君が好きだった」』

口から零れた言葉がデイビットのものか、あの男子学生ものか、それは分からない──思い出は夢に、永遠に消えたのだから。

ああ、目が覚める。

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